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【ティエリー ミュグレー】エンジェル(オリヴィエ・クレスプ)

ティエリー・ミュグレー
©Mugler
ティエリー・ミュグレー
この記事は約25分で読めます。

エンジェル

原名:Angel
種類:オード・パルファム
ブランド:ティエリー・ミュグレー
調香師:オリヴィエ・クレスプ、イヴ・ド・チリン
発表年:1992年
対象性別:女性
価格:日本未発売

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史上初のグルマンノート(オリエンタルグルマン)の香り

初代エンジェル:エステル・ルフェビュール、1992年 ©Mugler

二代目エンジェル:ジェリー・ホール、1995年 ©Mugler

1992年11月10日に行われた「エンジェル」お披露目会。真ん中が、ティエリー・ミュグレー。

プロジェクトの最初から、この香水は他のどの香水ともまったく違うものでなければならないということで意見が一致していた。それでも人々がこの香水に夢中になって中毒になるような香水にしたいと考えていました。私たちの要求は、ドラッグでもある香水でした。

ヴェラ・ストルビ

「エンジェル」は1990年代のシャリマーである。これほど革新的な香水がリサーチによって台無しにされることなく、商品化への最終段階まで残ったのは驚くべきことだ。

ルカ・トゥリン

まさにそれはハレー彗星のように現れたフレグランスでした。

史上初のグルマンノート(オリエンタルグルマン)の香り。歴史上最も重要なフレグランスのひとつでありながら、日本中のどこにも販売されていないフレグランス、それが1992年に発売されたティエリー・ミュグレーの「エンジェル」です。このフレグランス以後、香りに対する評価の基準として、「おいしそう=グルマン」という表現が加わることになりました。

オリエンタルグルマンの香りは、オリヴィエ・クレスプイヴ・ド・チリンにより調香されました。ちなみにイヴ・ド・チリンは、当時、オリヴィエの上司であり、クエスト・インターナショナルのフレグランス・マーケティング担当副社長であり、クエストの全調香師を束ねる存在でした。

発売当初その未知なる香調により、多くの代理店が取り扱いを渋り、すぐにはヒットしませんでした。しかし、5年もの歳月を経て、じわじわと愛好家が広がり、21世紀に入りシャネルの「No.5」、ディオールの「ジャドール」に並ぶ、世界で3本の指に入るベストセラー・フレグランスの地位に登りつめたのでした。

1974年に自身の名を冠したファッション・ブランドを創業したティエリー・ミュグレー(1948-2022)という人が、いかに我が道を行く異端児であるかという事を示すエピソードとして80年代から90年代にかけて断った高額オファーの仕事について羅列してみましょう。

  1. フランシス・フォード・コッポラ監督の『コットン・クラブ』の衣装デザイン
  2. マイケル・ジャクソンのデンジャラス・ツアーの衣装デザイン
  3. ベルナール・アルノーがオファーしたディオールのデザイナー
  4. マドンナにツアーの衣装デザインのオファーを出され「目の前から消えろ!」と言い放った出来事

「シャリマー」は、1925年にエチルバニリン(バニラミルクセーキのような香り)という分子でグルマンノートの源流を誕生させたが、それを復活させたのは「エンジェル」の調香師オリヴィエ・クレスプだった。彼は、綿菓子の匂いの元となる分子、エチルマルトールをベースに、高度なバランス感覚を生み出した。

この極甘の分子に対して、彼は噛みごたえのあるアーモンドのような分子クマリンと、氷がグランマルニエをカットするように甘さをカットする天然パチュリをセットした。その結果は見事なものだった。「エンジェル」は技術的にも優れており、安定性、拡散性、特異性を備えている。また、驚くほど賛否両論がある。しかし、偉大な芸術は往々にしてそうである。

チャンドラー・バール(ニューヨーク・タイムズ、2008年12月4日)

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手の届かない存在である〝星〟を掴もうとした人々

三代目エンジェル:エイミー・ウェッソン、1998年 ©Mugler

ヴェラ・ストルビ

1993年のティエリー・ミュグレー。スター・リングを付けている。

ファッション・ブランドのフレグランスは、モードと結びついてはいけない。なぜなら、そうするといつか流行遅れになってしまうからだ。私たちは最初から、一時的な流行やファッションと結びつかない、いつまでも愛される香水、クラシックになる香水を作ろうと意識していました。

ティエリー・ミュグレー

クラランス・グループが、ティエリー・ミュグレーと共に彼のフレグランス・ラインを新たにスタートするために、1990年はじめにクロード・モンタナでフレグランスをプロデュースしてきたヴェラ・ストルビ(1943-、2006年に退任)に、ミュグレーのファースト・フレグランスの創造を依頼したことからはじまりました。

1990年10月に、ヴェラはティエリーと初めてのミーティングにのぞみました。当初、ティエリー自身は、自ら用意していたサンプルと長方形の香水ボトルを持参した上で、「あなたには何もしていただく必要はありません。これが私が欲しいボトルで、これがそのボトルに入れる香水です。 ティエリー・ミュグレーという名のフレグランスになります」と彼女に断言しました。

しかし、ヴェラは「あなたの名は発音しにくい。そして、香りは、もっと普遍的であるべきだ」と拒否したのでした。「では2か月の猶予を与えますので、私より良いアイデアを考えて下さい」とティエリーが言い放ち、ミーティングは解散となりました。

大したアイデアは思い浮かばず、2か月の時は流れ、二人はミーティングで再会しました。お互いに共鳴し合える部分がなく、少し口論になり、ティエリーの手振りが激しくなりました。その時、ティエリーの指に光るスター・リングにヴェラの目が奪われたのでした。「これだ!」と彼女が感じた瞬間でした。

それは手の届かない存在である〝星=スター〟をこの手に掴もうと、二人が合意した瞬間でした。

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オリヴィエ・クレスプの登場

六代目エンジェル:ナオミ・ワッツ、2008年 ©Mugler

1996年のティエリー・ミュグレー。撮影:ヘルムート・ニュートン、肩に〝星〟のタトゥーが確認できます。

私は、ダンサー、ベジタリアン、ヨギ、世界旅行家、クチュリエ、香水メーカー、写真家、そしてボディビルダーなど、さまざまなことをしてきました。私は自分の夢と人生の探求を追い求めています。ですから、私は極端なものが大好きです。

私は1970年代の早い時期から、香水を作りたいと考えていました。なぜなら私にとって、香水は人々の日常生活に魔法をかけるツールのひとつです。ある意味で、香水は人の世界、オーラを完成させます。最後の仕上げです。最初から、チョコレートと綿菓子を使ったグルマンな香りを作りたかったのです。

何百回もの試作を経て、エンジェルが誕生しました。今日の香水の多くは、この香水の後継です。当時、大手香水メーカーはどれも半年ごとに新しい香水を発表していましたが、神話的な香水はなく、人々が憧れるボトルもありませんでした。私の子供時代を象徴するシャリマーやジャン・パトゥのジョイなどは、美しいコレクターズアイテムでした。

ティエリー・ミュグレー

ヴェラ・ストルビは、〝星〟をわが手に掴むために、クエスト・インターナショナルのイヴ・ド・チリンに、ティエリーの幼少期の思い出(遊園地など)を反映した香りを作れる調香師がいないかと相談しました。

そして、チリンは、オリヴィエ・クレスプという調香師が試作していたバニリック・パチョリ・シプレの「Putchou」について話しました。なぜなら遊園地のイメージは、主に新鮮なおがくずの香りと木製の屋台の苦くて甘い香りが中心にあると考えたからです。

早速、その香りを試しすっかり魅了されたヴェラは、もっともっとフローラルなものにして欲しいと希望するのですが、100回以上実験をしても全く上手くいかず、すっかり行き詰まったので、オリヴィエに直接ティエリーに会い、その会話から得たインスピレーションで香りを創造してみてくださいという提案をしたのでした。

かくして、オリヴィエはティエリーと会い、3時間、彼の幼少期の思い出について、ケーキをホットチョコレートに浸していたことや、遊園地について聞き出していくのでした。

ティエリー・ミュグレーが思い出す香りの感覚を表現したときの言葉を今でも覚えています。砂糖漬けのリンゴのキャラメルの香り、綿菓子の砂糖のような香り、遊園地の匂いなどについて語っていました。

オリヴィエ・クレスプ

グルマンノートの香水を作るというアイデアは、最初にオリヴィエが作り出したピオニーとパチョリの試作品をティエリーが「花の香りがする」と却下した後、〝子供の頃を思い出させるような、食欲をそそる美味しい香りが欲しい〟というティエリー自身の提案により生まれました。

結果的に、ティエリーが愛しているストラスブール大聖堂のステンドグラス、遊園地で遊んだ幼き日の思い出と、祖母がいつも作ってくれたホットチョコレートにレーズンケーキを浸して食べていたという思い出を元に、2年の歳月を経て、この香りのコンセプトは形作られていきました。

かつてオリヴィエは、1975年にアメリカの小さな食品芳香会社で研修を受けていました。そして、この時の経験が、フレグランスに食べ物の香りをつけるという、史上初のアイデアを現実化させる後押しになったのでした。当時、香水業界では誰もそれを使ったことがないというエチルマルトールの登場です。

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「エンジェル」は、身にまとうのではなく、素肌で味わう香りである。

六代目エンジェル:ナオミ・ワッツ、2008年 ©Mugler

ミュグレーの幼き日の思い出を体現する=「誰もが幼年期の思い出」を蘇させる香りを作るために、608回もの試作を経て史上初のグルマンノートは生み出されました。グルマンノートとは、バニラ、チョコレート、キャラメルといったフランス菓子(スイーツ)やデザートのような香りがするフレグランスを指します。

スカイブルーのボトルイメージからプロジェクトはスタートしていたので、かなり冷たい感じがするそのイメージに合うように、フレッシュで少し氷のようなテイストも加えることとなりました。そこでアーシィーさを取り入れ、大地で生き生きと笑いに満ちた素朴な女性のニュアンスが与えられることになりました。

「エンジェル」は三つの階層を持つフレグランスです。官能的でセクシーな香りと、子供時代の温かい思い出の香り、そして広々とした空間と青い空のクールな香りの対比です。

ティエリー・ミュグレー自身は、トップノートをピュアで透明感のあるブルーに包まれた〝天使が天空を舞う香り〟と表現していました。ベルガモットが軽やかでキラキラしたタッチを与え、ヘリオナールとヘディオンの空気のような分子が宇宙と純粋さを感じさせます。

続いて〝グルマンの香り〟がやって来ます。つまり遊園地の明るい光と賑やかな音楽を思い起こさせるフルーティーな側面です。デューベリーと他のベリーの香りの組み合わせが鮮やかで口いっぱいに広がるフレッシュさを与えています。

最後に〝官能的な香り〟が到来します。パチョリとバニラにキャラメルが混ざり合います。キャラメルと蜂蜜の組み合わせは、パチョリの官能性を高めています。

「エンジェル」の偉大さにおいて、あまり語られていない側面、それは、ファッション・デザイナー自身の〝プルーストのマドレーヌ〟をストーリーラインとして明確に主張した最初の香水だったことです。この香り以降、ファッション・ブランドのフレグランスは、もっともっとデザイナーのペルソナを反映させる香りを生み出していくことになるのでした。

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天使が悪魔に恋をする。甘くて苦い、初恋のチョコレートの味。

六代目エンジェル:ナオミ・ワッツ、2008年 ©Mugler

2002年 ©Mugler

生まれてから、少女時代を経て、初恋と片想いと失恋を経験する中で、出会うであろう人生のハイライトとなる甘さと苦さのすべてを、あなたの素肌の上で、滑らかに引き伸ばしてくれる〝甘さと苦さで綴る香りのアルバム〟は、幼少期から少女時代にときめきを覚えたフルーツとお菓子の甘さからはじまります。と言いたいところなのですが、この香りのオープニングは漆黒のパチョリの爆発と共にはじまります。

はじめて身に纏うと、息も出来ないくらいに、衝撃を受けるはずです。そしてずっと身にまとっているうちに、息も出来ないほどにキミに夢中になる香りとなります。

すぐにブラックホールのように爆発した苦いパチョリ(高級墨汁×ミント)の奥から、ジューシーなマンダリン・オレンジとメロン、パイナップルに綿菓子の甘さ(エチルマルトール)が現れてきます。

だんだんとダークチョコレート・リキュールのような酔わせるフルーツパチョリがプラリネ、キャラメル、バニラ、トンカビーン、蜂蜜と共に素肌に広がり、あなたの心に、チョコレートを片手に、初恋の片想いに身を焦がすように、じれったく砂糖に身を焦がしてゆきます。

さらにキャラウェイ、ナツメグ、クマリンといったスパイスは、めくるめく甘ったるい恋の後の、苦い想いを経た後に、強くなっていく不思議な力を漲らせてくれます。

氷漬けされていたピーチ、カシス、アプリコット、ブラックベリー、プラム、レッドベリーといった果実が、とろけてゆき、まるで青い果実が、熟していくように、スイーツに満たされている素肌に、果実から生み出したリキュールやジャムをミルフィーユのように重ねてゆきます。

この香りの特長は、(フレグランスに対して)いまだかつてないほど投入された(1960年代後半から使用されていた)食品風味増強剤エチルマルトールが生み出す甘さと対になる形で、30%という高い濃度のパチョリが投入されている点にあります。このまさに天使の采配とも言える絶妙なブレンドが、口の中で溶けるフレーバーチョコレートのような、心と魂を満たす官能的な甘い風味を解き放ちます。

ジャスミン、スズラン、ローズ、オーキッドの存在を感じることは出来ないのですが、このグルマンノートの創造の偉大なる影の立役者なのです。それはパチョリの影響により、男らしい香りだと感じたヴェラの提案により、何回もの失敗を重ね追加されたフローラル・レシピでした。

「エンジェル」が素晴らしいのは、ただ甘い恋の香りではなく、苦い想い出を甘い希望で満たしてくれる、脛にいくつかの傷を刻んだ後にやってくるファンタジーな恋の予感を感じさせる、五感をよろめかせる繊細な甘さで満たしてくれる所です。

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香水名を「スター」にするか「エンジェル」にするか?

六代目エンジェル:ナオミ・ワッツ、2008年 ©Mugler

服を着るということは、脚光を浴びることです。私は女性が隠れるための服は作らない。デザイナーの中には、女性に心地よさを与える人もいます。私は女性に壮大な気分にさせる。彼女たちはミュグレーの服を着て、頑張る! 勝者のような気分になれるのです。

ティエリー・ミュグレー

ミュグレーのスタイルは、無邪気で優しいけれど、とても強い女性のイメージを投影しています。だから私は自分の香水をエンジェルと名付けました。

すべての女性は天使です。どんな天使か?ある瞬間は天使のように見えても、次の瞬間には小さな悪魔になることもあります。

ティエリー・ミュグレー

香りが完成し、ヴェラ・ストルビは、空をイメージさせるネーミングをつけようと考えていました。そして、1984年3月にパリで開催されたティエリー・ミュグレーのファッションショーでスキー場に変身したキャットウォークを雪のそりが疾走する「天使の冬」とエルヴィス・プレスリーの歌「悲しき悪魔 (You’re The) Devil in Disguise」の歌詞からイメージを膨らませ、見つかった言葉が「ガーディアン・エンジェル」=「エンジェル」だったのでした。

最終的に、「スター」にするか「エンジェル」にするか議論の末、この香りが「エンジェル」と名付けられたことにより、地上でもっとも情熱的な甘さ=天国にいちばんちかい甘さを身にまとう女性たちを、天国の女神の位にまで引き上げたのでした(ユニリーバが名前の著作権を持っていたので、高額で取得した)。

ティエリー・ミュグレーは、かつてデザイナーとして有名になる前に手相占い師に会い、その時、全てのデザインに一番星を絡めたならあなたは大成するだろうと予言されました。そして我が身の肩に星のタトゥーを刻み込みました。

そんなティエリー自身によりデザインされたボトル・デザインは、一番星=ラッキースターをモチーフにした天国と宇宙をイメージさせるスカイブルーのものでした。そしてジュースも水色にすることを要求しました。当初、ヴェラは、女性が水色の香水を好んで身にまとうだろうかと懐疑的でした。

この複雑な形をボトルにすることが出来る会社を見つけるために2年の月日が費やされ、ブロス・グラスワークスによって、流れ星のようなブルーダイアモンド・スターのボトルデザインが完成したのでした。

ちなみに、「エンジェル」は、世界で初めてリフィルの概念を生み出したフレグランスでした。それはヴェラが、キャロンの量り売りのアイデアからインスパイアされた試みでした。今では、環境に優しいこの概念が、フレグランスの世界で主流になりつつあります。

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世界中に、たくさんのエンジェルたちが誕生しました。

七代目エンジェル:エヴァ・メンデス、2011年 ©Mugler

この香りに影響を受けた香りとして「ロリータ レンピカ」(1997)、ディオールの「ヒプノティック プワゾン」(1998)、シャネルの「ココ マドモアゼル」(2001)、「チャンス」(2002)、ヴィクター&ロルフの「フラワーボム」(2004)、カルバン・クラインの「ユーフォリア」(2005)、ディオールの「ミス ディオール シェリー」(2005)、トム・フォードの「ブラックオーキッド」(2006)、ニナ・リッチの「ニナ」(2006)、キリアンの「ラブ」(2007)、ランコムの「ラヴィエベル」(2012)の名が挙げられます。

ちなみに海外におけるこの香りの人気の高さは、スカーレット・ヨハンソンが10歳からこの香りを愛用していると発言したことをはじめ、ビヨンセ、ニコール・キッドマン、ケイティ・ペリー、ヒラリー・クリントン、ダイアナ・ロス、ミラ・ジョヴォヴィッチといった蒼々たる面々が愛好していることからも伺えます。

つまりは、他人の意見には左右されずに、自分の生き方を貫ける女性にのみ身に纏うことが許される〝カースト・フレグランス〟なのです。

以前はもっと濃厚でチョコレートのような香りでしたが、今はもっとシャープで、パチョリやキャラメルに近い香りになっています(ロレアルグループに入ってからの公式サイト上で〝花を一切使わず〟と記載されている)。

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〝エンジェル=天使〟は、日本にはいない。

八代目エンジェル:ジョージア・メイ・ジャガー、2014年 ©Mugler

エンジェルは人々を驚かせ、同時に興味をそそります。あまりにも独特なので、衝撃を受ける人もいますが、夢中になる人もいます。

ヴェラ・ストルビ

さてこの香りが、日本で発売されていない理由について語りましょう。その理由はただひとつです。それは、エンジェルが、「愛と憎しみの香り」だからです。

ある人が、どれだけこの香りを愛そうとも、多くの人が、この香りを憎悪する可能性があると知っている香りを、日本人は使用することが出来るのでしょうか?

タニア・サンチェスは『世界香水ガイド』で、「エンジェル」を「フルーティ・パチョリ」と呼び、「「ジョークのつもり?」長年の経験の中でいちばんひどい香り。なぜってそれまで女の人の香りは花かキャンディのどちらか片方だという、いってみれば無邪気な思い込みがあった。でもエンジェルはつむじ曲がりなことに、その両方の匂いがする。ふつうの花の香水にくらべて、暖炉でいくつものマシュマロと、ゴーストバスターに出てくる巨大で魔力のあるマシュマロマンほども違っている」

「その意味ではエンジェルは確かにジョーク。数え切れないほどの香水が部分的にまねをしている(→ユーフォリアフラワーボム、プラダなど)が、少しストレート過ぎる」「エンジェルは、チョコレートやミルクや砂糖に浸したフルーツのお菓子のように、女の子向けのグルメっぽく並べられ、許されてもいるが、それは真っ赤なウソ。エンジェルの喉ぼとけを見てほしい」

「パイプや革の上靴など男性用のフレグランスの領域からまっすぐ届いたような、立派で樹脂っぽいウッディパチョリが大胆な黒スグリや(化学合成)、けたたましいホワイトフローラルといきなり衝突。これらの男性的な部分と女性的な部分が、カンファー風の匂いを共有し、ベースにある熟れ過ぎた香りを(「腐った」と表現する人もいる)、無機質な冷たい輝きで覆っている。結果として、ふんだんに使われている綿あめの香り(エチルマルトール)も甘くなり過ぎず、エンジェルは矛盾を内包したまま高いエネルギーレベルを保つことになった」

「この画期的なアイデアの成功を見て、調香師たちはシプレとの組み合わせをヒントに、そのからくりを隠したまま、いろいろなやり方で新しい効果を生み出そうとした。でも、いくらやってもむずかしい。フルーティシプレ、レザーシプレ、フローラルシプレ、グリーンシプレなどなど。でもエンジェル式に男性的な香りと女性的な香りを混ぜると、何を使ったとしても結局エンジェルのようになってしまう」と5つ星(5段階評価)の評価をつけています。

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歴代の「エンジェル」(エステル・ルフェビュール)

エンジェルのミューズの歴史も実に興味深いです。

初代エンジェル(1992年~1994年)エステル・ルフェビュール

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初代エンジェル(1992年~1994年)は、フランスのスーパーモデルのエステル・ルフェビュール(1965-)でした。「An Apparition(幽霊)」と名付けられたこのキャンペーンにおいて、パワーショルダーの黒いスカートスーツに、豪華に星を散りばめたモスリンのスカーフを巻いて、ニューヨークの街のビルの間を飛び回りました。そして、空の星に向かい手を伸ばします。

ニューヨークのクライスラービルの屋上で、警備員の注意を誤魔化しながら、ミュグレー自身によって、二人ともめまいを感じながらギリギリの場所で撮影されました。

エステル・ルフェビュールは、リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ハーブ・リッツといった超一流の伝説のファッション・フォトグラファーからの評価も高い人で、1989年から2001年までシルヴィ・ヴァルタンの息子と結婚していました。

1992年には、ジョージ・マイケルの「Too Funky」(ティエリー・ミュグレーが衣装デザインを担当した)のミュージックビデオにスーパーモデルの一人として出演しました。1994年にはピープル誌によって「最も美しい50人」の1人に選ばれました。

ジョージ・マイケルと「Too Funky」に参加したエステルをはじめとするスーパーモデル達。

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歴代の「エンジェル」(ジェリー・ホール/エイミー・ウェッソン)

二代目エンジェル(1995年)ジェリー・ホール

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二代目エンジェル(1995年)は、当時ミック・ジャガーのパートナーでありアメリカのスーパーモデルのジェリー・ホール(1956-)でした。「A Mirage(蜃気楼、幻覚)」と名付けられたこのキャンペーンにおいて、ヴェロニカ・レイク風の髪型の彼女は、最も古典的なハリウッドの魅力を体現していました。

ニューメキシコ州のホワイトサンズ国立公園の砂漠で、シルバーの流星のような、または砂漠に浮かぶ人魚のようなイブニングドレスを着た彼女はミュグレー自身によって撮影されました。ジェリーは、1978年にティエリーの最初のランウェイを歩いた人でした。

ジェリー・ホールとティエリー・ミュグレー、撮影:ヘルムート・ニュートン、1996年。

三代目エンジェル(1998年)エイミー・ウェッソン

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アイスドレス ©Mugler

三代目エンジェル(1998年)は、アメリカのトップモデルのエイミー・ウェッソン(1977-)でした。「A Dream」と名付けられたこのキャンペーンにおいて、まるで万華鏡から現れたかのように、エイミーが、クリスタルに囲まれた〝生きたクリスタル〟となりました。エイミーが着ていた特製コルセットは非常にきついもので、着用中はほとんど息ができませんでした。

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歴代の「エンジェル」(アンナ・マリア・セェ/ビアンカ・バルティ)

四代目エンジェル(2003年)アンナ・マリア・セェ

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四代目エンジェル(2003年)は、ハンガリーのトップモデルのアンナ・マリア・セェ(1977-)です。ヴィヴィアン・リーを思い出させるということで起用されました。『ブレードランナー』からインスパイアされました。パリの映画館で撮影され、東京と香港の夜景が合成されています。

「A Sensation of Vertigo」と名付けられたこのキャンペーンにおいて、自分が満足していないこの世界から逃げ出したいと願う少女が、高層ビルの屋上に避難するというストーリーです。最初の広告も高層ビルからはじまったのですが、ここで、私たちの天使は成長し、何よりも都会の天使になりました。

五代目エンジェル(2006年)ビアンカ・バルティ

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五代目エンジェル(2006年)は、2005年SSから10年間ドルチェ&ガッバーナのミューズをつとめることになるイタリアのトップモデルのビアンカ・バルティ(1984-)です。「A Spell」と名付けられたこのキャンペーンにおいて、白雪姫と鏡の物語にインスピレーションを得ています。

エイミー・ウェッソンが着ていたドレスから、スパンコールとクリスタルを少し取り除き、軽やかに仕上げたドレスを着ています。当初、ティエリーは、鏡の迷路をイメージしたものを撮りたいと考えました。この写真でティエリーが捉えたかったのは、ナルシシズムでした。

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歴代の「エンジェル」(ナオミ・ワッツ/エヴァ・メンデス)

六代目エンジェル(2008年)ナオミ・ワッツ

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六代目エンジェル(2008年)は、2013年にダイアナ元妃を演じた大女優ナオミ・ワッツ(1968-)です。この頃「エンジェル」の売上が落ちていたため、膨大な広告費が投入されることとなりました。キラキラ輝くエンジェルボトルでいっぱいのクリスタルの洞窟をさまようというおとぎ話で、ヴェロニカ・レイク風にブロンドヘアはスタイリングされています。

撮影当時、ナオミは妊娠をスタッフに隠していたので、ドレスのフィッティングにとても苦労したと言われています。『ドリームガールズ』(2006)のビル・コンドンが監督しました。

七代目エンジェル(2011年)エヴァ・メンデス

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七代目エンジェル(2011年)は、『ワイルド・スピードX2』(2003年)のキューバ移民の両親の下、マイアミ出身のハリウッド女優エヴァ・メンデス(1974-)です。イネス・ヴァン・ラムスウィールド&ヴィノード・マタディンが撮影しました。

最も曲線美とセクシーさを兼ね備えた、天使のような女性を体現した写真撮影は3~4時間で終わりました。

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歴代の「エンジェル」(2014年~現在)

八代目エンジェル(2014年)ジョージア・メイ・ジャガー

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八代目エンジェル(2014年)は、ジェリー・ホールとミック・ジャガーの娘でファッションモデルのジョージア・メイ・ジャガー(1992-)です。

九代目エンジェル(2020年)トニ・ガーン

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九代目エンジェル(2020年)は、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019年)にも出演しているドイツ出身のトップ・モデルであるトニ・ガーン(1992-)です。2019年11月にミュグレーがロレアル・グループの傘下に入ってはじめてのキャンペーンでした。最後に2022年のキャンペーンです。

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香水データ

香水名:エンジェル
原名:Angel
種類:オード・パルファム
ブランド:ティエリー・ミュグレー
調香師:オリヴィエ・クレスプ、イヴ・ド・チリン
発表年:1992年
対象性別:女性
価格:日本未発売


トップノート:ベルガモット、メロン(ヘリオナール)、ココナッツ、マンダリン・オレンジ、ジャスミン、ヘディオン、カシス、綿菓子、パイナップル
ミドルノート:キャラウェイ、ナツメグ、蜂蜜、アプリコット、ブラックベリー、プラム、オーキッド、ピーチ、ジャスミン、スズラン、ローズ、レッドベリー
ラストノート:トンカビーン、バニラ、パチョリ、サンダルウッド、アンバー、ムスク、チョコレート、キャラメル