尼僧の美学
オードリー・ヘプバーン(1929-1993)の20代最後の姿を拝謁することが出来る主演作『尼僧物語』では、ジバンシィをはじめとするパリモードを着こなすシーンは一切ありません。この作品においてオードリーは、時代の最先端をいくファッションではなく、尼僧服という伝統的な装いに身を包み、最後の数分まで物語は進んでいきます。
ということは、この作品は、オードリー・ファッションを堪能する映画ではないのでしょうか?いいえ、私はそうは思いません。むしろ、この作品こそが、オードリー・ファッションの本質を最も捉えている作品だと思います。
イングリッド・バーグマンを除いて、その当時オードリーのように光り輝くスターはいなかった。彼女は内気で、子馬のようで、知的な女性だった。繊細に見えるが、顎の線に頑固な意志を示す不屈さが見て取れた。私は彼女ならこの役に理想的だと思った。そして、現在ではみんながそう思っている。
フレッド・ジンネマン
オードリーと尼僧服。彼女がそれを着ると、なぜかどんなドレスよりもセンスの良い装いに見えます。肌の露出も、女性的な色使いも、優雅さもそこにはないのですが、だからこそ、女性を美しく魅せる以下の3つの要素が剥き出しとなるのです。
1.聖母のような優しい表情
2.清楚なメイクアップ
3.研ぎ澄まされた物腰(所作)
オードリーは、図らずも「処女性」の極みである尼僧服を、最高峰のモードにまで高めることができたのでした。そして、オードリーのオールブラック・スタイル及びオールホワイト・スタイルの中から、21世紀のあらゆる装いのヒントとなる、モノトーンスタイリングの真髄を見出すことが出来ることでしょう。
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〝清らかな存在感〟
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オードリーの美しさの秘密は、こうしたシンプルな装いが様になる気品の良さにあります。
オードリーのテーラードスーツ
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20年代風テーラードスーツ
『ローマの休日』(1953)『麗しのサブリナ』(1954)『パリの恋人』(1957)『昼下りの情事』(1957)といったファッション史に残る名作に出演した後、1950年代最後の作品として、オードリーが選んだのが本作です。
29歳を迎えようとしていたオードリーは、それまでの作品で培われた、華やかなモード感溢れる〝パリの恋人〟イメージから、新たなるイメージを生み出していくきっかけとなる役柄として尼僧の役柄を選んだのでした。
この作品は、その後の、『ティファニーで朝食を』(1961)と『シャレード』(1963)といったオードリーの30代前半のファッション史に残る名作を生み出すための「大人への階段」の役割を果たしたと言えます。その階段の第一歩は、モードな色彩ではないテーラードスーツを着ることによって、示されたのでした。
シスター・ルークのファッション1
テーラードスーツ
- グレーのウールのテーラードスーツ
- 白のブラウス
- 白手袋
- 白のクローシュ、黒リボン
- ブラウンのローヒールパンプス
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ベルギーの〝運河の町〟ブルッヘにかかる橋に佇むオードリーのスカートスーツ・スタイル。
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このスタイルがとても魅力的です。
ドヌーヴの『昼顔』を想わせるスクールルック
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オードリーが着るとスクールウェアさえもモードになります。
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ブラックワンピースにホワイトカラーのアンサンブル。
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カトリーヌ・ドヌーヴが『昼顔』で着たスクール風リトルブラックドレス。
本作において、尼僧服以外のオードリーの装いは、僅かに3着のみです(しかもラストの装いに至っては特筆すべき点は一つもない)。
その中でも、もっとも魅力的なのが、修道院女生徒スタイルです。そこには、若々しさよりも、年齢を越えた静謐さが存在し、永遠に色褪せないオールブラック・スタイルと、オリーブ色のアンサンブルの妙を見ることが出来ます。
シスター・ルークのファッション2
修道院学校の制服
- 白のフレンチ・カフスとカラー付きのブラックウールの制服、プリーツスカート
- 黒クローシュ。オリーブ色のリボン
- 上質なステンカラーのオリーブ色のウールコート、比翼仕立て
- 黒のレースアップ・レザーシューズ
- 黒手袋
- 白ベール
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ステンカラーのコートを着てベルギーの運河沿いを歩くオードリー。
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オリーブ・カラーのコートが珍しい。
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父親役のディーン・ジャガーのコートがクラシカルでステキです。
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比翼仕立てになっているオリーブ・コート。
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物語の最初に地味な服装で登場することが多いオードリー。
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清潔感あふれるオードリーのオールブラックスタイル。
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厳格な家庭教師のような雰囲気の写真。
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全身のバックシルエット。
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冒頭で登場するカランダッシュのようなボールペン。
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丁度チネチッタで『ベン・ハー』(監督は『ローマの休日』のウィリアム・ワイラー)の撮影も行われていました。チャールトン・ヘストンとスティーヴン・ボイド。
ヘアメイクの重要性
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グラツィア・デ・ロッシに髪型をアレンジしてもらうオードリー。
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グラツィアは、オードリーの髪を切る尼僧として登場しています。このシーンはかつらが使用されました。
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マグショットのようなヘアテストの写真です。
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左が、アルベルト。右がグラツィアです。
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グラツィアの夫アルベルト・デ・ロッシは、オードリーがもっとも信頼するメイクアップ・アーティストでした。
アルベルト・デ・ロッシは、彼女の顔つきの最高の部分を引き出すことでヘプバーン・ルックを作り出すことに貢献した。
フレッド・ジンネマン
本作のメイクアップを担当したのはアルベルト・デ・ロッシ、そして、ヘアスタイルを担当したのは、その妻グラツィア・デ・ロッシでした。『ローマの休日』(1953)『戦争と平和』(1956)『シャレード』(1961)『おしゃれ泥棒』(1966)『いつも二人で』(1967)のヘアメイクも担当したこの二人は、オードリーが、もっとも信頼するユベール・ド・ジバンシィに匹敵するオードリー・ヘプバーンの創造主でした。
そして、本作においてオードリーが新しい一面を生み出すことが出来たのも、この二人のアーティストの手の込んだナチュラル・メイクとヘアスタイリングのお蔭でした。
『ローマの休日』とはまた違う意味で、ヘアカットするシーンがとても美しいです。そして、その先にいたオードリーの、どこまでも透明感に包まれた〝本物の聖母〟のような圧倒的な存在美。1950年代最後のオードリー神話はこの作品をもって完結したのでした。
作品データ
作品名:尼僧物語 The Nun’s Story (1959)
監督:フレッド・ジンネマン
衣装:マージョリー・ベスト
出演者:オードリー・ヘプバーン/ピーター・フィンチ/ペギー・アシュクロフト