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【ブルガリ香水聖典】香りのローマ帝国。すべての道はローマに通ず

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ブルガリの香水の全て〔2019年11月更新〕(4ページ)

All About Bvlgari
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ブルガリの香水のはじまり

ジュリアン・ムーアが最後の40代だった2010年にブルガリのミューズをつとめたフォト。

一人の男の存在によって、ブルガリ・フレグランスの歴史は作られました。その男の名をジャン=クロード・エレナと申します。

ブルガリの歴史は、ギリシアの内陸部にある小さな村に生まれた銀細工師の息子ソティリオ・ブルガリからはじまります。この20代の若者が、ケルキラ島からミラノを経由し、1884年、ローマに高級宝飾店を創業したのでした。

ソティリオが、1932年に死去し、引き継いだ二人の息子コンスタンティノとジョルジョにより、ブルガリは独自のスタイルを創造していきます。それはこの時代に主流だった四大宝石(ダイヤモンド、ルピー、 サファイア、エメラルド)以外に、アメジストやトルマリンなどの天然石を組み合わせた色彩を重視した新しい宝石の美学へとつながりました。こうして、ブルガリは、ハイジュエリー・ブランドとしての不動の地位を固めていきます。そのハイライトとも言えるのが、1940年代に生誕した蛇の頭部をアイコンにしたセルペンティ・コレクションでした。

やがて、1977年にブルガリは、腕時計の分野にも進出しました。そして、1984年に、ブルガリを世界的なラグジュアリー・ブランドにすべく、フランチェスコ・トラーパニが就任(以後25年間)し、ブルガリの高価な宝飾品を愛する人々は勿論の事、そうでない人々にもその世界観を味わって欲しいという願いをこめて、1993年に、ジャン=クロード・エレナにはじめてのブルガリの香りを調香するように依頼したのでした。

こうして生み出されたオ パフメ オーテヴェールからブルガリの香水の歴史がはじまるのでした。

ブルガリ香水戦記



ブルガリは、その後に続く「ブルガリ プールオム」以後、万人受けするフレグランスを販売してきました(例外は「ブラック」のみ)。そして、その凄まじいディスカウント率により、一躍フレグランス・ブランドとしての知名度を上げていきました。しかし、一方で、2000年代の最初の10年間において、安っぽくて、個性のない、香水初心者向けのフレグランス・ブランドというイメージが、定着してしまいました。

そんなブルガリ・フレグランスの不安定なブランドイメージの状況を変えるべく、ブルガリの香水部門のクリエイティブ・ディレクターに就任したヴァレリア・マニーニは、ブルガリ・フレグランスのラグジュアリー・イメージを高める戦略として、2014年に、100mlで41,580円する最上級ラインである「レ ジェンメ」コレクションを始動したのでした。更に、翌年2015年には、より現実的な価格帯のラグジュアリー・フレグランス・コレクション「ゴルデア」シリーズをスタートさせ、着実にブランディングを軌道に乗せていったのです。

そんなブルガリ・フレグランスのラグジュアリー路線の集大成として2017年4月に発表されたのが、『スプレンディダ』コレクションでした。

今では〝ミスター・ブルガリ〟ことアルベルト・モリヤスが調香している印象が強いブルガリですが、かつてはアニック・メナードジャック・キャヴァリエオリヴィエ・ポルジュといった名立たる調香師が多くの名香を残していました。

2019年現在において、「ローズ ゴルデア」の成功と共に、ブランド・イメージは復活の兆しを見せてはいるのですが、フレグランスを愛好する者達にとっては、まだまだ所有欲がくすぐられないブランドであるということです。しかし、そうでありながらもブルガリのフレグランスを知らぬものはフレグランスを全く理解出来ていないと言い切れてしまうほどのフレグランス・ブランドであるところが、ブルガリ・フレグランスの不思議さなのです。

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