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デボラ・ハリー ブロンディ伝説1(4ページ)

    ブロンディ略歴

    • 1974年 3人組のガールズ・バンド「スティレットーズ」に所属していたデボラ・ハリー(1945年- )と、そのバックバンドのメンバー、クリス・シュタインによりニューヨーク・パンク・バンドとして「ブロンディ」が結成される。
    • 1979年 「ハート・オブ・グラス」の全米英No.1ヒットにより一躍、人気バンドになる。
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    どうやら、美は作るものであり作られるものではない

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    ヴォーカルのデボラ・ハリーと4人の男性から成るロックバンド。

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    ブロンドヘアーに、濃いアイメイク、艶やかな唇がトレードマーク。

    21世紀も15年以上が過ぎ、ファッションの流れは、加速する一方で、ファッションを取り巻く環境は、明らかに倦怠に包まれています。ファッション業界が誰の目から見ても、明らかに暴走しています。多くの暴走の兆候の中で、スーパースターと呼ばれる人たちが、刺激的なファッションに身に包む写真の氾濫もその1つです。恐らく、その写真の洪水が、金を生むと考えている人々によるものなのでしょうが、もはやそれらは波のように無価値なものに変わり果てています。丁度、高速道路で走り過ぎる、緑の景色程度の価値しか生み出さないようになっています。

    ミュージシャンとファッションブランドがタイアップすることに対して、人々は急激に興味を失いつつあります。「どう!似合うでしょう。私こそ、ファッション産業から望まれるスタイル・アイコンよ!」と誇らしげに、腰に手をあてがい、顎を持ち上げ気味に上質なファッションに身を包む姿は、申し分のないスタイリングにより、見栄えは良いのだが、「味がない」のです。丁度、見栄えのいい料理に味がない時のように、歴史も愛着も沸かないそれらの写真に対して、記憶に留めたいというスイッチが入らず、速やかに忘却のシュレッダーのスイッチが入るのです。

    20代のファッション感度の高い友人の多くが、なぜか、今の音楽ではなく、60年~80年代の音楽を発掘しようとしています。「マドンナは80年代よね」「ジミヘンのファッションは俺に響く」「デヴィッド・ボウイでしょ。あの変幻自在の雰囲気に惹きつけられる」「あべ静江様でしょ。世界一のビューティー・アイコンと言えば!」などなど。なぜ最近のミュージシャンにファッション・スカウターを持つ人々の興味が失せ始めているのか?それらに対して気の抜けたコーラだと感じているのか。その答えは、美に対する認識にあるのではないだろうか?昔は、美は荒削りな手作り感で良かったが、今では、隙のない人工美が推奨される。いや、正確には推奨されたという過去形。一例を取ると、美容整形ブームがやって来て、それに踊らされた女子が、20○○年バージョンの美人顔を移植し、2016年においては、「怖い」と呼ばれる事実にあります。つまりは、自然の恵みに勝るものなしと言うこと!なのです。


    スタイル・アイコンに求められるもの

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    デボラ・ハリーと言えばやはり、このスケスケの白ドレス。
    Dredit:Chris Stein / Negative Me, Blondie, and the Advent of Punk 1978

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    よくファッション誌で掲載される写真。1978年。

    ブロンディ・スタイル1 「54スタイル」
    • アイコニックな白のホルストン・ドレス(70年代後半にディスコ・ブームの中流行したシンプルなドレス)
    • クリアサンダル

    ファッションとは、飼いならされた美男美女が、お利口さんですねと誉められる為に、インスタなどで、自慢するために身に着けるものなのか?共感を多く生むものがファッションなのか?少なくとも、私は、そんなモノは身に纏いたくないなと感じます。ファッションは反逆ですよね?思春期の女の子が、ある時を境に、メイクを派手にして、露出した服装で両親に驚かれるときの内心の照れ、思春期の男の子が、「お母さん、もう自分で服を買いに行くから」と宣言するときの、恥ずかしさ。そして、自分らしさを求めて、マネをし、マネが進化し、若さの特権としてのファッションの喜びを知る。その根底にあるのが、反逆心であり、異性に対する好奇心であり、心の代弁を音楽に求めると言う姿勢=ファッション。

    ロックスターと呼ばれる人たちは、自分のセンスを音楽性にマッチさせ、スター像を創り上げていきます。少なくとも、1980年代前半までは、ミュージシャンのほとんどは、ファッション業界にとって、注目されない存在でした。そんな時期に活躍したロックスター達が今、ファッションデザイナー達にもてはやされるのは何故でしょうか?

    今数少ないファッション・アイコンと認められる、マドンナや元ノー・ダウトのグウェン・ステファニーが憧れた女性ロックスターがいます。女性ロックスターの原型の1つを創り上げ、「完成されたピクチャー・パーフェクトな女ではなく、その一瞬を創り上げる反骨精神を見せる女性の可愛らしさ」がこの人にはありました。その人の名をデボラ・ハリーと呼びます。


    今ほど作られたスターが溢れる時代はない

    UNITED STATES - JANUARY 01: Photo of Debbie HARRY and BLONDIE; Debbie Harry - 'Heart Of Glass' video shoot (Photo by Roberta Bayley/Redferns)

    「ハート・オブ・グラス」のPV製作中のフォト。1979年。

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    同上。ワンショルダードレス。

    ブロンディのデボラ・ハリー(1945-)の名を出すと、ファッション感度が高いと思われます(ハッタリが効きます)。大衆的ではない所が、彼女の格好良さです。本当は、テイラー・スウィフト辺りが好きであっても、そういったスーパースターが影響を受けた伝説のスターの名を出すところが、ただ者ならぬオンナの演出には欠かせません。デボラ・ハリーが、特に日本人にとって親しみやすい理由は、160cmという彼女の身長とパーツ全体のバランスです。スタイルが良いとは言いがたい幼児体形です。多くの写真は、綺麗と言うよりは、洗練されていないロックスターといった野暮ったい衣服に身を包んでいます。

    共感を生み出す体形を持つからこそ、彼女が創り上げていくスタイリングに実感が生まれるのです。若くて歌も上手く、180cmのスーパーモデル体型で、ファッションセンスも抜群な女性歌手が失恋の歌など歌っても共感できないでしょ?日替わり弁当のようにラグジュアリーブランドに身を包み、人間らしさを感じさせない、大掛かりな歌姫創造のプロセスに伴う、思考力が奪われていくような華麗すぎる映像の流れ、流れ、流れ!私は、今の華麗すぎるものに対して、人間らしさが全く感じられず、逆にこんなものが好きな私でいいのかと問いかけてしまいます。

    どうやら、今こそ、本気で、ファッション・アイコンと呼ばれる人達の、ファッション性を音楽性と結びつけて感じ取る時期が来たのです。もはや、写真だけを見て、このスーパースターはオシャレだ。などと言っている薄っぺらさからおさらばしないといけないのです。シンガーは歌を歌っているときに一番輝いているから歌姫と呼ばれるのです。


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