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ローレン・ハットン2 『アメリカン・ジゴロ』6(2ページ)

    作品名:アメリカン・ジゴロ American Gigolo (1980)
    監督:ポール・シュレイダー
    衣装:ジョルジオ・アルマーニ
    出演者:リチャード・ギア/ローレン・ハットン/ニーナ・ヴァン・パラント



    イブニングドレスを着たローレンの圧倒的な輝き

    胸元には100万ドル相当のブルガリのネックレスを付けています。

    こういったポージングにスーパーモデルの貫禄が滲み出ています。

    ミシェル・スタットン・ルック4 ブラック・イブニングドレス
    • ブラック・イブニングドレス、フロント・スリット
    • ブルガリのネックレス
    • シルバー・サンダル




    トムボーイ・スタイル

    ローレン曰く、このスタイルが普段の私のスタイルらしい。

    トムボーイ・スタイルの教科書のような着こなしです。

    リチャード・ギア、180cm。ローレン・ハットン、169cmです。

    ミシェル・スタットン・ルック5 トムボーイ・スタイル
    • バゲットハット、ベージュ
    • ノーブラにイエローのケーブルニット・プルオーバー、カシミア
    • カーキーのパンツ
    • ボッテガ・ヴェネタの茶色のクラッチに赤のスカーフ
    • ベージュのスエードのブーティ

    本作の中でも、最もタイムレスなスタイリングとも言えるのが、鮮やかな黄色を中心にアースカラーを配したトムボーイ・スタイルです。クラッシックボブの上に乗っかかるバゲットハットのチョイスも素晴らしいです。



    ヴォーグ史上最多の表紙を飾る!!

    1966年11月号が、ローレンのはじめてのヴォーグの表紙。

    ヴォーグ1967年3月号。ローレンの表紙はポージングが独特。

    ヴォーグ1968年12月号。クリスマス特集です。

    ヴォーグ1975年1月号。「レブロンの顔」。

    ヴォーグ・イタリア2017年11月号。

    私の考えでは、私のしわは、歩んできた人生に対して与えられたメダルなのです。だから、私は自分の顔を手術しようと思ったことはありません。

    ローレン・ハットン

    1966年11月号のヴォーグにて、ローレン・ハットンははじめて表紙を飾りました。「仕事は毎日、6件ほどこなしました。つまり、フォトグラファー6人と会い、ヘア・スタイルとメイクアップを6回直しました」。当時ヴォーグのモデルとしての週給は600ドルだった。

    以後、アメリカ版『ヴォーグ』誌で27回、他の『ヴォーグ』誌で13回表紙を飾ることになります。そして、2017年11月号のヴォーグ・イタリアで、74歳のローレン・ハットンが再び表紙を飾りました。史上最高齢のファッション・モデルがヴォーグの表紙を飾った瞬間でした。



    ニーナ・ヴァン・パラント

    ジュリアンに女性を紹介するオンナを演じるニーナ・ヴァン・パラントは、撮影当時47歳でした。日焼けした肌が眩しいです。

    まるでイタリア女のように日焼けした肉体が魅力的。

    素晴らしいベージュのアンサンブル。

    ニーナ・ヴァン・パラント(1932-)のファッションも魅力的です。恐らくジョルジオ・アルマーニによる衣装と思われるスクエア・サングラスとポロシャツ、ショートパンツの全てがベージュ色で見事に統一されています。

    彼女は、かつてニーナ&フレデリックというポップ・デュオ(実生活でも夫婦だった)で1960年代にヨーロッパで人気がありました。しかし、二人は1975年に離婚し、グループも解散し、ニーナはハリウッドで女優になりました。

    一方、恐ろしい話なのですが、元夫のフレデリックは、フィリピン人のガールフレンドと共に、フィリピンでヨットを使い大麻取引で荒稼ぎをしていました。しかし、幸運も長くは続かず、1994年5月にオーストラリアの麻薬カルテルにより、フィリピンのあばら家でガールフレンドと共に処刑されました。



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