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ジャック・キャヴァリエ ルイ・ヴィトンの調香師

ジャック・キャヴァリエ
ジャック・キャヴァリエ 調香師 調香界のスーパースター達 香りの美学
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ジャック・キャヴァリエ(ジャック・キャバリエ)

Jacques Cavallier 1962年、フランス・グラース生まれ。3代続く調香師であり、6才の頃より両親の仕事を手伝うようになり、調香師である父親に、天然原料について叩き込まれ、英才教育を受ける。1990年からフィルメニッヒ社で働くようになり、1992年の「ロー ドゥ イッセイ」によるオゾンノートの創造する。

フィルメニッヒ社在籍中の彼のキャリアは、まさに〝調香界のモーツァルト〟と呼ぶに相応しいものでした。一方で、1995年に「ブルガリ プールオム」により、1万円前後の香水が、ラグジュアリー・ブランドを身近な存在にする役割を担うことになりました。そして、2012年に、キャヴァリエは、ルイ・ヴィトンの専属調香師になったのです。

代表作

ヴォカリーズ(資生堂)
クラシック(ジャン=ポール・ゴルティエ)
ステラ(ステラ・マッカートニー)
ニュ(イヴ・サンローラン)
ノワール デ ノワール(トム・フォード)
ブルガリ プールオム(ブルガリ)
レ パルファン ルイ ヴィトン(ルイ・ヴィトン)
ロー ドゥ イッセイ(イッセイ・ミヤケ)

ジャック・キャヴァリエの全ての香水一覧
年代別に見るジャック・キャヴァリエの香り
【ルイ ヴィトン香水聖典】世界を虜にするラグジュアリー王国

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調香界のモーツァルト

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私がこの仕事に従事していなかったら、F1ドライバーか心理学者になっていたでしょう。

ジャック・キャヴァリエ

彼が創り出すフレグランスの特徴は香りの構造がピラミッド型ではなく、スパイラル構造であること。つまり時間によって香り全体が変化するのではなく、香料が時間差で飛び出す構造です。

『香水ブランド物語』 平田幸子

2016年9月、香水を販売していない〝最後のラグジュアリー・ブランド〟であった、ルイ・ヴィトンが7種類の香水「レ パルファン ルイ ヴィトン」を発売しました。東京と大阪の二店舗で、初日に少なくとも2000万円もの売り上げを上げたと推定されるこの奇跡のコレクションをクリエイトした人こそ、2012年にルイ・ヴィトンの専属調香師になったジャック・キャヴァリエです。世界の2大香料メーカーの1つフィルメニッヒ社の調香師を22年間つとめ、三大調香師の1人(ソフィア・グロスマンジャック・ポルジュ)と呼ばれるにいたります。

キャヴァリエは、3代続く調香師であり、母親は、香料の成分のブレンダー(エドモンド・ルドニツカの助手を務めたこともあった)でした。6才の頃より両親の仕事を手伝うようになり、調香師である父親に、天然原料について叩き込まれるようになりました。そして、ローズ、アガー・ウッド、ジャスミン、オレンジ・フラワーの品質が香水の品質を左右する必要不可欠な要素だと考えるようになりました。

10才より、学校が休みの時期には、両親が働く香水工場で働くようになります。やがて天然香料で有名なシャラボで3年間働きました。その間朝の5時から7時まで2時間、父親から原材料について学びました。「私のクリエイトのルーツはこの毎朝の二時間にあります」とキャヴァリエ自身も回想しています。

ロー ドゥ イッセイというモンスター。

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ジャック・キャヴァリエとオリヴィエ・クレスプ

ジャック・キャヴァリエは、1990年にフィルメニッヒ社で働くようになりました。そして、そこで二人のキーパーソンと出会うことになります。〝義兄弟〟アルベルト・モリヤスと、美しき師匠シャンタル・ルース(元フライト・アテンダント)です。「ロー ドゥ イッセイは彼女がいたからこそ完成できた作品です」とまでキャヴァリエに言わしめた人です。フィルメニッヒ社在籍中の彼のキャリアは、まさに〝調香界のモーツァルト〟と呼ぶに相応しいものでした。

シャンタル・ルース

特筆すべき彼の成功は、オゾンノートの創造です。カロンという、ウォーター・メロンの香りを伴った軽い潮風のような香りの物質を使用し、ロードゥイッセイを代表とするオゾンノートの香水を1990年代に大流行させました。一方で、1995年にブルガリ プールオムにより、1万円前後の香水が、ラグジュアリー・ブランドを身近な存在にする役割を担うことになりました。

キャヴァリエ自身はジョルジオ・アルマーニの「アクア ディ ジオ」と「ロー ドゥ イッセイ」が自身の最も成功した作品だと考えています。一方、彼自身のお気に入りの香水として、1966年にエドモンド・ルドニツカにより生み出されたクリスチャン・ディオールの「オー ソバージュ」と、1977年にジャン・ルイ・シュザックとジャン・アミック、レイモンド・シャイランにより生み出されたイヴ・サンローランの「オピウム」を挙げています。「〝オピウム〟こそが、1970年代後半の香料の進歩の導火線でした」と語っています。

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見えない芸術=香水/見える芸術=ボトル

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キャヴァリエは、後にトム・フォードのためにYSLの香水を作り、トム・フォード・ブランド・スタートの後には、2007年にタスカン レザーノワール ド ノワール(両方ともハリー・フレメントとの共作)を作りました。「アメリカ人は甘さを愛しています。一方、アジア人はオスマンサスを愛しています」と語るキャヴァリエにとって、自身の香水の神様は、奥様と言い切ります。「私は自分の全ての香水から、一番最初に思い浮かべるのは妻です。それは、最後にどの香りにするか選んでもらうのが彼女だからです」。

現在、二人の間の娘も調香の勉強をしているといいます。キャヴァリエは、合計で今まで80以上の香水をラグジュアリー・ブランドのために調香しました。香水の芸術性を誰よりも理解し、時代を最も敏感に映し出す彼の作品の数々は、彼の香水を愛用していた人々にとって、その時代を生きた記憶を呼び起こす魔法の水なのです。人間は、ふとした瞬間に全く失っていた記憶が呼び覚まされる時があります。それは香りによってなのです。

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