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フレデリック・マル

【フレデリック マル】ユヌ フルール ドゥ カッシー(ドミニク・ロピオン)

フレデリック・マル
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ユヌ フルール ドゥ カッシー

【特別監修】Le Chercheur de Parfum様

原名:Une Fleur de Cassie
種類:オード・パルファム
ブランド:フレデリック・マル
調香師:ドミニク・ロピオン
発表年:2000年
対象性別:ユニセックス
価格:10ml/7,920円、30ml/21,780円、50ml/27,720円、100ml/39,600円

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愛香家が一本、必ず所有しておくべき香り。

コンスタンティン・カカーニアスがこの香りをイメージして描いたイラスト。

カッシーの花は「策略家」なので扱いが難しい。ミモザと同類だが、枝葉は密集しており、木は全体に丸みを帯びて、ミステリアスな要素が増える。イランイランの香りに似たアニマルノートの開発にこの花が成分として用いられている。硫黄とアルデハイドを含むので、自在に扱うのは難しいものの、それでも好んで創作に用いている。

ドミニク・ロピオン

2000年にフレデリック・マルが創業したとき、9種類の香りのひとつとして発売されたこの香り「ユヌ フルール ドゥ カッシー」について、一言だけしか語る言葉を許されないなら〝フランスのフレグランスの匠の技が詰め込まれた香り〟と言うべき香りでしょう。ドミニク・ロピオンによる調香です。

つまりは、フレグランスに興味を持ちはじめた初心者にとっても、ニッチ・フレグランスを色々集めることに喜びを感じている中級者にとっても、「カイエデモード」を通してフレグランスに対する愛が止まらなくなっている上級者にとっても、一本は常備しておくべき、ゲランで言うところの「シャリマー」「ミツコ」であり、シャネルで言うところの「N°5(No.5)」なのです。

複雑に張り巡らされた罠に引っかからぬように進んでいくうちに、もっとも大きな罠に捕らえられてゆく喜びを全身で感じ取ることができる香り。

「ユヌ フルール ドゥ カッシー」とは、フランス語で「カッシーの花」という意味です。カッシーとは、プロヴァンス地方特有の樹木であり、溶剤抽出するとミモザのパウダリーな香りを持つアブソリュートを抽出できます。

この香料がはじめて使用された香りは、1906年にゲランから発売された「アプレロンデ」でした。

フレデリック・マルが、この香りの調香師であるドミニク・ロピオンに初めて出会ったのは、彼が1988年にルール・ベルトラン・デュポン社(現ジボダン)に入社した数ヵ月後のことでした。パワフルな香料を大量に使用するという型破りな調香スタイルで、同社の期待の若手調香師としてドミニクは、ジバンシィの「イザティス」(1984)のようなヒット作を生み出していました。しかし、一方で大胆な調香により、多くの失敗作も生み出しました。

そんな彼の一大転機は、ジャン=ルイ・シュザックと働くためにルール社を去った時に訪れました。二人はディオールのために「デューン」や「ファーレンハイト」、ジバンシィのために「アマリージュ」を競作し、このコラボレーションがドミニクの能力を飛躍的に高めたのでした。

そして、1998年頃からドラゴコ社の調香師となり、この頃から「ユヌ フルール ドゥ カッシー」の調香を開始することになるのでした。ドラゴコ社はドミニクにとってあまり幸せなところではなかったので、この調香だけが、創作意欲を高める安らぎのひと時でした。

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21世紀につくるジャック・ゲランの新作。

自分が望むことを実現するまで何ヶ月間も必要になった。試作品を放棄して創作するという繰り返し。この原料の難点は、アブソリュートの第一印象が薬品に似ているので、魅力的とは思えないことだ。

そこで、もっと親しみやすいイメージを与えるように、他の香調を配合して、香り立ちを少し隠そうと試みる。この場合には、柑橘ノートをトップに配するのも一案である。

カッシー・アブソリュートをほぼ4%と並外れて多く配合した。この決断がカッシーの才能を賛辞しているとよいと願う。

ドミニク・ロピオン

フローラルのアブソリュートを使用して、1920年代から30代にかけて生み出されたジャック・ゲランによる名香のようなものが生み出せるのではないか?という思いで生み出されたこの香りの主役は、希少性が高く、そのため値段も段違いに高い香料であるカッシー・アブソリュートでした。

このカッシー・アブソリュート(エジプト産)は、他の香料を破壊するほどの存在感がある香料なので、経験を積んだ調香師であればあるほど手を出さない香料でした。そのため、あくまでも主役ではなく、ある香料にミステリアスな側面を生み出すサポート役としてのみ使用されてきました。そんな長年、個性の強い脇役としてだけ存在してきた香料に脚光を浴びせようとしたのがこの香りでした。

ドミニクは、化学薬品臭のするカッシー・アブソリュートを飼い慣らすために、ミモザ・アブソリュートを加え、フローラルなトーンを補強し、さらにジャスミン・アブソリュートとイランイランのエッセンスを加え、ホワイトフローラルの側面を生み出しました。

そして、ムスク、ヘリオトロープ、カシュメラン、バニラ、サンダルウッドをベースに置き、オリエンタル・フレグランスとして、柔らかく官能的な衣を纏わせたのでした。

最後に、トップノートを強化するために、ローズ・エッセンスと少量のアルデハイドを加えクラシカルな佇まいを失わないように、カッシー・アブソリュートに対して念押ししたのでした。

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私たちの心の中に潜む、悪魔を育てる栄養素。

マドレーヌ・ヴィオネのドレス

マドレーヌ・ヴィオネのドレス

他の偉大なクラシック香水と同じように、これは刺激的で、官能的でありながら、身につけるまでその強さを見せない。そして、中毒性がありミステリアスであり、完全に真価が分かるまでに時間を必要とするのである。

フレデリック・マル

フレデリック・マルは、この香りの中で、1920年代(狂騒の20年代)のパリモードに影響を与えた〝バイアスカットの女王〟マドレーヌ・ヴィオネ(1876-1975)のドレープを連想させるようなエレガントで享楽的な側面も生み出したいと考えていました。

そのためこの香りは、最上級の天然香料をふんだんに使用しています。しかもえぐみを一切排除しないという恐ろしいスタイルで生み出されているので、本当に植物そのものの生態の香りがするのです。

この香りは、明らかに言葉の領域を超えています。そして、身に纏うたびに香り立ちが劇的に変化します。さらに近くで嗅ぐのと、遠くで嗅ぐのとで全然印象が違います。

つまりはこの香りには、芸術としての精神性まではっきりと存在すると言って差し支えありません。つまりは、ルキノ・ヴィスコンティが1963年に監督した『山猫』の中で登場するアラン・ドロンとクラウディア・カルディナーレが激しく接吻するあの〝死の部屋〟のイメージなのです。

〝死の部屋〟とは、イタリアの貴族の別荘に必ず存在する使ったことのない数知れない部屋のことです。それは使われないことを目的として作られた精神のピラミッドなのです。

つまりは、この香りには、人間の中に潜む、数知れない部屋を探索し、その中で、官能や悪徳、腐敗、善良、慈愛、背徳といった新たなる悪魔を育てていく要素もあるのです。それは、品行方正な毎日を送る人々にとっての健全な息抜きの香りとも言えるのです。

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ヨーロッパの古い邸宅を彷徨い歩くような・・・

私が考えるに、この香水を身に纏いたいと思う女性は、とてもエレガントで、それでいてとても官能的な女性だろう。この香水は、決して質素には見られないし、少しクラシカルで、とても肉感的でさえあるのだから。

ドミニク・ロピオン

そんなヨーロッパの古い邸宅を彷徨い歩くようなこの香りは、最も生き生きと煌く瞬間を最初に持ってくることからはじまります。それはベルガモットのきらめきです。

すぐに病めるローズとジャスミンの青い芳香が香り全体を支配します。そこにパウダリーなカッシーと蜂蜜のようなミモザの花の香りが溶け込んでゆき、ハーバルグリーンなクローブと、スパイシーなカーネーションがそれぞれの個性を失わせずに見事にブレンドされ、甘さと激しい生命力を与えてゆきます。

ここまでの香りの流れをよりわかり易く伝えると、青い香りと粉っぽい蜂蜜の香りとスパイスの香りの三種類のフレグランスを三方から同時に吹きかけたような複雑な香りに包まれてゆきます。

やがて最初から何となくその存在を感じさせていたクミンの悪臭が、アルデハイドの風に乗って死神の到来のように吹きます。そこにアーモンドのようなヘリオトロープとヴァイオレットが混じり合い、ノスタルジーと腐敗の間で、とんでもなく魅力的なミモザの香りを生み出します。

パウダリーなカッシーミモザがドライダウンするにつれて、クリーミーなサンダルウッドとアンバー、ムスクが混じり合い、獣が解き放たれ、アニマリックの騒擾の中、めくるめく感情が走馬灯のように駆け巡り、心を惑わし、扇情的な甘さに蜜蜂が蜜に群がるように、思考停止し、貪るように香りに溺れていくのです。

ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「ユヌ フルール ドゥ カッシー」を「シンフォニックフローラル」と呼び、「またもドミニク・ロピオンの傑作だ。交響曲に限りなく近い。アコードはあまりにリッチで複雑にゆらめいている。この香りを一週間もかけずに断定するのはとうてい無理な話だ。この香水にかかれば、ほかの香水はみな素人っぽく見えてしまう。トップとハートノートは、フローラル、スパイシー、スモーキー、ハーブ調(タイム)、パウダリー(アーモンド)の間を頻繁に行き来する。」

「このような香水は単によいアイデアから生まれるものではない。時計のように綿密に作り上げられている。それぞれの歯車が一分の狂いもなくカチリとはまって正確な時刻に正確な仕事をする。冷静で穏やかな顔の下に隠された機械装置と同じだ。」と4つ星(5段階評価)の評価をつけています。

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香水データ

香水名:ユヌ フルール ドゥ カッシー
原名:Une Fleur de Cassie
種類:オード・パルファム
ブランド:フレデリック・マル
調香師:ドミニク・ロピオン
発表年:2000年
対象性別:ユニセックス
価格:10ml/7,920円、30ml/21,780円、50ml/27,720円、100ml/39,600円


トップノート:ミモザ、ジャスミン、カッシー・フラワー、カーネーション、クローブ、クミン、ベルガモット
ミドルノート:ローズ、ヴァイオレット、アプリコット、アルデハイド、サリチル酸
ラストノート:サンダルウッド、バニラ、シダー、ムスク