オードリーの周りにはいつも大人の男性がいました。
オードリー・ヘプバーンは、どんな撮影に対してもすごく緊張する人でした。『シャレード』を撮影していたある日、緊張で震えている彼女の両手に、ケーリー・グラントが、片手を重ねこう言いました。「もうちょっと自分のことを好きにならないと、ね」と。
その時、オードリーはケーリーに対して「彼はわたし自身よりもわたしという人間をよく理解している」と感じたのでした。そしてオードリーは人生の中でその言葉の意味をずっとずっと何度も考えました。
オードリーは、30才を過ぎたあたりから、スクリーン上で映し出される自分の容姿の衰えに対して怯えていました。ヘビースモーカーである彼女は、その痩せた姿により、実年齢以上に老けて見えると感じていました。
映画を一本撮るごとに、自信がつく、また失う、の繰り返しでした。撮影がひとつ終わると、もう二度と映画に出ないわ、と思ったものです。
どんな人でも、不安がきれいに消えるということはないと思います。もしかしたら成功すればするほど、自信は揺らぐものなのかもしれません。
オードリー・ヘプバーン
この作品には、一人の女性の、醜さと美しさ、老いと永遠の若さが閉じ込められています。ある一瞬において、ごく稀に、もう40代にも見えるオードリーが存在する以外は、女性が憧れる洗練された〝永遠のオードリー〟がそこにいるのです。
『ローマの休日』から10年経ち、彼女は何を得て、何を失ったのか?女性が年を重ねるということは、どういうことなのか?この作品を見てから、他の作品を見てみると、いかに彼女が完璧な美人ではなかったかということがよく分かり勇気付けられるのです。
オードリーのルックスは、完璧とは程遠い、しかし、なぜ魅力的な瞬間が多いのだろうか?それは彼女の魅力が、欠点を相殺しているからなのです。魅力的に見える姿も、欠点ばかりに注意すると確かにそこには彼女の欠点は残っています。でも彼女は実に生き生きしているのです。生きるデスマスクのような美貌ではないのです。
ただの外見だけでなく、内面からほとばしる存在感が彼女を生み出しているのです。それは彼女の周りに、いつも素敵な大人の男性がいたからなのでしょう。ある意味、素敵な年上の男性を知る女性は、心の整形に恵まれている女性とも言えます。
アニマル柄で攻めるオードリー
本当におしゃれな女性はいつだって斬新で、退屈な格好はしないわ。ヒョウ柄にだって、チーター柄にだって、ゼブラ柄にだって挑戦する・・・コーディネートの際、アニマル柄は1アイテムに抑えること。2アイテム以上になると、間違いなくヤケドするわね。
『ワンハンドレッド』 ニーナ・ガルシア 宝島社
アニマル柄をファッションに取り込むこと。それはジャングルの中で戦うための、自分自身に眠る野生を解放するための儀式。ある種、決意の現われです。
情熱の赤とヒョウ柄のアンサンブルという、〝ミナミの商店街スタイル〟になりがちなスタイルを上品に見せることが出来るのは、本物のヒョウから作った帽子の素材の良さとジバンシィのウールコートの仕立ての良さゆえです。
ファッションの伝統において、アニマル柄だけは、絶対にファストファッションでは購入しないことという鉄則があります。有能なデザイナーがいるファストファッションは、必ずアニマル柄を作らないようにします。
オードリーを美しく撮るキャメラマン
この作品の興味深い鑑賞方法として、オードリーを撮影したキャメラマンの作品を辿ってみるという楽しみ方があります。この作品はチャールズ・ラング(1902-1998)により撮影されました。
『OK牧場の決斗』(1957)、マリリン・モンロー主演の『お熱いのがお好き』(1959)、ジェームズ・コバーンも出演した『荒野の七人』(1960)、エルビス・プレスリーの『ブルー・ハワイ』(1961)などで有名なキャメラマンなのですが、彼は、1954年に『麗しのサブリナ』でオードリーをはじめて撮影しました。
そして、『パリで一緒に』(1963)と本作において、約8年ぶりに彼女を撮影することになりました。さらに、オードリーが自分をもっとも魅力的に撮影してくれると絶対の信頼を置くようになり、『おしゃれ泥棒』(1966)『暗くなるまで待って』(1967)の撮影もすることになるのでした。
歴史上最も妖精に近い女性と言われた『麗しのサブリナ』のオードリーを撮影したキャメラマンが、30代の美しい人妻、そして、30代後半の目の見えない女性を演じるオードリーをどのようにフィルムに焼き付けていったかを見ることはとても興味深いことです。
レジーナ・ランパートのファッション4
アニマル柄ハット×レッドウールコート
- デザイナー:ユベール・ド・ジバンシィ
- ヴィヴィッドなレッドウールコート。ラグランスリーブ。クリストバル・バレンシアガの影響を受けているスタンドカラー。5つの大きなボタンと大きなフラップポケット。ジバンシィのオートクチュール
- 本物のヒョウのシニョンキャップ。ジバンシィ
- エルメスの黒パテントのクロコダイルレザーのハンドバッグ(ヘプバーンが61年に購入した私物)
- パールのイヤリング
- ジバンシィのブラックレザー手袋
- レネ・マンシーニのシューズ。ボウ付き黒レザーキトゥンヒール。61/62AW
レジーナ・ランパートのファッション5
リトルブラックドレス
- デザイナー:ユベール・ド・ジバンシィ
- ブラックサテンのカクテルドレス。水泡状のシルク。ノースリーブ。ウエストラインとスカートの縁にスパンコール。鎖骨にそってボートネックライン。ジバンシィ62/63AW
- 黒のジャケット。ショート丈
- レネ・マンシーニのシューズ。ボウ付き黒レザーキトゥンヒール
- パールのイヤリング
- エルメスの白レザー手袋
オードリー・ヘプバーンのトレンチコート・ルック
かつてバーバリーを率いていたクリストファー・ベイリー曰く、オードリー・ヘプバーンのトレンチコート姿こそ、トレンチコートの魅力が凝縮されているとのこと。
この作品に登場するトレンチコートはジバンシィによるデザインですが、『ティファニーで朝食を』のものと似ています。
そして、1つのアイテムを除き、同系色でまとめることによりクールネス、愛らしさ、モード感を振り分けていくことの成功しています。それはトレンチコートにおいての長靴であり、ヘッドスカーフであり、手袋であり、サングラスなのです。
「HEP」オリバー・ゴールドスミス
サングラスは1962年8月にオリバー・ゴールドスミスがオードリーのために特別にデザインした「HEP」をつけています。こちらは現在も販売されているサングラスです。
レジーナ・ランパートのファッション6
トレンチコート
- デザイナー:ユベール・ド・ジバンシィ
- ベージュのコットンツイルのダブルのトレンチコート。エポレットとタブはなし。ジバンシィ
- ヘッドスカーフ
- レネ・マンシーニの長靴。62/63AW
- サングラスはオリバー・ゴールドスミスのHEP(1962年8月デザイン)
- サンドグレーの子山羊の手袋(エルメス)
- 傘
- クリーム色のニットワンピ
作品データ
作品名:シャレード Charade(1963)
監督:スタンリー・ドーネン
衣装:ユベール・ド・ジバンシィ
出演者:オードリー・ヘプバーン/ケーリー・グラント/ウォルター・マッソー/ジェームズ・コバーン/ジョージ・ケネディ