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『ローマの休日』Vol.1|オードリー・ヘプバーンとマリア・カラス

オードリー・ヘプバーン
オードリー・ヘプバーン女を磨くアイコン映画女優
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オードリー・ヘプバーンに憧れたマリア・カラス

1953年に『ローマの休日』を見たマリア・カラスは、翌日、ルキノ・ヴィスコンティが楽屋に訪れた時に、「ルキノ、私もオードリー・ヘプバーンのような体つきになったら、美しくなれるかしら?」と尋ねました。そして、その日から、パスタを抜き、パンも抜き、アルコールも飲まず、猛烈なスケジュールでも正午に一食とるだけにして、11ヵ月間で31キロも体重を落としたのでした。

かくしてマリアは生まれて初めて、鏡を覗き込んで、自分の好きな女性を目にしたのでした。するとディオール、バルマン、ジバンシィが、公の場で身につけてもらいたいと、ドレスや装飾品を提供してきたのでした。

人類史上『ローマの休日』ほどファッションの本質を捉えた映画はないのではないでしょうか?若く美しいプリンセスが、一日限りの旅行者の生活を楽しむその姿は、21世紀の私たちが見ても、たとえその物語の流れが分かっていようとも、ワクワクさせる魔法がそこにあります。

そして、この作品を作り出すべての要素が大好きになってしまうのです。

オードリー・ヘプバーン(1929-1993)だけではなく、グレゴリー・ペック(1916-2003)も、お洒落なフォトグラファーを演じるエディ・アルバート(1906-2005)も、あの美容師でさえもまた再会したいと願ってしまうのです。

ちなみにダイエットに成功したマリア・カラスは1954年以降、芋虫が、色鮮やかな蝶に羽化したように、ただ痩せただけではなく、顔の表情から精神のあり方までまったくの別人のように彼女の中に秘められていた女性としての美しさを開花させたのでした。

マリア・カラスとオードリー・ヘプバーン、『おしゃれ泥棒』撮影時。

マリア・カラス、1952年。

マリア・カラス、1958年。

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私たちは色彩の洪水に疲れきっています。

スペイン広場のオードリー・ヘプバーン、1952年。

ファッションの本質とは何でしょうか?それはもうただひたすらに気持ちよくなれる空間が存在するかどうかに尽きます。『ローマの休日』には始まりから終わりまでオードリーの色々な魅力がぎっしりと詰まっています。ただそれを見ているだけで幸せなのです。非常に感情移入しやすい神話なのです。

白黒の映画であるにもかかわらず、ほとんどの鑑賞者が、この作品に対して色彩豊かなイメージを持つのはなぜでしょうか?『ローマの休日』を見ると、身も心も軽やかになります。白黒の世界に存在するオードリーから「古さ」を感じさせる時間は一秒たりとも存在しません。

そこには、三つの〝永遠〟が存在します。「若さ」と「初々しさ」と「気品」です。この作品は、その素晴らしい〝永遠〟を閉じ込めることが出来た芳しい香水のような作品なのです。

ローマの素晴らしい風景が、ストーリーや登場人物より目立たないようにするために、ウィリアム・ワイラー監督が、カラーフィルムではなく白黒フィルムで撮影するという決断を下したことにより生まれたものでした。

皆様は夢をカラーで見ますか?想い出はカラーで脳内上映されますか?重要な思い出の色彩は単純化されていきますか?ああ・・・私たちは色々な色に疲れているのではないでしょうか。

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アン王女のファッション1

アン王女ルック ネグリジェ(ナイトガウン)
バラの蕾の刺繍が入ったケープカラーのシルクのネグリジェ。色はペールピンクなのでしょうか。



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着ることが許されない服を着たい願望=ファッションの本質



豪華なドレスを着ているが、囚人服を着ているような生活を強いられているアン王女。自分の意志で生きることは許されず。全ては、周りの年長者に支配され、生きる屍になるように訓練されていくその姿の哀しさは、今は亡きグレース王妃やダイアナ妃の写真の端々から垣間見ることが出来る孤独な表情とも共通します。

人間本来の幸せを放棄することを宿命づけられた人々。それがロイヤルファミリーなのです。

この作品の脚本家のダルトン・トランボは、当時赤狩りで共産主義者として投獄され、ハリウッドを追放されていました。そんな彼だからこそ、ロイヤルファミリーをそういった視点で捉えたアン王女の物語が書けたのかもしれません。

だから王女としてのスケジュールから解放されたアーニャは眩いばかりにキラキラしているのです。ですが、この作品の最大の魅力は、そんな観念さえも、アン王女のローブ・デコルテのドレスを見てしまうと、一瞬で消し飛んでしまうところにあるのです。

これこそがファッションの持つ魔法であり〝恐ろしさ〟なのです。ナチス・ドイツの軍服もそうなのですが、素晴らしいデザインに触れてしまうと人間の思考回路は完全に麻痺してしまうのです。

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アン王女のファッション2

ボーイフレンドパジャマ
ジョー・ブラッドレーのストライプのパジャマを着て、念願を果たすアン王女。それはボーイフレンドの服を着る女性の可愛らしさを体現しています。

ジョー・ブラッドレーの不摂生なローマの自室にて。シーツの柄、長椅子、机の前の椅子、カーテンの二段構え振りといい部屋全体が、とても魅力的です。

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プリンセスがパジャマに憧れる面白さ

女性にとって永遠の憧れの瞬間。それは、魅力的な男性のシャツを着る瞬間。

『ローマの休日』というものがたりが永遠に色褪せないポイントは、プリンセスが、普通の女子に憧れると言う逆転の発想にあります(普通は逆です)。

上質なシルクのネグリジェ(ナイトガウン)を、気品を持って着こなしているアン王女は、実は、カジュアルなパジャマが着たくてしょうがないのです。ちなみにパジャマとは、ヒンディー語であり、インドに駐留していたイギリス人が寝巻として使用したことから西欧社会に広まりました。

そんな彼女がジョー・ブラッドレーのパジャマを着たときに、ウキウキしているそのムードが、今でもストレートに伝わってくるところがオードリー・ヘプバーンが〝永遠のプリンセス〟と呼ばれる所以なのです。

そして、白のブラウスにサーキュラースカート姿で、ローマの下町や名所を、自由気ままに歩いて過ごす彼女を見て、私たちの心もすっきりと開放感で満たされるのです。

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オードリー・ヘプバーンのオーディション

実は、『ローマの休日』の主役であるアン王女選びは想像を絶するほどに難航しました。監督のウィリアム・ワイラーが「ドライブインのレストランのウェイトレス風の娘たちが次々と映画スターになり、本物の気品を感じさせる女優がいなくなった。教育を受け、綴りを間違えることなく、おそらくはピアノも弾けるような若い女優がね」とぼやいていたのでした。

そして、ほぼエリザベス・テイラーかジーン・シモンズで決定したその時に、ロンドンのパインウッド・スタジオのスクリーンテストにやって来たのが、オードリー・ヘプバーンという無名の女優でした。1951年9月18日のことです。

ワイラーはありのままのオードリーを評価するために、彼女がもう終わったと思った後もカメラを回しつづけさせました。「カット」と言われた後、オードリーは王女にふさわしいベッドに坐って、なまめかしく伸びをして、両手で膝を抱いてほほえみながら、「どうでした?これでよかったかしら?」ときいた。

そのスクリーンテストを見た瞬間にワイラーは彼女に夢中になりました。

「私がアン王女役に求めていた魅力、無邪気さ、才能をすべて備えていた。さらに彼女にはユーモアがあった。すっかり彼女に魅了された我々は「この娘だ!」と叫んだよ」。ワイラーは、テスト終了後にカメラを回しっぱなしにしたオードリーの自然の受け答えの茶目っ気と品の良さのギャップに惹きつけられたのでした。

スクリーンテストの映像の中に、コスチューム・フィッティングするオードリーの姿が拝見できるのですが、その全ての物腰が、世界中の王室が教科書にしたくなるほどの優雅さと威厳に包まれています。

あらゆる角度でドレスを見せるためのステップワークも、ブラウスの袖をまくり、ハンカチーフを首に巻く仕草も、全ては魔法のようです。

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男の服を着る女性は、いつの時代も美しい

口もとの雰囲気が兄妹のように似ている二人。

オードリーの気品。それは彼女の前半生により生み出されたものでした。第二次世界大戦前夜の1929年5月4日、ベルギーのブリュッセルにて、投機家のイギリス人とオランダ貴族の娘としてオードリーは生まれました。

8歳で、イギリスのケント州にある寄宿学校に入学し、ヨーロッパ中に戦火が広がる中、1939年に母親と共に中立国オランダに帰国しました。

しかし、翌年40年にオランダは、ナチス・ドイツに侵略され、占領されてしまいます(オランダのウィルヘルミナ女王はロンドンに亡命)。大戦中、オードリーは栄養失調に苦しみます。それでも6年間バレエを習い続け、15歳でバレリーナになりました。

さらに反ナチスのレジスタンス運動にも従事します。この時、オードリーの叔父はレジスタンス容疑で射殺されました。同じくオランダのアンネ・フランクは彼女と同い年でした。

オードリーは。ナチスドイツ占領下の地獄のオランダ生活を生き抜き、大戦終結後に、本格的にバレリーナになる訓練を受けるのですが、170cmの長身という問題と、舞台のコーラスガールの方が逼迫する家計の足しになるということもあり、バレリーナの道を断念しました。

彼女が『ローマの休日』の中で見せている王女の気品は、甘やかされた生活の中で備わった気品ではなく、生死を分ける日常の中から身についた〝誇りの伴った気品〟でした。だからこそ、恐らく本物のプリンセスにはない、人生の悲しみを知るものにしか醸し出せない愁いを帯びた神話の中のプリンセスを生み出すことができたのでしょう。

そして、その〝誇りの伴った気品〟とコントラストを成すようにもうひとつの魅力を、彼女はこの作品の中で生み出しています。それは中性的な〝アンドロギュヌスの魅力〟です。

パジャマを着たオードリーとグレゴリー・ペックは、兄妹のように似ています(口周りが格別に)。そして、このパジャマ姿の彼女には、どこか少年のような面影があります。長髪を切るまでのオードリーは間違いなく、バンビのようなしなやかな小鹿の躍動感に満ち溢れています。これこそが〝アンドロギュヌスの魅力〟なのです。

作品データ

作品名:ローマの休日 Roman Holiday (1953)
監督:ウィリアム・ワイラー
衣装:イーディス・ヘッド
出演者:オードリー・ヘプバーン/グレゴリー・ペック/エディ・アルバート

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