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デルフィーヌ・ジェルク 未来のゲランの六代目調香師

デルフィーヌ・ジェルク
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デルフィーヌ・ジェルク調香師香りの美学
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デルフィーヌ・ジェルク

Delphine Jelk スイス、1977年生まれ。ファッション・デザイナーになるためにパリで4年間メンズウェアのデザインを学ぶも、卒業コレクションで、服に香りをつけようとフィルメニッヒで働く知人と共同作業に挑んだことから〝香りの世界〟に興味を持つことになる。

卒業後、スイスに戻りフィルメニッヒのマーケティング部門で働くことになる。そして、調香師になるためにGrasse Institute of Perfumeryで1年間調香について学び、ドイツのフレグランス・ハウスのドロム(Drom)に入社する。

その後、ニューヨーク勤務を経て、2008年頃、ゲランのクリエイティヴ・ディレクターだったシルヴェーヌ・ドゥラクルトに、ゲランでは未開拓の20代女性をターゲットにした香りの調香の依頼を受ける。

2年の歳月をかけて生み出した「ラ プティット ローブ ノワール」は2009年にパリで限定販売され、好評を得る。そして、2012年にティエリー・ワッサーの最終調整を経て、世界中に発売され、大ヒット作となる。この功績によりデルフィーヌは、2014年にゲランに入社し、ティエリーに次ぐゲランの第二調香師のポジションを獲得することになる。

代表作

アクア アレゴリア ベルガモット カラブリア
イリス トレフィエ
サンタル パオロッサ
シャリマー ミレジム ヴァニラ プラニフォリア
ネロリ ウートルノワ
モン ゲラン
ラ プティット ローブ ノワール
ローズ シェリー
ロム イデアル オーデパルファン

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「ラ プティット ローブ ノワール」革命

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1962年にジャック・ゲランの後継者として、ゲラン帝国の四代目調香師に就任したジャン=ポール・ゲラン(1937-)の在任中の1994年に、ゲランはLVMH(モエヘネシー・ルイヴィトン)のグループ傘下に入りました。そして、1996年に、ジャン=ポール以外、創業者一族は、ゲラン社の経営から離れました。

2002年にジャン=ポールは退任し、ゲラン初のクリエイティブ・ディレクター制度が敷かれることになります。そして、シルヴェーヌ・ ドゥラクルトが就任することとなりました。彼女こそがゲラン帝国のジャンヌ・ダルクと呼ばれる人です。

彼女の偉大なる功績のひとつが「ラール エ ラ マティエール」コレクションの創造でした。さらにもうひとつの偉大なる功績が、〝フレグランスに詳しくないが、美に対する流行には敏感な層〟つまり、シャネルチャンス(2003年~)や、ディオールミス ディオール(2005年~)を愛用している層をターゲットにするということでした。それは、当時、ゲランの最も弱い客層でした。

2008年にシルヴェーヌは、一人の若い新人女性調香師にキャンドル製造を依頼しました(このオレンジフラワーのキャンドルを、後に自身のプライベートブランドで販売することになる)。そして、その時、この女性の情熱と才能に惚れ込んだのでした。

「ゲランに新しい風を吹かせ、若い女性を振り向かせることが出来るのはこの人かもしれない!」というシルヴェーヌの期待に応えるように、二年の歳月をかけて生み出されたのがパリ・ブティック限定のフレグランス「ラ プティット ローブ ノワール」(フランス語で、リトルブラックドレスの意味)でした。

極秘裏に販売されたにも関わらず、瞬く間に、パリジェンヌの間で話題となり、2008年から五代目調香師に就任しているティエリー・ワッサーの最終調整を経て、「ラ プティット ローブ ノワール」は、2012年に全世界で発売されることになるのでした。そして、発売と同時に、世界中の若き女性たちのハートは打ち抜かれたのでした。

「ラ プティット ローブ ノワール」革命。一般的には過小評価されている節もあるこの香りは、ゲランにおいては、救世主のような存在です。なぜなら、この香りによって、フレグランスだけでなくコスメにおいても、ゲランを〝お金持ちのマダム御用達ブランド〟のイメージから脱却させ、〝美意識の高いマドモアゼルにとっても外せないブランド〟というイメージへと飛躍させたのですから。

さてご紹介しましょう。2009年にこの革命を始動させた若き女性調香師の名をデルフィーヌ・ジェルクと申します。

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ゲランの六代目調香師にいちばん近い人

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ゲランの五代目調香師ティエリー・ワッサーとデルフィーヌ・ジェルク ©GUERLAIN

私はファッションの世界から来たのですから、自分の仕事をデザイナーとまったく同じように捉えて、香りを作っています。私は、クチュリエがドレスを作るのと同じように、フレグランスを自由に作っています。

デルフィーヌ・ジェルク(以下すべての引用は、彼女のお言葉です)

デルフィーヌは、1977年にスイスで生まれました(ティエリー・ワッサーと同じく)。マルタン・マルジェラやヨウジ・ヤマモト、川久保玲に憧れていた彼女は、ファッション・デザイナーになるためにパリのエスモードで4年間メンズウェアのデザインを学びました。

彼女がはじめて〝香り〟の魅力に本格的に触れたのは、卒業コレクションで、「カシミアやリネンに香りをつけてみたら面白いんじゃないかしら?それもただ香りをつけるのではなく、その素材を使用するきっかけになったインスピレーションを連想させる香りをつけてみたら」と考え、フィルメニッヒで働く知人と共同作業に挑んだことからでした。

卒業後、彼女はふたつの選択肢に悩みました。1つはパリのマルタン・マルジェラ、もう1つはジュネーブのフィルメニッヒのマーケティングチームでした。そして、彼女は、マーケティング部門でトレンドリサーチャーとして働くことを選ぶのでした。

やがて、ティエリー・ワッサーや、アルベルト・モリヤスジャック・キャヴァリエといった調香師と接するうちに、自分自身も調香師になりたいと願うようになり、Grasse Institute of Perfumeryで1年間調香について学ぶことになります。

卒業後、ドイツのフレグランス・ハウスのドロム(Drom、2019年ジボダンに買収される)に入社し、フィリップ・ロマーノに三年間師事しました。そして、憧れのニューヨーク転勤となるのでした。

ゲランのクリエイティヴ・ディレクターだったシルヴェーヌ・ドゥラクルトに、「若い女の子のためのお花の香りを作って!」と依頼されたのは、ニューヨークに行く寸前のことでした。

元々このプロジェクトは、ゲランのフレグランス・マーケティング・ディレクター(2000年-2020年)であるアンヌ=カロリーヌ・プラザンの提案によるものでした。そして、三人の女性により、二年かけて生み出されたのが、2009年に限定版として発売された「ラ プティット ローブ ノワール」でした。

2014年に正式にゲランに入社することになったデルフィーヌは、五代目調香師ティエリー・ワッサーの右腕として着実に実績を積み上げ、現在は、ティエリーが原料調達とクラシックの再調香を担当している一方で、新作の調香を任されています。

そして、2021年12月に、そういった功績がフランス政府に認められ、芸術文化勲章のシュヴァリエを受勲することになりました(フランスにおいて、調香師はフレグランスの作者として尊敬され、芸術家として認められています)。

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「あなたの大切なものを守ってくれる香りを作りたいの」

Time OutのNew York版、2007年11月。©Time Out

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香水とは、より親密な感情の共有なのかもしれませんよね。まだまだ自分でもよくわからないんのですが、長い間、香水は誘惑するための道具であり、官能的でセクシーにするためのものでした。

しかし、私にとって香水は、幸福感や自信に関わるものです。もちろん「いい香りだね」と言われることはとても大切ですが、香水は、まず自分のためにつけるものだと思います。

好きな香りを嗅ぐと、心の中で何かが開かれるような、心の糧になるような気がするんです。香りは、あなたを童心に帰らせてくれる。そして、忘れかけていた大切な思い出など、あなたの大切なものを守ってくれるものなんだと思います。

デルフィーヌの最初の嗅覚の記憶は、祖母と母が使っていたDéesseのアプリコットオイルでした。このオイルは今でも彼女の生活の一部であり、自身の4人の子供たちにも使ってきたほどだと回想しています。「私はアプリコットの香りに弱くて、ルイ・ヴィトンの「ダン ラ ポー」に夢中なのもそのためなの」。

例えば、アイリスは、祖父母の屋根裏部屋の暖かくて埃っぽい匂いを思い出させるので、私の心に響きました。この仕事を志す原動力となったのは、香水が幼少期とつながり、「心の慰め」であるという側面であり、それは芸術的アプローチと同じように私の心を揺さぶったのです。

グラースで調香を学んだ一年間に見学したミモザ、バラ、ジャスミン、ラベンダーの摘み取りや抽出は、「どれだけ手間をかけて、私の手元にある香料が届いているのかということを知ることから、香水に対する深い愛ははじまるのだと思います」という風に、彼女に大いなる影響を与えました。

「ゲランにおける私の仕事は、シェフが豆やニンジンを選ぶように、生産者から仕入れる天然原料も私が責任を持って購入していることです」。

彼女自身は、トンカビーン、バニラ、アーモンドなどのミルキーな香りが好みであり、ゲランに入社する前から、〝絶対に手放せない香り〟として愛用してきたのが「ジッキー」だとあらゆるインタビューで断言しておられます。

ジッキー。私はこの香水のすべてが好きです。肌につけたときの香りもさることながら、その歴史も気に入っています。私の考えでは、自然を模倣することよりも感情に焦点を当てた、初めての抽象的な香水だと思います。

ちなみに、彼女にとって、アニック・グタールは特別なフレグランス・ブランドであるようです。「サーブル」は彼女にとって旅に出たくなる香りであり、「ウール エクスキーズ」のローズウォーターは、「ルール ブランシュ」のミルクのリッチな滑らかさと、母親のくちづけを思わせるというインスピレーションの源になったとのことです。

絵を描くこと、踊ること、写真を撮ることにより、調香のインスピレーションを得ているというデルフィーヌが崇拝する芸術家は、「ルール ブランシュ」において念願のコラボも実現させたクロディーヌ・ドレとのことです。

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