「昼顔」とは、真昼にダークトーンで身を固める夫人のことを言う
衣服に物語を語らせる。いいえそれは映画の中だけの話ではありません。生きるという行為において、一日の〝自分の顔〟を装いにたくす事はごく日常的なことです。
セヴリーヌは、昼間の闇に身を包む決意をしました。それは倦怠感からではなく、ただ単に恵まれた愛情生活の中では満たされないもう1人の自分を満たすためでした。
全てを手にしているということは、何も手にしていないも同然なのです。もはや物質的に何かを得ることに何のときめきも感じないからこそ、彼女は、オートクチュールのファッションに身を包み、肉体を売ることを決断したのでした。
これは、ラグジュアリー・ブランドの服を着て、ブランドバッグを持ち〝美魔女〟と呼ばれることに喜びを見出す感覚に極めて近い感覚です。つまりはお金で得られないものを求めて禁断の扉を開け、まだまだ物足りないと感じ、真に昼顔の生き方を選択する可能性さえも秘めているのです。
その本質は、裕福な夫の下で暇を持て余している女性が、人生の空虚さに気づいてしまう危さを秘めているのです。美しさを認められたいと望むその先にあるのは、それを汚されたいと願うことなのかもしれません。
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階段を上がる女。これが『昼顔コート』です。
セブリーヌのファッション5
ピンクバスローブ
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襟の部分のワンポイントが可愛らしいです。
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カトリーヌ・ドヌーヴほどタオルターバンが似合う女優はいない。
お蝶夫人の原型=カトリーヌ・ドヌーヴ様
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茶色のレザートレンチから一転して、オールホワイトのコーディネイト。
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ルシファーのようなミシェル・ピコリ。
私の中での「エースをねらえ!」(『週刊マーガレット』連載は1973年~75年)のお蝶夫人は、カトリーヌ・ドヌーヴ様です。このテニスウェアをアスリート調に変えて、髪を巻きに巻いて、池田晶子様の声で吹き替えたならば、リアルお蝶夫人の完成と相成るでしょう。
そんな清潔感に包まれるオールホワイトルックでテニスに汗を流すセヴリーヌの前に現れた、ブラックスーツに身を固めたアンリ(ミシェル・ピコリ)。
白い乙女の前に現れる黒いルシファー。その姿に少女のように動揺するセヴリーヌ。白いファッションに身を包んでいる女性は、男性の野性の本能を刺激してしまうもの。ピンクではなく白。あくまでも男性にとっての白は、闘牛にとっての赤と同じ意味を成すカラーなのです。
セブリーヌのファッション6
テニスウェア
- オフホワイトのカシミヤのセータ
- 白のテニスシャツ
- 白のプリーツスカート
- 白ソックスに白い靴
- 白のヘアバンド
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ブニュエル曰く。テニスラケットを熱心に握るその姿は、ある願望の現われ…
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天使のようなカトリーヌ・ドヌーヴ。
セブリーヌのファッション7
昼顔コート
- デザイナー:イヴ・サンローラン
- グレーミリタリーボックスコート、エポレット付き、ワイドカラー
- 黒のウールのピルボックス帽、1961~63年にかけてホルストンのピルボックス帽をかぶるジャクリーン・ケネディ・オナシスにより大流行
- 黒手袋
- 黒革のハンドバッグ
- 黒のロジェ・ヴィヴィエの靴。ピルグリム・バックルパンプス
- 黒のサングラス
『昼顔』が生み出したファッション史におけるひとつの重要な出来事は、ロジェ・ヴィヴィエのバックルパンプス=「ベル ヴィヴィエ」が世に出たことでしょう。これはイヴ・サンローランのモンドリアンコレクション(1965年SS)のために作られたものでした。
それは1920年代に上流階級の間で流行したバックルシューズからヒントを得て生み出されました。
ちなみにロジェは1953年から63年にかけてクリスチャン・ディオールのオートクチュール・シューズのデザインもすべて担当していました(この時にイヴと懇意になりました)。
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かなりミリタリー色の強い思い切ったデザインです。
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まるでソ連でロケーションされているような…エポレットが活きる、絶妙のバランスでかぶるピルボックス帽。
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セヴリーヌのすべての衣装に、深層心理が現れています。
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文句のつけようのない素晴らしいバランス。
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昼顔コートを着たサイドシルエット。
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とても品のある黒革のバッグをお持ちです。
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全身黒づくめの中に着ているのはサファリルック。
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ブニュエル監督と。ミリタリーコート姿のカトリーヌの気品のある美しさ。
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怯えながらも、隠し切れない好奇心で煌く瞳。
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ロジェ・ヴィヴィエのパンプス。
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ロジェ・ヴィヴィエのパンプスのサイドシルエット。
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イヴ・サンローランのモンドリアン・コレクションの中で発表されたロジェ・ヴィヴィエのメタルバックルシューズ。
健康体を究めるためには、病体を理解しなければならぬ
あの娼館で毎日彼女が過す2時間は、他の時間とはまったく切り離された時間、別個な時間、独立した時間を形づくっていた。その時間が流れている間、セヴリーヌは、芯から自分が何者であるかさえ忘れていた。その間、彼女の肉欲の秘密だけが、束の間開いたかと思うと早くもまた処女のような安息に還っている、やがて、セヴリーヌは、自分の生活が二重だとさえ感じなくなった。彼女には、自分の一生は、かくあるべきものとして、生れない以前から定められていたもののように思われた。
『昼顔』 ジョゼフ・ケッセル
心と肉体が乖離した時、すべての均等が崩れてゆきます。そして、もう決して引き返すことの出来ない新しい世界を知ることになるのです。
この作品の原作がジョゼフ・ケッセル(1898-1979)によって書かれたのは1929年のことでした。約90年前の小説です。そして、映画は50年前の作品。であるにもかかわらず現在においてもまったく色褪せないこの作品の本質にあるのは、1人の女性が何かにハマっていく姿を描いているからなのです。
最初は、ほんの好奇心から始まり、やがて、二重生活が本当の自分が充実する生き方だったのだと、開眼し(錯覚し)、終には、その闇に、日常さえも支配されていく。それはその性欲の行き着く先が、底なしのアブノーマルであることも、示唆しています。
作品データ
作品名:昼顔 Belle de jour (1967)
監督:ルイス・ブニュエル
衣装:イヴ・サンローラン
出演者:カトリーヌ・ドヌーヴ/ミシェル・ピコリ