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【エルメス】テール ドゥ エルメス(ジャン=クロード・エレナ)

エルメス
©Hermès
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テール ドゥ エルメス

原名:Terre d’Hermes
種類:オード・トワレ
ブランド:エルメス
調香師:ジャン=クロード・エレナ
発表年:2006年
対象性別:男性
価格:50ml/14,080円、100ml/17,490円
公式ホームページ:エルメス

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エルメス史上最も売れているメンズ・フレグランス

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「技術的に完璧である」と調香師たちが最も高く評価する香りのひとつです。この香りには、革命的な要素はなにひとつありません。しかし、極めて精密な作品であり、原材料はスイス時計の部品のように噛み合っています。

「テール ドゥ エルメス」は、調香師が肌の上での広がり、構造、持続性に注意を払う指針として完璧なものです。そのエレガンスは、実際の香りだけでなく、そのメカニズムにも由来しています。

この香りは、焼けたスパイス、古い革、秋の空気、コロンのようなシトラスなど、エレナが得意とする光り輝く香りを男性的にアレンジしています。この業界にいる人なら、そのテクニカルな仕事ぶりにただただ感嘆することでしょう。

チャンドラー・バール(ニューヨーク・タイムズ、2008年9月25日)

「テール ドゥ エルメス」は、21世紀において最も影響力の高い香りのひとつだと言えます。あの美的感覚はあまり好きではないのですが、成功するためのあらゆる要素を備えていると言って良いでしょう。

フレデリック・マル

2004年にエルメス史上初の専属調香師になったジャン=クロード・エレナにとって、当時の香水部門の責任者だったヴェロニク・ ゴーティエから求められていた必達事項のひとつは、エルメスの新たなシグネチャーとなるメンズ・フレグランスを生み出すことでした。

20世紀にエルメスのメンズ・フレグランスの歴史を築き上げた香りは二つありました。1970年の「エキパージュ」と1986年の「ベラミ」です。しかし、エルメスは20年間、新作のメンズ・フレグランスが発表出来ずにいました。

そんな状況を打破すべくエレナは、新たなるメンズ・フレグランスの創造に乗り出したのでした。エレナが崇拝するフランスの作家ジャン・ジオノの影響を強く受け、ベジタブル・ノートとミネラル・ノートに焦点を当てた男性のための香りを生み出そうと考えたのでした。

さらに、エレナが少年時代に2つの火打石をこすり合わせ火花を出したときの嗅覚の記憶である、石灰質の匂いも組み込んでゆきました。
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「大地を感じ、地面に横たわり、空を見つめる」

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私が28歳の時に、はじめて調香した香り「ファースト」には160種類もの材料が使われていました。しかし、この作品には30種類しか入っていません。それはいいことです。日本の俳句のようにシンプルでありたいと思っています。シンプルであることは、実は一番難しいことなのです。

ジャン=クロード・エレナ

かくして、2006年3月に、8ヶ月の調香期間を経て「テール ドゥ エルメス」は発表されたのでした。「テール ドゥ エルメス」とは、フランス語で「エルメスの大地」の意味です。元々この名が付けられたきっかけは、エルメスの創業者であるティエリー・エルメス(1801-1878)のThierryに類似性したフランス語の名詞を探していたことからでした(テール=Terre)。

この香りは、エレナにとって「地中海の庭」「ナイルの庭」、そして、5作発表していた「エルメッセンス」の次に発売された作品でした。さらに「オー デ メルヴェイユ」(2004年)と対を成すフレグランスの位置づけも与えられた香りでした。

エレナ自身のこの香りのイメージは「 Feeling the earth, lying on the ground, gazing at the sky.(大地を感じ、地面に横たわり、空を見つめる。)」でした。それは未来を見据えながら、大地に帰る日も決して忘れないという深い哲学性を感じさせます。

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合成ムスクを排除した史上初めての男性用フレグランス

©Hermès

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年に一度、エルメス本社から製品製造者に、来年の〝モットー〟が示されるのです。今回は 〝terre〟でした。そして、私が思い浮かべたのは、黄土色の土でした。私たちは色から香りを連想します。たとえば、青色は水のように爽やかな色です。でも、それだけではまだ話にならない。

妻がアイルランド人なので、私はアイルランドに行き、外に座って水彩画を描きました。風景というのは、人が所有することで変化するものです。棒が立っている草原を見ると、そこに人がいたことがわかるんです。だから、人間と土の物語を伝えたかったのです。

縦長の棒状の木から、どんな香りが思い浮かびますか?シダーです。そして、大地に深く根を張る草からは?ベチバーです。そうやって、物語を書くのと同じように、新しい連想をしながら進めていったのです。

ジャン=クロード・エレナ

太陽に愛されるグレープフルーツの輝きと、大地に落ちたオレンジが砕ける瞬間のコントラストに、弾けるような笑顔ととめどなく流れるジューシーな汗と涙のイメージを投影させながら、この香りはドラマティックにはじまります。

透き通るような酸味の中で、汚れているようできれいなミネラル感を併せ持つフルーツの輝きが巧みに表現されています。すぐにピンクペッパーとブラックペッパーが、喜びと悲しみのシトラスを透き通るように発泡させてゆきます。

ちなみにここで使用されているオレンジは、グラースにある天然香料素材のサプライヤーのアルベール・ヴィエイユ社が、エルメスのために特別栽培したオレンジです。

そして、グリーンノートがシダーウッドと組み合わさり、大自然の緑と木を作り上げてゆきます。フレッシュでスモーキーなハイチ産ベチバーとアーシーなパチョリ(クリーンではない本物のパチョリ精油)が大地を作り上げ、生き生きとした生命力が漲るようです。

ここで現われるシダーウッドの煌きこそが、メンズ・フレグランスのみならず、フレグランスの歴史において、『ウッディ革命』を引き起こすことになる、イソEスーパーの過剰使用(55%)による効果なのです。

一方、ブラックペッパーがレモンゼラニウム、パチョリと見事に調和し、フリンティ(火打石)のようなスモーキーな大地の息吹(ミネラル)を感じさせてゆきます。このミネラルノートは、のちにドライダウンにおいて、素晴らしい余韻を生み出す主役となってゆきます。

私は洗ったばかりの洗濯物の香りが大嫌いなんです。なぜなら合成ムスク(musk)は肌をマスク(mask)するからです。

ジャン=クロード・エレナ

いよいよ最高の瞬間がやって来ます。ドライダウンにおいて、当時メンズ・フレグランスで主流だった合成ムスク=ガラクソリド(さらにはオークモス、ラブダナム、トンカビーン、レザーノート)をすべて放棄しています。

それらを使用せずともうっとりするような余韻を生み出せているのが、「テール ドゥ エルメス」を「テール ドゥ エルメス」たらしめている所以です。

ドライダウンにおいて、大地を感じさせるベチバーを、私たちの肌に馴染みこませる役割をベンゾインが一手に引き受けてくれています。そして、イソEスーパーにより生命の持続力を与えられたグレープフルーツとシダーの余韻がミネラルノートに溶け込んでゆくのです。

私はよくアトラスシダーの香り(アトラスシダー・ノート)を選びますが、その香りは焼かれた湿った粘土のようでもあり、また人間の皮膚や愛の営みの後の身体のようでもあります。私は香水の中に人間的なものを取り入れるのが好きなのです。

ジャン=クロード・エレナ

何よりもジャン=クロード・エレナという調香師の恐ろしいところは、エルメスにとって最も重要なレザーという要素を、男性のための香りの中からいとも簡単に排除したところにあります。

さらに、通常、男性用フレグランスには20%もの濃度の合成ムスクを入れるのですが、ムスクを完全に排除した初めての男性用フレグランスを作ったのでした。この思い切りの良さが、エレナの天才性の本質なのです。

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その時、エレナは地球を揺り動かした。

©Hermès

2008年 ©Hermès

マーケティングからは、真の創造は生まれない。コンセプトは創造ではないのです。それはアイデアに過ぎない。

たとえば、女優のニコール・キッドマンが「シャネルNo.5」を発売しているように、マーケターはイメージを売るのです。消費者は、自分がキッドマンのようになることはないとわかっていながら、しばらくの間、そのふりをするためにその香水を買うのです。

だから一つの商品に長続きせず、次から次に新しいイメージを求めて商品から商品へと移っていくのです。一方で、私たちが売っている香水は、生活を豊かにする本質的なものなのです。

ジャン=クロード・エレナ

「テール ドゥ エルメス」は、エレナの香りを最も特徴付ける、少ない香料で、品質にこだわり、それぞれの素材の透明感を拾い集め、ハーモニーを生み出すという技が〝極み〟に到達した香りと言えます。

そして、この香り以降、ウッディは透き通るような輝きを放つことを覚えたのでした。ここに『ウッディ革命』のスイッチが押されたのでした。この魔法の木の粉を浴びると、男たちは、古代ローマに大理石で作られた胸像になるような優雅な気分に浸ることが出来るのです。

ヨーロッパで、発売されると同時に一瞬にしてトップセラー商品となりました。今でも売れ続けているエルメス史上最も売れているメンズ・フレグランスです。

Hカットされたボトル・デザインは、〝人と地球の対話〟というテーマでフィリップ・ムケにより生み出されたものです。キャンペーン・モデルはオドレイ・トトゥの『愛してる、愛してない…』(2002)などに出演しているフランス人俳優クレマン・シボニー(1976-)でした。

非常に興味深いのは、エレナ自身もずっとこの香りを愛用しており、2014年にクリスティーヌ・ナジェルと一緒に受けたインタビューで、「私はこの香りをずっと愛用しています。優れた香水は、毎日、毎年、新しい発見があります」と答えていたのでした。

ちなみにこの香りが発売された2006年9月に「ジョージ5世」という非売品の香水が、パリのシャンゼリゼ通りにあるエルメスのブティックがリニューアルオープンした際に、900本限定でゲストにプレゼントされました。

エレナ着任以後、エルメスの香水の売上は急上昇し、「テール ドゥ エルメス」の影響もあり2006年1月から6月までの売上高は、為替の影響を除くと40%増の4760万ユーロ(5970万ドル)に達しました。

2009年にはパルファン、2014年には「テール ドゥ エルメス オートレ フレッシュ」、2018年にはクリスティーヌ・ナジェル版とも言える「テール ドゥ エルメス オー インテンス ベチバー」が発売されました。

 私はこの香りを作ったとき、ただひとつのことだけを考えていました。それはディオールの「オー ソバージュ」からシェアを奪うことでした。そして、まさにその通りになりました。それはまさに父親を殺すための他の方法と同じだったのでした。

ジャン=クロード・エレナ

ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「テール ドゥ エルメス」を「フレッシュ・ベルガモット」と呼び、「すばらしいフレッシュなグレープフルーツとゼラニウムの配合。しかし、どこにもテール(大地)の香りは見当たらない。一貫して無害で心地のよい香りだ。」と3つ星(5段階評価)の評価をつけています。

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香水データ

香水名:テール ドゥ エルメス
原名:Terre d’Hermes
種類:オード・トワレ
ブランド:エルメス
調香師:ジャン=クロード・エレナ
発表年:2006年
対象性別:男性
価格:50ml/14,080円、100ml/17,490円
公式ホームページ:エルメス


トップノート:オレンジ、グレープフルーツ
ミドルノート:ブラックペッパー、ピンクペッパー、レモンゼラニウム(ペラルゴニウム)、フリンティ
ラストノート:パチョリ、シダー、ベチバー、ベンゾイン