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キリアン

【キリアン】ラブ ドント ビー シャイ(カリス・ベッカー)

キリアン
©KILIAN PARIS
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ラブ ドント ビー シャイ

【特別監修】Le Chercheur de Parfum様

原名:Love, don’t be shy
種類:オード・パルファム
ブランド:キリアン
調香師:カリス・ベッカー
発表年:2007年
対象性別:ユニセックス
価格:50ml/36,850円
販売代理店ホームページ:ラトリエ デ パルファム

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『愛』にいちばん近いグルマンの香り

©KILIAN PARIS

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この香りこそが、キリアンで私が最初に完成した香りでした。そのゴールは、市場にある他の香りにはないグルマンを生み出すことでした。それが意味するのは良く知られているグルマンのアコード(エチルマルトールをパチョリと組み合わせる)から離れることでした。そして、より重要なのは、とても美味しそうで、パートナーを一噛みしたいと思わせるような香りを私が望んでいたということです。

カリス・ベッカー

キリアン・ヘネシーは2007年10月に「バイ・キリアン」(現在は「キリアン」)という名でブランド創業するにあたり、6作品からなるコレクション「ルーヴル ノワール —愛が描く甘い誘惑の世界—」を発表しました。このコレクションは、三つのテーマに分けられています。

ラブ ドント ビー シャイ(愛~恥ずかしがらないで~)」は、Les Ingenues(無邪気な者たち、ポール・ヴェルレーヌの詩)のテーマで生み出された、初めて誘惑する女性のための香水です。

マシュマロ(正確にはギモーヴ=フランスのお菓子でメレンゲを使わないマシュマロ)に「愛」と「恥じらいの喪失」という名のシロップをからめたグルマンの香りです。リアーナが愛用しているという噂が流布したこともあり、キリアンで最も人気のある香りのひとつです。

かつてディオールで「ジャドール」を創造したカリス・ベッカーにより調香されました。

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『ラブ』誕生の裏話

©KILIAN PARIS

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愛をマシュマロに絡め合わせるというとんでもない発想の下で生み出されたこの香りは、通常グルマンノートを作るときに使用するエチルマルトールとパチョリの組み合わせ(代表的な作品は、ティエリー・ミュグレーの「エンジェル」、ランコムの「ラヴィエベル」、イヴ・サンローランの「モン パリ」)を完全に拒絶した〝グルマンの新たな領域〟を示した野心作でもありました。

全てのきっかけはカリス・ベッカーが自宅で、子供たちのために使っている料理本の中から、古いクリームのレシピを発見したことでした。そこからマシュマロのアコードを再構築し、ジャスミン、アイリス、オレンジブロッサムの花のブーケと組み合わせることを閃いたのでした。

何よりも興味深いのは、キリアンもカリスもこの香りを、女性用としてではなく、ユニセックスの香りとして調香しているところにあります。

エチルマルトールとパチョリを大量に使って作るグルマンと違って、この香りは日常使いし易い甘さです。それはねっとりしたシュガーではなく、少し乾燥したシュガーだからです。

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緩んだ貞操観念の隙間に注ぎ込まれるマシュマロ

©KILIAN PARIS

この香りはマシュマロに着想を得た作品なの。かつてマルキ・ド・サドが1779年に(肛門性交の罪で)ヴァンセンヌの地下牢に幽閉されていた頃、妻に宛てた手紙の中で「またマシュマロを送ってください」なんて書いてたの。それをなんに使ってたのでしょうね?

それはともかくとしてこういったお菓子のような香りを男性が纏うのはとてもいいと思うの。バニラアイスクリームにジェンダーなんてないでしょ。男性が綺麗なフローラルの香りを纏うのも素敵だわ。

カリス・ベッカー

マシュマロを口の中に含むと、広がってゆく感覚を、愛に遭遇した瞬間に、全身に広がっていく感覚と重ね合わせたこの香りは、何かから逃げ出そうとしているベルガモットとネロリの香りからはじまります。

そして、間髪入れずにマシュマロ(焦がしたキャラメル、バニラ・アブソリュート)のふんわりと甘い芳香が、ネロリを捕獲し、その仄かな苦味も捉えながら、激しい抱擁により抱きしめるように強く香ります。

コリアンダーというメタリックなスパイスが、この香りにおける悪魔です。コリアンダーを意識してこの香りを嗅ぐと、この悪魔が、甘さの中で、ちょこまかと動き、〝純潔〟に対する破壊活動を行っていることが分かるはずです。

さらにアントラニル酸メチルにより、グレープの皮と実の間を想起させる(グレープチューインガムのような)香りが甘さの奥から感じ取ることが出来ます。

生温い甘さでも新鮮な甘さでもない、うっとりするような浮遊感のある甘さに包み込まれる中、「さぁ、恥じらいを捨てて、すべてを本能に任せるのよ」と、パウダリーなアイリスが囁きはじめます。

ローズノートは、実際にローズの香りがしなくても、他の香料では実現できないほどに、香り全体に命を吹き込みます。つまり、文字通り、他の花々を咲かせる役割も担うことが出来るのです。

キリアン・ヘネシー

そして、緩んだ貞操観念の隙間に、生き生きしたローズ、クリーミーなジャスミン、ジューシーなハニーサックル、甘いオレンジ・ブロッサムといった花々が、みずみずしくもクリーミーな甘い蜜のような生々しさで全てを支配していくのです。

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肌に馴染まず、あなたの肌を支配する香り

©VOGUE

ここでこの香りのコンセプトが、通常の香りのそれとは根本的に違うことに気づかされるのです。21世紀に生み出されたほとんどの香りは、着用者にいかに同化していくかという点が求められていました。しかし、この香りにおいては、ジョルジュ・バタイユが『エロティシズム』の中で書いている以下の一文が追及されているのです。

本質的にエロティシズムの領域は暴力の領域であり、侵犯の領域である。

ジョルジュ・バタイユ

キリアン・ヘネシーとカリス・ベッカーの二人が、画策したあなたの肌に対する完全犯罪が今ここに実を結ぼうとしているのです。香りを人に同化させるのではなく、香りによって人を侵犯=支配しようと考えたところに、この香りの抗いがたい魅力の秘密が隠されているのです。

フローラル、シトラス、スパイス、シベットに存在する甘さのすべてを搾り尽くしたエキスに対して、マシュマロが魔法のような浮遊感を与えてゆき、やがて、スモーキーなアンバーがこの香りに包まれた人の肉体をボディ・スナッチしてくれるのです。

ちなみにこの香りにおけるシベットは、かなり希釈されています。そうすることにより、アニマリックでは無い、煌めくフローラルの香りが生まれます。ただし、実際は、嗅覚では感じることが出来なくても、肉体がシベットの持つアニマリックの魔力を感じ取ることになるのです。

絶対に肌に馴染まず、付ける人が、この甘さに支配されていく香りだからこそ、この香りを愛する人はもうこの香り以外つけることが出来なくなるのです。

まさに「赤い靴」系の香りです。この靴を履き、死ぬまで踊り続けることが出来る人がいる一方で、この靴を履くことすら出来ず、転んでしまう人もいる香りなのです(洗い流したくなる香り)。

驚異的な耐久力を持つラストノートは、濃厚な愛の営みを香りに置き換えたもの(キリアンの場合、その愛の営みは、高級ホテルのスイートルームでという但し書きがイメージの中に入ってくる)なのです。

「ラブ ドント ビー シャイ」の色の変化についてよく聞かれます。この香りは、オレンジ・ブロッサム・アブソリュート、ネロリ・エッセンスといった天然原料に、バニリンとエチルバニリンを組み合わせたものです。

そのため時間の経過と共に、液体の色はライトオレンジからブラッドオレンジへと変化していきます。しかし、この色の変化は、香りの質に影響を与えるものではありません。

キリアン・ヘネシー

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もうひとつのこの香りの解釈


もうひとつのこの香りの解釈は、「愛」の段階を描いていく香りだという解釈です。

それははじまりのシトラスとネロリのフレッシュな香り=初恋のような初々しさから始まり、次第に愛に溺れのめり込んでいくようにギモーヴのシュガーの甘さに包み込まれてゆくのです。同時に、それは新しい恋による胸のうずきを和らげてくれているのです。

やがて、温かいアンバーが「愛」に包まれた女性の優雅さを生み出し、間もなくもう1人の自分の「全て」を知るという可能性をほのめかします。

ラブがギモーヴで洋菓子なら、和菓子であるパルファン・サトリの「ワサンボン」と比べてみるのも非常に面白いはずです。

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香りの半分はハニーサックルに支配されている

©KILIAN PARIS

とても安心感がある香りです。香りがした瞬間に、以前に嗅いだことがあり、味わったことがあり、楽しんだことがあるものだとわかるので、とても心に響くのです。だってマシュマロが嫌いな人っていないでしょ?

キリアン・ヘネシー

とびきりの香料を使用するとここまでグルマンは愛に近づけるということを証明した香りです。

意外なことに、この香りのエッセンスの半分はオレンジ・ブロッサムやネロリではなくハニーサックル・アコードです。そして、1/5がベルガモット、さらに1/5がホワイトムスクです。つまりこの3つの香りで、全体の90%を占めているのです。

ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「ラブ ドント ビー シャイ」を「バニラメレンゲ」と呼び、「バニラ味の綿菓子という路線は今までさんざん使われてきたかのような気がする。でもそれは少々見当はずれだ。カリス・ベッカーが作り出したのはメレンゲの香り。明白に砂糖、そしてバニラだけではなく、かすかに壊れやすい乾いたメレンゲそのものの質感も備わっている。」

「カリス・ベッカーはウンデシレン酸メチル アルデヒド(アドキサール)と、かすかな卵の香りをともなうアルデヒドを鮮やかに使いこなし、両方が一気にかぐわしい香りを放つ。」と4つ星(5段階評価)の評価をつけています。

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リアーナ愛用の香りの真意を探る!



全てのはじまりは、ハフポストの2019年7月25日の記事「地球上で最高の香りがする人リアーナ」でリアーナからは〝天国のような香り〟がすると複数のセレブが証言し、実は「ラブ ドント ビー シャイ」を愛用しているからだと記載された瞬間からでした(2016年に一度彼女の友人がそういった発言をしていた)。

彼女自身は決してこの香りを愛用していると言及することはありませんでした(しかも彼女は一種類の香水を使う人ではなく、必ずレイヤードする人でした)。しかし、この噂が広がった数分後にセフォラで「ラブ ドント ビー シャイ」は完売し、一晩で2500人が予約したのでした。

事の真意を確認するために最も理想的な回答は、2019年秋のキリアン・ヘネシーによるものです。

「私はこの噂の発信にまったく関係がありませんよ。でも彼女に何度か会った事があるのですが、確かに彼女はその時ラブを使用していました。でも、3年前のことだから、今も愛用しているか分かりません」

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「ル ルージュ パルファム」の香り

©KILIAN PARIS

ちなみに2019年11月8日から日本でも発売されているキリアン初のメイクアップアイテムとして誕生した、香るリップスティック「ル ルージュ パルファム」(一本6,820円)の香りは、この「ラブ ドント ビー シャイ」の香りです。

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香水データ

香水名:ラブ ドント ビー シャイ
原名:Love, don’t be shy
種類:オード・パルファム
ブランド:キリアン
調香師:カリス・ベッカー
発表年:2007年
対象性別:ユニセックス
価格:50ml/36,850円
販売代理店ホームページ:ラトリエ デ パルファム


トップノート:チュニジア産ネロリ、カラブリア産ベルガモット、ピンクペッパー、コリアンダー
ミドルノート:アイリス、エジプト産ジャスミン・サンバック、ブルガリアンローズ(コンクリート&オイル)、ハニーサックル、オレンジブロッサム
ラストノート:ムスク、バニラアブソリュート、シベット、シュクレキャラメリーゼ、砂糖、ラブダナム