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【ブロンディ】マリア|ルイ・ヴィトンになった女

ブロンディ
ブロンディ 反逆のファッション 反逆の歌姫たち
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マリア

Maria53歳のデボラ・ハリーを中心に再結成されたブロンディが、1999年にミレニアムを前にして生み出した奇跡の歌、それが「マリア」です。この曲により、ブロンディは、1970年代、80年代、90年代に渡り全英No.1ヒットを生み出した唯一の存在になりました。

概要


曲名:マリア
原名:Maria
リリース:1999年
最高順位:全英1位、全米82位

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アヴェ・マリア。ブロンディ復活

Maria – Blondie

1982年に引退し、世紀末の1997年に再結成したブロンディは「マリア」により復活を遂げます。

最後に、ファッション・アイコンとしてのデボラ・ハリーについて総括しましょう。「ブロンドヘアーに真紅の口紅」という女性ポップスター像を創造したことは言うまでもありませんが、それ以上に彼女をアイコンたらしめているのは、70年代から80年代にかけて、色々なジャンルの音楽に挑戦するという反逆のスタイルに、ファッションを融合させた部分にあります。

決して恵まれた体形ではないデボラ・ハリーが、音楽の力を借り、ファッション・デザイナーと女優・モデルの結びつきを凌駕するカウンター・ファッションを生み出し、今では、ファッション業界が、音楽業界に従属するきっかけを作った一人であるということも、この人がファッション・アイコンである所以です。

ファッション業界と音楽業界が密接ではない時代だったからこそ、カウンター・ファッションが生まれました。今、若い世代(ファッション・デザイナーも含めて)を中心にファッションに対して感じる物足りなさの根源にあるのは、それが失われたことによるものなのかもしれません。ファッションは反逆です。餌をもらって尻尾を振る飼い犬の歌になぞスピリットは感じないのです。

Blondie – Maria 1999 "NYC" Live Video HQ
Kim Ah Joong – Maria 200 Pounds Beauty HD

韓国映画『カンナさん大成功です!』(2006)でキム・アジュンがこの曲を歌っています。正直に腹を割って書きます。なんかこういうカッコだけロックというムードが、とてつもなくカッコ悪く見えてしまうのはなぜでしょうか?であるなら、53歳のずっと歌を歌ってきたデボラ・ハリーの姿のほうが、遥かに心を打ちます(しかも、観客の盛り上がり方が超絶ダサい)。

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1991年のデボラ・ハリー

フェチ系のフォトグラファーのエリック・クロールによって撮影された46歳のデボラ・ハリーの写真です。この頃に、マリアを歌ってもらいたかった・・・


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デボラー・ハリーへの道

デボラ・ハリーは現在70代半ばです。そして、今も現役で、ブロンディのリードヴォーカルとして活躍しています。そんな彼女をミューズの一人として崇め奉るのが、ルイ・ヴィトンの元クリエイティヴ・ディレクターのマーク・ジェイコブスです。

彼が2001年と2008年に、スティーブン・スプラウスとコラボしたグラフィティ・コレクションは、今のルイ・ヴィトンにはない多くの「何か」が存在する素晴らしいコレクションでした。

昨今のラグジュアリー・ブランドにおけるポップアート系の氾濫にお金を浪費したくないと考える人々が増えているのはなぜでしょうか?それはポップアートとそのブランドの結びつきに、ただ金儲けしたいという接点以外はなんら接点を見出せないからではないでしょうか?

それは、ちょうどどのラグジュアリー・ブランドの広告にも登場するファッション・モデルの「ただ金のために身体を売っているだけ」ムードによく似ています。

だからこそ、70年代後半に、商業主義も関係なく結びつきあったファッションデザイナーの卵だったスプラウスと、シンガーの卵だったデボラ・ハリーの友情に心が動かされるのでしょう。ラグジュアリー・ブランドから、ストーリーが失われると後に残るのものは何もありません。

スプラウスを着るデボラ。1999年。

スプラウスのミューズ・テラ・トイとマーク・ジェイコブス、そして、デボラ・ハリー。2009年。

スティーブン・スプラウスとマーク・ジェイコブス。

マーク・ジェイコブス、2008年。

そして、デボラ・ハリーとスプラウス。

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