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『麗しのサブリナ』Vol.6|オードリー・ヘプバーンとサブリナパンツ

オードリー・ヘプバーン
オードリー・ヘプバーン女を磨くアイコン映画女優
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オードリー・ヘプバーンのサブリナパンツ

自分自身を客観的に見なくてはなりません。一個の道具のように自分を分析しましょう。自分自身に対して100%率直でなければなりません。欠点を隠そうとせずに、正面から向かい合うのです。そして欠点以外のものに磨きをかけるのです。

オードリー・ヘプバーン

『麗しのサブリナ』の中で忘れてはならないファッションがサブリナパンツです。それは、ユベール・ド・ジバンシィではなく、イーディス・ヘッドによりデザインされました。

サブリナパンツとは、闘牛士の履くトレアドルパンツからインスパイアされたパンツです。そのスペイン風のカラフルで装飾的なデザインを、イーディス・ヘッドはすべて取り去り、黒一色の〝究極のエレガンス〟へと昇華させたのでした。何よりも女性の興味を引いたのが、その絶妙なカシュモレ(ふくらはぎ)丈でした。

大流行した背景には、細身のオードリー(彼女自身、小さな胸にコンプレックスを持っていた)に、全身ブラックとタイトなパンツスタイルという、本来は避けるべき選択を行い、そこにフラットシューズを組み合わせた所にあります。デザイン次第では、女性らしさの欠損を強調してしまう可能性が多分にありました。

しかし、イーディスは消去法により、〝パンツルックの新たなる黄金比〟を発見したのでした。それゆえに、このパンツスタイルは、グラマラスな人には、全く似合わないスタイルとなりました。

サブリナパンツスタイルを胸の大きな女性がするとかなり野暮ったくなってしまいます。女性にとってのパンツルックの必勝ポイントは、その胸を絶対に強調しないで、アンドロギュヌス性を演出するところにあるのです(ちなみにクリスチャン・ディオールは生涯一度もパンツルックを発表しませんでした)。

『麗しのサブリナ』は日本でも大ヒットしました。そして、公開された1954年に、サブリナパンツとマンボズボンが大流行しました。マンボズボンとは、サブリナパンツよりゆったりめで、長い裾をロールアップして履くパンツです。

セシル・ビートン(のちにオードリーの『マイ・フェア・レディ』(1964)の衣装を担当)は、ヴォーグの1954年11月号において「彼女は大衆の心と今日の気分を確実につかみ、美しさの新しい基準を作った」と宣言したのでした。

オードリー・ヘプバーンの美しさのすべてを凝縮したポーズ。

サブリナパンツは、オードリーのファッションアイコンとしての〝不滅性〟を確約した。

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サブリナのファッション8

ロングコート
  • デザイナー:イーディス・ヘッド
  • チャコールグレーのマフラー
  • ノーカラー・ロングウールコート(恐らくブラック)
  • サブリナシューズ、サルヴァトーレ・フェラガモ

このロングコートの下にサブリナパンツを履いています。

撮影前に神経集中しているオードリー。

イーディス・ヘッドのデザイン画。

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サブリナのファッション9

サブリナパンツ
  • デザイナー:イーディス・ヘッド
  • スリムブラック・カプリシャツ、フロントはボートネック、バックはVライン
  • サブリナパンツ
  • 刺繍入りのベロアのサブリナシューズ。サルヴァトーレ・フェラガモ

ニューヨークの摩天楼と、サブリナパンツのオードリー。

天使、または妖精としか形容しようがないオードリーのサブリナパンツ・ルック。

絶妙なパンツの丈感が分かる写真。

オードリーがスフィンクスのように問いかけているようです。「上質な素材感からのみ、シンプルな洗練は生まれるのでは?」と。

絶妙なサイズ感が生み出す〝永遠に色褪せない安定感〟。

オードリーのポージングは、実は結構難易度が高い。

背中のVラインが実に美しいです。

サブリナパンツとは、上下のセットアップなのです。この写真だとよく分かります。

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同時代のサブリナパンツ・ルック

白いシャツと黒いサブリナパンツの相性はとても良い。

オードリーは読書家でした。そして、甘いものが大好きでした。

フラミンゴが描かれたベッドカバーがキュートです。

ボーダーニットとバケツバッグの組み合わせ。

オードリーが最もオードリーらしい顔の角度の写真。

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サブリナのファッション10

ウールコート
  • デザイナー:イーディス・ヘッド
  • ウールのくるみボタンのロングコート、大き目のカラー
  • 黒のヒールパンプス
  • 白のショートグローブ

ビリー・ワイルダーが監督した映画作品は、どの作品も〝ファッションを楽しむ精神〟を伝えてくれます。その象徴的なシーンが本作のラストシーンにもあります。1940年代にソフト帽(中折れ帽)を大流行させたハンフリー・ボガートに、「私は帽子のかぶり方も知らない」というセリフを言わせるのです。

そして、サブリナがパリではこうするのよと直してくれたことが、ラストシーンの付箋になっていたことを私たちは知るのです。すっかり失恋し、一人っきりでパリ行きの客船に乗ることになり意気消沈しているサブリナの前に、ソフト帽を持ったボーイがやって来ます。そして、「帽子のつばを直してくださいとさる紳士から頼まれました」と彼女にその帽子を差し出すのです。

すべてを察したサブリナはボーイが去った方向の建物の中を覗いています。するとふいに全く違うところから、そのソフト帽をかぶり、傘を持ったボギー扮するライナスが現れるのです。

そして、サブリナから言われていた「パリでは、書類鞄と傘を持ち歩くのは違法なのよ」という言葉に対する答えかのように、二人の間を通り過ぎる男性のコートのガウンベルトに傘を引っ掛けて、二人は抱き合うのです。

失恋した悲しみの中、父親の運転でパリ行きの客船に向かうサブリナ。

そして、「帽子のつばを直してください」とボーイがやって来ます。

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オードリー×ジバンシィ伝説のはじまり

撮影中にオードリーとウィリアム・ホールデンは恋愛関係になりました。

「わたしはハンフリー・バガートがこわかった。そして彼もそのことを知っていた。でも、彼はわたしが好きじゃなかったとしても、決して顔には出さなかった」オードリー

オードリーが、ユベール・ド・ジバンシィにプレゼントされたプードルコート。

プードルがよくわかるアングル。

撮影見学に来たマレーネ・ディートリッヒ。さすがのミンクファーです。

現代のワンダーガール…彼女は大衆の想像力と時代のムードをしっかりとらえて、美の新しい基準をうちたてた。今では二人に一人の顔が〝ヘプバーン・ルック〟に近づいている…翼のような眉とエジプト王妃ネフェルティティの顔と首を持つこのスリムで愛らしい女性は、世界の恋人である。

セシル・ビートン 『ヴォーグ 1954年11月号』

オードリー・ヘプバーンは言います。「ジバンシィの洋服を着ていると自信を持って演技が出来るんです」。オードリーは、『麗しのサブリナ』撮影中に感謝の気持ちを込めて、ユベール・ド・ジバンシィをハリウッドに招待しました。そして、その時に、イーディス・ヘッドを紹介しました。

「私は映画を見て、自分の名前がどこにも出ていないことに驚きました。想像してください。もし、私の名前がクレジットにあれば、メゾンを開設したばかりの私にとって、大変な助けになったことでしょう」とユベールは回想しています。貴族階級出身の彼は、当時、ことさら不満を口にすることはしませんでした。

一方、オードリーはこのことで、ユベールに謝罪しました。彼女は、まだまだハリウッドでは新参者でした。もちろん当時のハリウッドは今では想像も付かないほどに大きく、一人の新人女優が口を挟める余地はありませんでした(相手はイーディス・ヘッドであり、ビリー・ワイルダーなのですから)。

そこで、オードリーもまた不満を口にして騒ぎ立てるのではなく、ユベールに対して協力の出来ることは、何でもしようと決めました。勿論彼女はその決意をユベールには伝えませんでした。まず最初に、海外プレミアツアーにおいて、ことあるごとに映画で使用した3つのジバンシィの衣装に身を包みました。自らジバンシィを宣伝したのでした。

さらに1954-55年秋冬のジバンシィのファッションショーにも無償で出演しました。当時ハリウッド女優が、プレタポルテのランウェイに出演した例はありませんでした。

更に、1958年には、ジバンシィの初の香水ランテルディの広告塔としてオードリーは無償でユベールに協力しました。香水の広告にハリウッドスターが登場するのも、これが初めてでした。そして、ランテルディは大ヒットし、アメリカでジバンシィは認知されることになりました。

オードリーはこの時、やっと『麗しのサブリナ』の義理を果たせたと安堵しました。不満ばかり口にするのではなく、出来ることに全精力を傾ける2人。ユベールの右腕の女性はこう言います。「ユベールもオードリーも似たもの同士でした」と。

私は、ジェニファー・ジョーンズ、ローレン・バコール、マレーネ・ディートリッヒ、エリザベス・テイラーなどのドレスを作ってきました。しかし、皆オードリーと違いフィッティングには遅れてきました。そして、胸も大きかったので、誰も彼女たちのドレスのコピーを欲しがりませんでした。

私はいつもオードリーのテイストを尊敬していました。彼女は他の映画スターとは明らかに違いました。そして、彼女は常にシンプルさを愛しました。

ユベール・ド・ジバンシィ

ファッション・デザイナーとハリウッド・スターが兄妹のような関係で、モード界に革命を起こすことが出来たのは、その才能と同じくらいに人間性に秀でていたからでしょう。

ファッションの芸術性。それは人間と人間が共鳴し合い、協力し合い、生み出されたコラボレーションだったからこそ、永遠に色褪せない不滅のスタイルを生み出したのでしょう。現在繰り広げられている、ブランド間のコラボレーションが生み出す、人間不在の拝金主義の極みとは対極の精神性に満ち溢れています。

一人のハリウッド女優の卵が、パリ行きの飛行機に乗り、若きファッション・デザイナーを訪問し、〝不滅のパートナーシップ〟が生まれる。オードリー・ヘプバーンという女性は、本当にすごい人です。

作品データ

作品名:麗しのサブリナ Sabrina (1954)
監督:ビリー・ワイルダー
衣装:イーディス・ヘッド/ユベール・ド・ジバンシィ
出演者:オードリー・ヘプバーン/ハンフリー・ボガート/ウィリアム・ホールデン

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