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『天城越え』 日本の美13(3ページ)

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作品名:天城越え (1983)
監督:三村晴彦
衣装:佐々木昭雄(松竹衣裳)
出演者:田中裕子/伊藤洋一/渡瀬恒彦/平幹二朗


一枚の着物で、日本の美を表現し尽くした田中裕子様。

田中裕子様が演じるのハナの手ぬぐいを吹き流しでかぶる姿。

天城トンネルを境にした少年とハナの人生。

陽は山に落ちて、あたりは薄暗く暮れかかった。私はひとりになって、いよいよ下田に引き返す決心をした。が、振り返っても、この道には人ひとり歩いていなかった。私はその場に、しばらく立ちどまった。

すると、そのとき、修善寺の方角からひとりの女が歩いてくるのが目についた。その女が近在の農家の女でないことは服装ですぐに分かった。その女は頭から手拭いをだらりとかぶっていた。着物は派手な縞の銘仙で、それを端折って下から赤い蹴出しを出していた。その女はひどく急ぎ足だったが、妙なことに裸足であった。

『天城越え』松本清張、1959年

恐らく現在においても、日本の女優の皆様が、演じてみたいと切望する役柄の一つが、本作のハナでしょう。そこには、日本女性の美しさと醜さ。したたかさと無垢なる母性。ほとばしる生々しいエロスと神々しいまでの安らぎに満ちた聖性といった相反する本質を、振り子のように同居させることに成功させた役柄です。

僅か一枚の着物で、日本女性の美の本質をここまで鮮烈に見せ付けてくれた作品を私は今まで見たことがありません。

大塚ハナ・ルック
  • 紫のバイカラーの銘仙
  • 赤の長襦袢
  • 金色の帯
  • 白地に赤い梅が描かれた手ぬぐいを吹き流しに

初代ハナ。大谷直子様(1978年当時28歳)。

三代目ハナ。田中美佐子様(1998年当時38歳)。

かつて、ハナを演じた女優は、3人のみです。一人目は、1978年に、NHKで90分のテレビドラマにおいて、大谷直子様(1950-)が、そして、二人目が、1983年に、本作の田中裕子様(1955-)、さらに三人目は、1998年に、TBSで2時間のテレビドラマにおいて、田中美佐子様(1959-)です。

どの女優様も素晴らしいハナを演じていますが、やはり田中裕子様には勝てません。それは、彼女の演技力だけでなく、テレビドラマには出来ない映画撮影のみが生み出せる見事な演出とカメラ割りと編集技術が生み出す神話性がそこにはあるからです。当初ハナ役は50代を迎えようとしていた若尾文子様の予定でした。

現代の日本の女優は、美しい着物を、誰よりも美しく着こなしているのですが、そこに映像美とストーリーと演技プロセスのための時間がついてこないので、ただただ、着物を着た女優が、そこにいるだけの絵になってしまっています。着物には物語が必要なのです。


松田優作様が語る。田中裕子様のすごみ。

ハナが登場するのは物語が約40分進んでからのことです。

音楽は『砂の器』(1974)『魔界転生』(1981)の菅野光亮さんです。そして、本作公開の年、急死されました。本作は、音楽がまた圧巻です。

(田中裕子さんは)すごい女優さんですね。日常と非日常の境目が微妙に揺れるというか。押すと引くし、引くと押してくるし、結局、指一本つかむことができなかった。ぼくとしては欲求不満が残り、あんまり幸せな出会いじゃなかった。

松田優作。『嵐が丘』について語る。1988年。

ハナという役柄は、大奥や、吉原や祇園の芸妓や、悲劇の大名夫人ではなく、片田舎の女郎小屋から足抜けした一張羅の着物を着る娼婦に過ぎません。お金を得るためには、知恵遅れ風な土工とさえ、青姦することを屁とも思わない女性が、日本の美の全ての面を見せつけてくれるのです。それは茨城県の貧農の娘が、伊豆修善寺の料亭に売られ、常連客を、いかに自分に繋ぎ止めるかという知恵だけで生きてきた、取るに足らない悲しい女の物語なのです。

この当時、裕子様は「おしん」への出演は決定していましたが、撮影は本作の方が先です(1982年夏)。そして、共に昭和初期の女性を見事に演じあげておられ、着物に着られている感もなく、一瞬でも、昭和50年代の人が演じている感じを微塵も感じさせません。ハナは田中裕子様が演じたからこそ、生命が吹き込まれたのかもしれません。


能面エレガンスを、装着する瞬間、裕子様は輝く!

この時期の田中裕子様と中森明菜さんはとても雰囲気が似ている瞬間があります。共に能面のような瞬間があります。

こういった時の裕子様の情念の表情が実に素晴らしい。

もし彼女が、『極道の妻たち』をしていたら、もっと愉快な作品になったのかもしれません。

煙草を吸う仕草。そして、相手に煙を吹きかける所作。裕子様の芝居には、削ぎ落とした凄みが存在します。

それが同時代以降のただただ泣き叫ぶだけの女優との違いです。

見返り美人とは、こういった怨念のこもった女郎の眼差しを言う。

裕子様の顔は、ひょっとこのようであり、能面のようである。パンチを打ち込まれたようなきわめて一重であり、そこには西洋的な要素がかけらもないにも関わらず、鼻だけは高く筋が通っていて美しいのです。つまりは、着物映えする稀有なルックスなのです。

初めて監督を経験するが、助監督の経験が豊富な三村晴彦監督と、裕子様は、当初、演技プランをめぐって衝突したと言われています。そんな中に、「おしん」でも共演することになる渡瀬恒彦さんが、飛び込んでゆき、ぎくしゃくした空気が、やがて緊張感溢れる真剣勝負の空気に変わり、その撮影風景を見に来た、松本清張様は、圧倒されて、しきりに感心していたといわれています。そして、この取調べの失禁シーンにおいて、裕子様は、「仕掛けはいりません。自前でやります!」と言い切ったのでした。

この映画の素晴らしさは、映画を作るということに、全てを捧げている人々が、そこにいたことが、時代を超えた視聴者である私達であっても容易に伝わる点にあるのです。かつてクリスチャン・ディオールは言いました。「どんな詳細なことも、それぞれの重要性を持っているのである。そして、そうした詳細の積み重ねが、本物のエレガンスを生み出しているのである」と。そう、この作品の裕子様は、間違いなく日本のエレガンスを生み出していたのでした。それも娼婦という役柄を詳細に積み重ねたことによってです。


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