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【フレデリック マル】ローズ & キュイール(ジャン=クロード・エレナ)

ジャン=クロード・エレナ
©FREDERIC MALLE
ジャン=クロード・エレナフレデリック・マルブランド調香師香りの美学
この記事は約11分で読めます。

ローズ & キュイール

【特別監修】Le Chercheur de Parfum様

原名:Rose & Cuir
種類:オード・パルファム
ブランド:フレデリック・マル
調香師:ジャン=クロード・エレナ
発表年:2019年
対象性別:ユニセックス
価格:10ml/7,920円、50ml/27,720円、100ml/39,600円
公式ホームページ:高島屋オンラインストア

FREDERIC MALLE(フレデリック マル) ローズ&キュイール 代引き不可 1.2ml

価格:3,630円
(2021/5/27 14:36時点)
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帰ってきたジャン=クロード・エレナ

©FREDERIC MALLE

「ローズ & キュイール」は、私が今まで作ったどの香水よりも官能的です。そして、少し知性にお休みして頂いた香りです。つまり喜びではなく、欲望を表現したフレグランスです。

ジャン=クロード・エレナ

ジャン=クロード・エレナという調香師に対する真の評価は、エルメスの初代専属調香師(2004-2016)としてではなく、〝ニッチ・フレグランスの父〟としての評価こそ相応しいものでしょう。それは彼こそが、ラルチザンにおいて重要な役割を果たし、さらにフレデリック・マルにおいても決定的な役割を果たしていたからでした。

そんなエレナが引退したのは、2016年にエルメスの「ミュゲ ポースレン」を調香した後のことでした。それから3年の時が経ち、伝説の調香師が、不死鳥の如く蘇りました。

きっかけは、2018年1月に、(エルメスを退社した次の日に)フレデリック・マルがエレナに「あなたはまだエルメスと契約が続いているのですか?」と尋ねたことからでした。そして、2人はグラースで会うことになりました。

コートダジュールの海岸沿いにある風光明媚な街スペラセードにあるラボで、娘セリーヌ・エレナと共に、一切の助手を置かずに自由なクリエイションに没頭していたエレナは、引退する前に感じていた「私はもう年寄りだ」という感情を完全に乗り越えていました。

そして、「若い時にしか出来ないことがあるように、年を重ねてからしか出来ないこともあるんだ」と考えるようになり、気力体力共に充実していました。

「君は今最高に恵まれた環境にいる。なぜなら、君はクライアントを選ぶことが出来る数少ない調香師なんだから」とマルに言われたエレナは、即座に「5作品目を一緒にやろう」と答えたのでした。

そして、エレナは、今、自分自身がパブロ・ピカソで言うところの、青の時代とキュビズムの時代を通過した第三の時代に突入するつもりなんだとマルに伝えたのでした。つまりは、複雑時代(ファースト)とミニマリスト時代(エルメス時代)の次へと進もうとしているのでした。

私はミニマリストと呼ばれるのが嫌でしょうがなかったのです。なぜならミニマリストとはエモーション(感情)を拒絶したものであり、何よりも私がアートで重要視していたのはエモーションだからです。

ジャン=クロード・エレナ

そんな、エレナにとっての第三の時代とは、よりシンプルにエモーションを剥き出しにして突き進む香りを作るということでした。さぁ、これより、エレナの最終形態である〝エモーションの時代〟がはじまるのです。

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史上初めてティムットペッパーが使用された香り

©FREDERIC MALLE

ローズが香水にとって何であるかということは、ヌードが絵画にとって何であるか、愛が歌にとって何であるかと同じことです。それらは普遍的だからこそ、無限の可能性を秘めています。

そして、遂に私は素晴らしいアイデアに行き着いたのでした。それはジャン=クロードが作るローズの香りでした。それはきっとピカソが描いたヌードのようなものになるだろうと私は考えました。偉大な芸術家がシンプルなことをすれば、そこからポップ・アートが生まれるのです。

フレデリック・マル

エレナとマルが、グラースにおいて、エドモン・ルドニツカが1949年に調香したロシャスの「ラ ローズ」という香りを嗅いだとき、この新作の全ての構想が出来上がりました。それは〝レザーローズ〟でした。

「ローズ & キュイール(薔薇と革)」。ある香りの名前に〝香りの名称〟が並列されるとき、その意味は、大抵は、対極の香りのコントラストを生かした二面性の香りであることを意味します(エレナの「エルメッセンス」の香りのように)。そして、この香りもまた例外ではありません。

私はいまだかつてひとつの香水にこれほど多くの天然香料を使用したことがありません。

ジャン=クロード・エレナ

この香りには、ローズもレザーも使用されていません。ローズの香りは、ティムットペッパーとブルボンゼラニウムにより創造されました(再現ではなく)。

エレナにとって、ずっと心に引っかかっていたことがありました。それはローズにアプローチする新しい方法など存在するのだろうかということでした。そのためありとあらゆる最高級のローズの香りで試作品を作ってみたのですが、ピンとくるものがひとつもありませんでした。

そして、ローズを使わずにローズの親戚であるゼラニウムに焦点を当ててみたら良いのではという、画期的なアイデアを思いついたのでした。

ティムットペッパーをエレナが知ったのは、2016年に、「エピス マリン」(2013)で競演した親友のブルターニュ人のシェフ〝キュイジニエ・コルセール(海賊料理人)〟ことオリヴィエ・ローランジェによってでした。

ネパール原産のティムットペッパーは、グレープフルーツとパッションフルーツを連想させる香りを生み出します。そして、トリュフのような香りがするというレユニオン島産のブルボン・ゼラニウム(年間100kgしか手に入らないかなり高価なもの)は、ラボラトリー・モニーク・レミー(2000年よりIFF社の傘下に入ったグラース最高の天然香料会社)により分子蒸留された最上級のものを使用しています。

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隠し味は、薔薇のトゲの香りだ!

©FREDERIC MALLE

レザーの香りを創造するにあたり、天然のバーチタール精油を使用せずに、ピゲの「バンディ」(1944)やグレの「カボシャール」(1949)などで使用されていた〝忘れ去られた〟合成香料であるイソブチルキノリンが使用されました。そこに、ベチバーやシダーが双方の仲介者の役割を果たすように、穏やかさの中に劇的な印象を与えているのです。

と大概のサイトには、ここまでの流れは大まかに記載されているのですが、この香りには実は極秘レシピが存在します。

それは、エレナが、絶対的に再現したかったという薔薇のトゲの香りです。そのためにラストに、テンサイとムス・ドゥ・サクス(幻のアニマル・ノート、キャロンの「ニュイ ドゥ ノエル」で使用された)が使用されているのです。

この香りのコンセプトは、嵐の前の静けさであり、「薔薇の暗黒面」を表現した香りです。しかし、薔薇のトゲの香りを再現したということは、エスティ・ローダー・グループとしてはあまり口外してもらいたくない事実でしょう。なぜなら、薔薇のトゲをイメージさせる香りは、極端にお客様を限定してしまう可能性があるからです。

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難航した香水のネーミング選び

©FREDERIC MALLE

市場には「ローズ○○○」という香水が70種類以上あります。この香水はレザーローズです。私にとって、レザーローズは明らかにローズですが、すぐにはローズの香りを発見できません。それは驚きと共にやってくるのです。それからミストラル(乾燥した冷たい風)が通り過ぎた後の、翌朝の青空を思わせるとてもミニマルなレザーが現れるのです。

フレデリック・マル

アルプス山脈からマルセイユに向かって広がっていくミストラルをイメージして、エレナは〝冷たく、ハッキリした爽やかさが段々と暖かくなる〟香りの変化を作り上げてゆきました。

しかし、100回以上の試作を経ても、〝よりによってバラのような古いものにまったく新しいアプローチで挑むなんて、自分が何をしたのか分かっているのですから(エレナ談)〟なかなか進捗せず、かなりハイリスクな試みを行うこともあり、マルもエレナもゴールが全く見えなくなり、3か月以上プロジェクトが停止する状況さえも生みだされるほど、この香りは難産の果てに誕生したのでした。

更に、完成してからも、香水のネーミングに、かなりの時間がかかりました。まず最初に、「Rose Mistrale(Windy Rose)」という名をつけようとしたのですが、すでにアメリカで使用されていたため断念しました。

そして、次に「Rose Rebelle」で行こうということになり、エスティ・ローダーがその名前の権利獲得のため100万ユーロ(約1億3千万円)用意するとまで言ってくれたのですが、マルは、ちょっと馬鹿馬鹿しいなと感じ、この名も断念しました。(ちなみにア・ラボ・オン・ファイヤーの香水に使われていた)。

こういった紆余曲折を経て、「ローズ & キュイール」の名称が採用されたのでした。

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別れ際に投げつけられた薔薇の花束の香り

©FREDERIC MALLE

ジャン=クロードは、ミドルをすっ飛ばして、フルーティーなローズをレザーのようなベチバーの上に置いたのでした。まるで2速発進した車のように、あるいはロスコの絵のように、二つのものが同時に動いている感覚を与えてくれたのでした。

フレデリック・マル

フレッシュグリーンなゼラニウムと甘酸っぱいブラックカラント(グレープフルーツのようでもある)のコントラストからこの香りははじまります。植物的でありながらメタリックでもある鋭いはじまりです。

すぐにティムットペッパーが、フルーティーとスパイシーを併せ持つ双頭の黒鷲のようなアクセントを与えてゆきながら、生命力を剥き出しにしたローズが、今にもトゲを飛ばしそうな殺気を放つように香ります(ちなみにこの香りには、隠し味としてピーチが入っています)。

やがて魔法の粉のように周囲を包み込むイソブチルキノリンがベチバーと組み合わさり、ローズの隅々にまで柔らかに浸透し、まるで生きているレザー製のローズのように、高級感と馥郁な質感、そして、永遠の生命力に満ち溢れてゆきます。

間違いなくこの香りは、「エルメスからやって来た男」の香りなのです。もしかしたら、13年間のエルメス生活への大いなる敬愛の念を込めてエレナが生み出した〝エルメスのレザーの香りを世界一よく知る男が生み出したレザーローズの香り〟なのかもしれません。

そして、何よりもこの香りは、フレデリック・マルというブランドにとってもはじめてのレザー・フレグランスなのです。

ドライダウンにおいて、全ての情景が明らかになります。スモーキーなベチバーとシダーがシンクロする中、焦げたガソリンのような感覚と共に、グリーンの最後の咆哮とでも呼ぶべき、ローズのトゲが解き放たれるのです。

完膚なきまでに自然を放棄し、アートの領域に到達した熟練調香師による、アートのトゲ(アートの種)とでも呼ぶべき香りです。五感で感じるのではなく、何か創作活動をしているときに撒くエリクサーのような香りです。

何よりも美しいのは、この香りが、薔薇の花束を受け取ることにより結ばれたカップルが、薔薇の花束を顔に投げつけられ、別れの挨拶になっていく瞬間を香りが連想させる所にあります。祝福のために飛び散る薔薇の花びらではなく、不幸を運び飛び散る薔薇の花びらと折れる茎の香り

そして、そんな散開した薔薇の花束をゆっくりと拾い上げてくれるレザーグローブをつけた紳士(淑女)の登場。別れと出会いの薔薇の香りです。

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エレナ第三王朝=「反逆の香り」

私は自著の中でもミニマリストに向かっていると書いたように、今回のフォーミュラはいつもよりもさらに短いフォーミュラになりました。

ジャン=クロード・エレナ

この香りは、15の成分のみを使用して生み出された香りです。そして、「香りを芸術」にした男ジャン=クロード・エレナの更なる進化形を見ることが出来ます。その答えは、香りは、自然に対する模倣でもなく、印象派のような絵画でもなく、シュールレアリズムであり、反逆の精神なんだということです。

この香りは、薔薇を愛する人に対する反逆と裏切りのメロディなのです。そして、そんなあなたがひとまず手にして身に着けているうちに、そんな香りの芸術性の虜になってしまう香りなのです。芸術とは何か?それは最初に、嫌悪させ、やがて虜にさせるものです。


フレデリック・マルは、この香りを評して、本物のローズの香りではなく、アンディ・ウォーホルの作成したポップアートのローズのような香りであると表現しています。

横たわる青い裸婦、1954年。

一方、エレナは、この香りについて、ニコラ・ド・スタールの絵画のような香りであると評しています。

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香水データ

香水名:ローズ & キュイール
原名:Rose & Cuir
種類:オード・パルファム
ブランド:フレデリック・マル
調香師:ジャン=クロード・エレナ
発表年:2019年
対象性別:ユニセックス
価格:10ml/7,920円、50ml/27,720円、100ml/39,600円
公式ホームページ:高島屋オンラインストア


トップノート:ブルボン・ゼラニウム、ブラックカラント、ティムットペッパー
ミドルノート:ローズ、レザー
ラストノート:シダー、ベチバー

フレデリック マル ローズ & キュイール(薔薇と革)50ml FREDERIC MALLE ROSE & CUIR [6149]

価格:28,680円
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