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『ローマの休日』Vol.3|オードリー・ヘプバーンとヘップバーンカット

オードリー・ヘプバーン
オードリー・ヘプバーン女を磨くアイコン映画女優
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オードリーのヘップバーンカット

日本で『ローマの休日』が公開された1954年当時、オードリー・ヘプバーンのショートカットは、「ヘップバーンカット」と呼ばれ、日本で大流行しました。

このヘアスタイルの源流は、イタリアン・ボーイ・カットと呼ばれるヘアスタイルでした。無造作に見える前髪を、その人の顔の造形に合わせてどう整えていくかがポイントになるトータルのファッションセンスが問われる髪型です。

三段に断層をつけてカットし、両サイドにパーマをかけ、ウェーブ感を出し、毛先が跳ね上がるように襟足をカットします。前髪は、櫛の使い方ひとつで変化がつけられる、今で言うところのストレートバングです。

それにしても、オードリー・ヘプバーンがアン王女からアーニャになる瞬間、王女の時には見られなかった若々しさが解き放たれるのです。この映画が、世界中の美容師にとって〝聖典〟だと言われる理由が良くわかります。



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ヘップバーンカットの誕生

髪を切ることが、王女にとっての憧れでした。そして、それは自由の象徴でもありました。

伝説のヘアカットシーンの舞台裏。あの美容師マリオもちゃんといます。

美しいロングヘアをばっさり切って!というリクエストにビックリするマリオ。

伝説の「ヘップバーンカット」。ヘプバーンではなくヘップバーンなのが味わい深いです。

トレビの泉の近くにある美容院で生み出された、アンドロギュヌス性を示す少年のようなヘップバーン・カットに、名カメラマン、セシル・ビートン(のちに『マイ・フェア・レディ』の衣裳を担当しました)が〝東洋的な眉〟と形容した眉のアンバランスなバランスが女性らしさを生み出す不思議さ(オードリーは濃い眉毛を抜くことを承知しなかった)。

オードリーがファッションアイコンと呼ばれるようになったのは、このヘアスタイルのインパクトが強いと言っても過言ではありません。


ちなみにこのヘアスタイルを考案したのは、グラツィア・デ・ロッシというヘアスタイリストでした。夫のアルベルト・デ・ロッシがメイクアップを担当しました。

この作品以降、二人は、オードリー・ヘプバーンのイメージ・クリエイター的な役割を担うようになり、オードリーから全面的な信頼が寄せられるようになりました。

戦争と平和』『昼下りの情事』『尼僧物語』『シャレード』『おしゃれ泥棒』『いつも二人で』のヘアメイクも担当しました。

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ヘップバーンカットこそ、ファンタジーでした。

ヘップバーンカット

ベスパに乗るアン王女。この時王女は生まれてはじめて自分の意志で何かを動かしたのでした。

オフショット。トランプする二人。ヘップバーンカットが分かりやすいアングルです。

日本人で最もヘップバーンカットが似合った人がこの人、岡田茉莉子様です。

映画初公開当時、オードリーのファッションよりも「ヘップバーンカット」が話題になり、日本中で大流行しました。しかし、現実社会において、ショートカットのつらい所は、1~2週間で形が崩れるところにあります。

更に、男性受けも良くなく、1955年になると髪を伸ばす女性が急増したのでした。

作品データ

作品名:ローマの休日 Roman Holiday (1953)
監督:ウィリアム・ワイラー
衣装:イーディス・ヘッド
出演者:オードリー・ヘプバーン/グレゴリー・ペック/エディ・アルバート

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