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クリストファー・シェルドレイク シャネルとルタンスの影の男

クリストファー・シェルドレイク
クリストファー・シェルドレイク 調香師 調香界のスーパースター達 香りの美学
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クリストファー・シェルドレイク

Christopher Sheldrake 年齢不詳(推定年齢60歳)、インド・チェンナイ(旧マドラス)生まれの英国人。1980年から3年間シャネルで専属調香師ジャック・ポルジュの下で働く。1982年にクエスト・インターナショナルに移籍し、22年間在籍し、そのうち5年間日本に滞在する(日本語が話せる)。

1987年に日本でセルジュ・ルタンスと出会い、1992年以降、実質的にルタンスの専属調香師の役割を果たすようになる。2005年よりシャネルの調香師および研究開発ディレクターを務め現在に至る。

代表作

N°19プードレ (2011)
フェミニテデュボワ(1992)
アンブルスュルタン(1993)
ムスククビライカーン(1998)
テュベルーズクリミネル(1999)
サ マジェステ ラ ローズ(2000)
アンボワバニール(2003)
ダンブロン(2004)
ニュイ ドゥ セロファン(2009)
サンタルマジュスキュル(2012)

クリストファー・シェルドレイクの全ての香水一覧
【セルジュ ルタンス香水聖典】悪魔と天使が恋に堕ちる香り

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セルジュ・ルタンスの分身。そして、シャネルの守護神。

香水を芸術と呼ぶことを嫌がる調香師が少なからずいます。それは、(私も沢山作ってきた)シャンプーや柔軟剤などの香りなど低予算で作られる香水は、すでに存在するある香りの流用に過ぎないからです。しかし、一方で、全く白紙の状態から香りを創造することも調香師の仕事としてあります。

私は、特に「エンジェル」の創造に対して大いなる敬意を払うのですが、そういった創造は芸術に等しいと考えています。なぜなら香水とは詩であり、分子のフォーミュラは、文法のようなものです。それは記憶から生まれる芸術なのです。

クリストファー・シェルドレイク

私が芸術だと崇拝する香りは、フランソワ・コティの「ロリガン」、ゲランの「アプレ ロンデ」「ジッキー」、ランコムの「トレゾア」、キャシャレルの「アモールアモール」、イヴ・サンローランの「パリ」、そして、シャネルの「No.5」です。特に「No.5」は、世界で最初の抽象的な香りでした。

しかし、何よりも自分自身で身に纏うほどに崇拝している香りはゲランの「ミツコ」です。

クリストファー・シェルドレイク

シャネルセルジュ・ルタンスのフレグランスをつくるために絶対に欠かせないものが3つ存在します。それは、高価な天然香料と合成香料を使用するための資金力と供給ルート、そして、シャネルならオリヴィエ・ポルジュ、ルタンスならセルジュ・ルタンス自身のブレインが必要です。

更にもうひとつこの二つのブランドにとって欠かせないものが存在します。それがクリストファー・シェルドレイクなのです。

クリストファー・シェルドレイクの生い立ち


インド・チェンナイ(旧マドラス)で生まれた英国人であるシェルドレイクは7歳までインドで育てられました(この時期のインドでの香辛料の想い出が、彼にとって、ルタンスのフレグランスの創造に役立っていると回想しています)。

英国に家族と共に戻ったシェルドレイクは、ラグビーやクリケットに打ち込みながらも、将来の仕事として建築家を希望し、数学・物理学・芸術を熱心に学ぶ青年に育ちました。

そして、建築家として、違う言語も話せるようになりたいという気持ちからフランス語を勉強していました。そのブラッシュアップも兼ねて大学在学中の18歳の時に、グラースの老舗香料会社シャラボで調香師達に3ヶ月間英語を教えるという研修プログラムに参加したのでした。

この経験が彼の運命を変えることになりました。グラースの町から漂う花々の香りと、それらの香料がどのようにしてフレグランスとして生まれ変わるのかというプロセスを調香師の話を通じて知るにつれて、調香の世界にどんどん嵌まり込んでいったのでした。

結局、シェルドレイクは、建築家の勉強を継続せずに、シャラボで3年間調香師としての修行を受けることになるのでした。

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シャネルのフレグランス研究開発ディレクターに就任

シェルドレイクとシャネルの三代目調香師ジャック・ポルジュ。

そして、英国に帰国し、香料会社ロベルテに入社したシェルドレイクは、1980年にシャネル社に引き抜かれ、3年間、シャネルの専属調香師ジャック・ポルジュの下で働くようになります。

1982年にもっと世界中を股にかけて調香師としての修行をしたいと望んだシェルドレイクは、ナールデン社(1987年にユニリーバ傘下に入りクエスト・インターナショナルの名に変わる。2007年以降は、ジボダン傘下になる)で22年間働き、2005年にクエストがジボダンの傘下に入る可能性が生まれたこともあり、旧知のジャック・ポルジュに連絡をしたのでした。

シャネルには、私がひとりで調香するよりも、ふたりの調香師がいる方が理想的だ。

ジャック・ポルジュ

こうして、2005年よりシャネルの調香師および研究開発ディレクターを務めることになりました。それはシャネルのすべての香料の品質管理の責任者というとても重要な役職です(彼のシャネルにおける仕事の半分は、シャネルのために香料を生産する生産者に対する品質管理です)。

2013年9月からは、シャネルの4代目専属調香師に就任することが内定したジャックの息子オリヴィエ・ポルジュの1年半の後継者トレーニングにも協力することになりました(2015年2月にオリヴィエは無事に4代目調香師に就任)。

私がシャネルで最も好きな香りは、N°5 オー プルミエールです。それはシャネルの香りの中でも最もモダンで女性らしい香りだと思います。もうひとつは、官能性においてはココ ヌワールがずば抜けていると思います。

クリストファー・シェルドレイク

セルジュ・ルタンスとの出会いは1987年。

なぜ人々はセルジュ・ルタンスをはじめとするニッチ・フレグランスに夢中になるのでしょうか?それはコスメ&ファッションブランドのフレグランスの、どれも同じような香りにうんざりしているからでしょう。

私の役割は、シャネルもその仲間に入らないようにするという部分もあると考えています。

クリストファー・シェルドレイク

ここで、シェルドレイクのもうひとつの顔について記していきましょう。それはセルジュ・ルタンスの専属調香師としての顔です。

二人がはじめて出会ったのは、1987年に日本でした。その時、ルタンスは資生堂のために働き、シェルドレイクはクエストの親会社ユニリーバのジャパン社のために働いていました。

そして、その時の出会いが縁となり、1992年に資生堂のためにセルジュ・ルタンスがプロデュースする第二弾のフレグランス「フェミニテデュボワ」を、ピエール・ブルドンから引き継ぐ形で調香することになったのでした。

ちなみに、1995年のジャン=ポール・ゴルチエの「ル マル」は、フランシス・クルジャンの処女作として有名なのですが、この香りは、シェルドレイクが影の男となり生み出された香りとしても有名です。

2005年にシェルドレイクは、シャネル専属の調香師となるのですが、セルジュ・ルタンスの調香はいつでも出来ると言う条件で働いています。

セルジュとの仕事は、マーケットを全く気にせず、ただ理想の香りを求める姿勢であり、その要求が本当に厳しく、とても遣り甲斐があります。シャネルの香りには、絶対的なひとつのテーマが存在します。それは人々に愛される香りを創造しようというテーマです。

一方、セルジュの香りには、そんなテーマは存在しません。彼は詩を作りたいのです。そして、彼の作品の中で最も遣り甲斐のある調香が出来たのは「ドゥース アメール」でした。

ちなみに、最も楽しんで調香出来た香りは、「ラハトルークム」です。

クリストファー・シェルドレイク

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実は彼こそが、ラックス スーパーリッチの香りを作った男だった

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1980年代後半にシェルドレイクは、クエストの調香師として日本に5年間滞在していました。

驚くほどに意外な事実として、その時に彼はユニリーバ・ジャパンのために、1989年に「ラックス スーパーリッチ」のロージィ・フルーツの香りを調香したのでした。

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