〝美の秘訣〟とは、一歩前進ではなく、一歩引くこと。
さすがに設定年齢の13歳には見えないのですが、オードリー・ヘプバーン(1929-1993)が、十分に若々しく見えるのは、そのヘアスタイル以上に、一切アクセサリーを付けていないためでしょう。
オードリーがどの作品においてもほぼ一貫している〝モードの極意=美の秘訣〟とは、決して自慢せず、ひけらかさず、一歩引いたエレガンスを演出することが、結果的に、一歩前に押し出されたエレガンスになるという精神です。
それは〝私をもっと褒めて!〟と言わんばかりに〝暑苦しいまでの自己愛〟に満ちたスタイルを披露することが、内面の空っぽを披露しているに過ぎないということを教えてくれます。
オードリーが多くの女性にとって、時が過ぎるほどにタイムレスな輝きを増してゆくのはそのためなのです。女性の最大の美徳とは、一歩引いても〝隠しきれぬ存在感〟を放つことが出来るところにあるのです。
ナターシャのファッション3
グレーデイドレス
- ブルーグレーのワンピース、スタンドアウェーカラー、首元と袖に白のレース
- ネイビーのローヒールパンプス
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ナポレオン・ジャケットの圧倒的な輝き。そしてグレーの地味なドレスで一歩引いて立つオードリーの凛とした美しさ。
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オードリーはウエストがないため、ハイウエストのドレスがとても似合います。
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巧みに生み出されたウエストのラインが良く分かる写真。
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ドレスの全体像が良く分かる写真。
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ヘアスタイルのテストショット。
ナターシャのファッション4
シュミーズドレス
- ミントカラーに白のドット柄のシュミーズドレス、特徴のある白襟
- 白のローヒールパンプス
オードリー・ヘプバーンほど、ナターシャの役にピッタリの女優はいない。彼女はその仕草とテンポについて監督を喜ばす直観的な頭の良さを持って動いていた。…あなたが指導した女優の中で最もお好みの女優は、と問われれば常に心に浮かぶ名前は一つ、オードリー・ヘプバーンである。
キング・ヴィダー
1955年7月から10月にかけて本作品の撮影は行われました。オードリー・ヘプバーンは、『ローマの休日』や『麗しのサブリナ』の撮影が、物語の時間の経過にそって行われたのと違い、時間経過を無視した本作の撮影スタイルにとても苦心したのでした。
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よく見るとすごく変わっているデザインのドレスです。
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バックスタイルは、今の基準では容認できないスタイルです。しかし、ファッション・デザイナーの仕事は、こういった〝昔を現代〟に蘇らせることなのです。
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18世紀末から19世紀初頭にかけてに大流行したシュミーズドレス。
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メル・ファーラー、オードリー、ヘンリー・フォンダ。
当時一番モテた!ミリタリー・ファッション
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今ではナポレオン・ジャケットと呼ばれる単騎兵ジャケット。
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この軍服を着た男性は、ヨーロッパにおいてかなりモテたらしい。
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そのバックシルエットもとても美しい。
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左肩にだけペリースと呼ばれるマントを掛けている。
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とても美しいペリースと呼ばれるマント。
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ナターシャの兄役のジェレミー・ブレット。
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後のシャーロック・ホームズである。
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赤のジャケットと白のパンツの素敵なバランス。
わたしがあの家(ローマでの撮影中にオードリー&メル夫婦が借りていた農村の邸宅)に到着すると、メルが出迎えてくれたが、彼の右腕の下には16歳ぐらいにしか見えない化粧っけのない女の子が寄り添っていた。このうえなく美しくも繊細な、陶器の人形のような人だった。わたしはうっとりと見惚れた。彼らと一緒に泳いでいるときに、彼女に目を奪われてプールの壁に頭をぶつけてしまったことを覚えている。
ジェレミー・ブレット
ナターシャの兄ニコライ・ロストフを演じるのは、『マイ・フェア・レディ』にも出演していたジェレミー・ブレット(1933-1995)です。彼が着ている赤色のナポレオン・ジャケット(軽騎兵ジャケット)が悶絶する程ステキです。
ブレードと呼ばれる肋骨状の糸飾りのついたジャケット(ドルマン)を着て、その上にペリースと呼ばれるジャケット風のマントを左肩にだけ掛けるスタイルで、ナポレオン時代に大流行し、当時の女性たちの人気が最も高い軍服でした。ドルマンとペリースのカラーは、連隊ごとに違いました。
グレーバージョンのナポレオン・ジャケット
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ナターシャを誘惑するアナトーリー・クラーギン。
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ジャケットのディテールのよく分かる写真。
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彼のグレーのナポレオン・ジャケットもとても美しい。
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演じるのはヴィットリオ・ガスマン(1922-2000)。
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女はいつの時代も、軍服姿の男に人生を狂わされるもの。
そして、オードリーの当時の夫メル・ファーラーが登場する。
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ビコルン(二角帽)を被るアンドレイ・ボルコンスキー公爵。
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軍服と言えば、コートを引っ掛けたときの凛凛しさ。
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帝政ロシア軍の将校服がとてもカッコいいです。
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演じるのは、オードリーの当時の夫メル・ファーラー(1917-2008)です。
この作品の面白い所は、ピエールを除いて、主要な男性キャストは、ほとんど軍服姿で登場するということです。
そして、軍装というものが美しいのは、戦闘中ではなく、非戦闘時の時のみであり、いざ戦闘が終わる(多くの場合は戦闘中も)と、軍服はその輝きを急激に失ってしまいます。
これが、スポーツ着と戦争着の本質的な違いであり、実に逆説的なのですが、ミリタリー・ファッションとは、平和時において最も輝くファッションなのです。
ナポレオン・ボナパルトのファッション
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ナポレオンを演じるのはハーバート・ロム(1917-2012)。
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『ピンク・パンサー』シリーズのドレフュス主任警部役で知られる。
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ジャック=ルイ・ダヴィッドによるナポレオンの肖像画(1812)。
ナポレオン・ボナパルト(1769-1821)のファッションも、本作品においてほぼ忠実に再現されており実に興味深いです。そのトレードマークであるビコルン(二角帽)と、幅の広いラペルを立て襟にして着ているグレーのコート、そして、上部に飾り革の付いた(拍車が付いた)トップブーツ。
襟と袖口が赤のグリーンのジャケットは、前の部分はウエストでカットし、後ろの部分はテイルコートのように垂らして膝下あたりまでをカバーしている。そして、肩のモールとボタンがゴールドで、かなりドレッシーです。
作品データ
作品名:戦争と平和 War and Peace (1956)
監督:キング・ヴィダー
衣装:マリア・デ・マッテイス
出演者:オードリー・ヘプバーン/アニタ・エクバーグ/ヘンリー・フォンダ/メル・ファーラー/ヴィットリオ・ガスマン/ハーバート・ロム/ジェレミー・ブレット