グレース・ケリー

グレース・ケリー5 『裏窓』2(3ページ)

    作品名:裏窓 Rear Window(1954)
    監督:アルフレッド・ヒッチコック
    衣装:イーディス・ヘッド
    出演者:ジェームズ・スチュアート/グレース・ケリー/セルマ・リッター



    天女の羽衣のようなグレース・ガウン。

    グレース・ガウンのシーンが、ドレープの美しさを教えてくれます。

    まさにプリンセスになるために生まれてきたような人です。

    生活感ゼロのナイトウエアに見えますが、シルクほど快眠を生み出す夜着はありません。

    赤の背景に白のランジェリーのドレープの美しさ。

    ファッションの基本。それは生地が生きているということ。

    グレース・ケリー・ルック4 ナイトガウン・ルック
    • シルクのナイトガウンにシフォンを纏う

    おかげ様で今は、男性も女性もみんなローウエストだ。うんざりだよ!そろそろ女性は女性に。男性は男性に戻るべきだ。

    ステファノ・ピラーティ(イヴ・サンローラン・クリエイティブ・ディレクター就任時の2005年の発言)

    いつでもどこでもスニーカー姿であることが、オシャレだとは到底考えられないのですが、人間の感性は実に容易に麻痺しやすいものです。あるファスト・ファッションが自分の服を沢山買ってもらおうと考えた戦略が、「楽なスタイルでオシャレに見せる」でした。やがてそれが、「安いモノでオシャレに見せる」へと進んでいくのですが、その過程で巧妙に葬り去られたファッション定義が3つあります。

    1.素材感→素材が生み出す生地感は、傍目に容易に伝わるという真実。
    2.自分らしさ→トレンドに左右される着こなしは、逆に野暮ったく見えること。
    3.サイズ感→サイズ感が死んでいる人。ゾンビのようなスタイル。ネット通販かもしくは店頭で試着せずに購入したのが丸わかりのズタボロスタイル。

    これらを無視して、とりあえず下にスニーカーを持ってくることで、全てを強引に纏めていくスタイルが幅を利かせています。勿論、スニーカーは重要なファッション・アイテムです。しかし、年がら年中スニーカーしか履いていない人と、パンプスやブーツ、エスパドリーユも履きつつスニーカーを履く人とでは、以下のひとつの点が明らかに違ってきます。

    それは、「エレガントな足捌き」。女性らしさと男性らしさを演出する最大の要素は、歩き方です。シフォンを纏うグレース・ケリーがなぜこうも神々しいのか?それは立ち姿であり、歩く姿によってなのです。スニーカーは歩きやすさを追求する女性にとっては大変ありがたい靴ですが、美しい歩き方を追求することが出来るハイヒール・シューズの役割は満たせないのです。



    ファッションとクレショフ効果。


    本作で、ヒッチコックが使用したクローズアップの効果は、ファッションという視点から見ても非常に興味深いものがあります。無表情のクローズアップの前にある映像が、その無表情にさまざまな表情を与えるという効果です。その名を<クレショフ効果>と言います。

    例を挙げましょう。ロシアの名優イワン・モジューヒンの無表情なクローズアップに、スープの皿のカットをつないだところその顔には、食欲が感じとれます。次に同じクローズアップに、死んだ少女のカットをつなぐと、その顔には憐憫の情が読み取れます。最後に同じクローズアップに、ベッドに横たわる美女のカットをつなぐと、その顔には性欲が読み取れるのです。それと同じことが、本作の主役であるジェームズ・スチュアートのクローズアップによって演出されていました。籠の子犬を見て微笑み、半裸で踊る娘を見て同じく微笑んでいるのですが、その全く同じクローズアップが、全く違う表情を生み出すのです。

    ヒッチコックがなぜ、女優の魅力を引き出す天才なのか?そのヒントが、この<クレショフ効果>に隠されています。つまるところ、映画女優に必要なのは、天才的に映像をつなぐことの出来る監督の存在なのです。ファッション誌を賑わすファッション・アイコンと呼ばれる女優たちに共通しているのは、そんな監督に恵まれているところにあります。同じファッションに身を包んでいても、そこに効果的なカットが繋がれていなければ、そのファッションが持つ表情は全く違ったものになるのです。



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