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エルメスの香水の全て〔2019年5月更新〕(4ページ)

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エルメスの香水のはじまり

エルメスと言えば、グレース・ケリー

エルメスのヴィンテージ香水の広告。

エルメスというブランドについて説明する時、長々と説明するよりも、かつての専属調香師ジャン=クロード・エレナの一文を借りたほうが、端的にエルメスについて教えてくれるでしょう。

フレンチ・ラグジュアリーの頂点。モード(ファッション)のメゾンではなく、馬具、絹、皮革製品、女性モード、男性モード、靴、ジュエリー、食器類、そして、香水づくりなど多くの分野で物づくりを行うメゾンであろうとする。「長持ちするものをつくる」ことを忘れない。

ティエリー・エルメスにより、1837年に創業されたエルメスが、最初の香水を創造したのは、1944年のことでした。香水史上最も謎の多い「オー・ドゥ・ヴィクトリア」という名の香水は、VIPのお客様へのプレゼントとして調香されました(調香師は不明)。

そして、1947年に、3代エルメス社長エミール・モーリス・エルメスにより、香水部門が設立されました。エミールの念願は、彼の死後、4代エルメス社長としてロベール・デュマ・エルメスが就任した1951年に達成されました。記念すべき初めての一般販売向けのフレグランス「オー・ドゥ・エルメス」の誕生です。

さらに、1961年に、エルメス初の女性向けフレグランス「カレーシュ」が発売され、香水部門を独立させました。そして、1979年には、エルメス最初のコロン「オーデ・コロン・ドゥ・エルメス」が発売されます。

ジャン=クロード・エレナ。そして、クリスティーヌ・ナジェル。

ジャン=クロード・エレナ

21世紀に入り、香水部門の売り上げがぱっとしない状況に対して、5代エルメス社長ジャン=ルイ・デュマは、シャネルのように香水で成功するためには、ジャック・ポルジュのような専属調香師が必要だと考えました。そして、2003年に、ジャン=クロード・エレナに、「地中海の庭」を作らせました。この香りは、当時の香水業界においては、画期的な〝マーケティングを一切無視〟した〝芸術性とフレグランスを融合〟させるというコンセプト=〝旅〟で生み出された香りでした。

香水のトレンドなぞに左右されないという強い意志表明となった「地中海の庭」のセールスが快調な中、矢継ぎ早に第二弾を発売することが決定し、2004年にジャン=クロード・エレナがエルメスの専属調香師に就任することになりました。以後、「庭園のフレグランス」「コロン・エルメス」「エルメッセンス」といった人気コレクションを定着させ、2006年には、テール・ドゥ・エルメスが、エルメスの史上最高の売り上げを記録することになります。そして、2004年のエルメスの香水売り上げの6500万ユーロに対して、2009年には、1億3800万ユーロと約2倍の売り上げを上げることになったのです。

そして、2014年には、エルメスの2代目専属調香師にクリスティーヌ・ナジェルが就任し、2016年までの2年間を、W調香師システムを取りながら、引継ぎを済ませ、エレナは調香師を引退しました。2016年以後、クリスティーヌが、エルメス唯一無二の専属調香師として、今に至り、話題作を発表しています。

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