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ラルチザン パフュームの香水の全て〔2019年11月更新〕(4ページ)

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ラルチザン パフュームの香水の全て
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世界のフレグランス愛好家の99%はこの道を通る。

ラルチザンの奇跡!それは市場を使わないという19世紀以前のやり方で、今世紀(20世紀)最後の偉大なる香水ブランドになったことです。

ジャン=クロード・エレナ

ラルチザン・パフュームは、世界ではじめてのニッチ・フレグランス・ブランドです。それは、1976年にジャン・ラポルト(1938-2011)によって創業されました。

このブランドの存在が20世紀後半からはじまる、コピー・フレグランスをファッション・ブランドが売って荒稼ぎするという〝フレグランスの芸術性の冒涜〟に対する反逆の狼煙になりました。似通ったゴミのような香りが氾濫する香水業界に対して、ニッチ・フレグランスの逆襲という流れを生み出していったのでした。

それはまさに、フレグランスが作者を公開し、はじめて物を語ることが出来るようになった瞬間でした。そして、フレグランス愛好者たちは、そんなラルチザンの姿勢に対して、強く強く惹きつけられていったのでした。

1978年に「フランス香水革命」勃発

ラルチザンの不思議さは、おなじみの香料を使って、とんでもなく変な香りを生み出したり、とんでもない香料で、とんでもなく素晴らしい香りを生み出すところにあるのです。

チャンドラ・バール ニューヨーク・タイムズ

ラルチザンを創業した科学者のジャン・ラポルトは、今では世界的なコスメ・ブランドであるシスレーを1972年に創立した3人のうちの一人でした。ちなみに公式ホームページなどに記載されているシスレーの社史では、創業はウルベール・ドルナノ伯爵によって1976年になっています。それはこの年に、3人からほぼ休眠化していたシスレーを買収したからでした。

ラルチザン・パフュームが1976年に創業されたのは、ジャンが、1970年代に絶大な人気を博していたパリのキャバレー「フォリー・ベルジェール」(マネやロートレックの画題にもなった)の振付師の友人の依頼により、ショーダンサー達が着るバナナのコスチュームのために、バナナの香りを調香しようとしたことがきっかけでした。

ほんの冗談のようなきっかけから生まれたこのフレグランス会社は、マスター・パフューマーになったばかりのジャン=クロード・エレナの協力もあり、その名の意味「香りの職人」に相応しい香りを生み出すことになったのでした。その香りの名は、「ミュール エ ムスク(黒いちごとムスク)」です。1978年にラルチザンがはじめて発売した7つのフレグランスのうちのひとつでした。そして、発売と同時に、「パリジェンヌの香り」と呼ばれるほどの爆発的な売れ行きを示し、『フレグランスのフランス革命』とまで言われたのでした。

この時、世界中の人々は、本格的な香水に餓えているという事実を確信したラポルトは、1979年にグルネル通りにフレグランス・ブティックをオープンすることになったのでした。

オリヴィア・ジャコベッティとベルトラン・ドゥショフール

オリヴィア・ジャコベッティ

ベルトラン・ドゥショフール

1986年にジャン・ラポルトは、ラルチザンを離れ、1988年に、メートル パフュムール エ ガンティエを創業します(99年に引退。2011年11月死去)。

一方、ラルチザンは、1990年から2004年にかけて元ジャーナリストのマリー・デュモン体制で、クリエイティブ・ディレクターにパメラ・ロバーツ(1992年~2008年)を迎え、オリヴィア・ジャコベッティベルトラン・ドゥショフールの2トップ体制を築きます。

中でも1994年に史上初めてのイチジクの香りを世界に示した「プルミエ フィグエ」(オリヴィア・ジャコベッティ)と、「タンブクトゥ」(ベルトラン・ドゥショフール)、そして、「ちょうちょをつかまえて」(アン・フリッポ)の3つの香りは、ニッチ・フレグランスの素晴らしさを、フレグランス初心者たちにも示すだけのインパクトを生み出したのでした。

やがて、ペンハリガンと共にフォックス・ペイン・アンド・カンパニー(Fox Paine & Company)に買収されたラルチザンは、2006年7月に、ラルチザン パフューム・ジャポンを設立し、2008年11月1日に表参道に旗艦店をオープンしました。そして、順調に業績を上げたラルチザンは、レバレッジド・バイアウトされ、2015年1月にスペインのプーチ社に売却されたのでした。

その結果、2015年7月20日に表参道店は閉店され、8月1日以降はブルーベル・ジャパンがラルチザンとペンハリガンを取り扱うようになり、その販路は広がることになったのでした。しかし、今はもう、オリヴィア・ジャコベッティとベルトラン・ドゥショフールの2人はラルチザンにはいません。

さて、ラルチザンは、ニッチ・フレグランスの雄として、益々その存在感を高めていくことが出来るのでしょうか?それとも、平凡なマス・フレグランスを高額で販売するだけの、もともとは自分たちが卑下していたフレグランス・ブランドになってしまうのでしょうか?どちらにしても、これからのラルチザンには目が離せません。そして、今のところ、このままでは、後者の道をまっしぐらに進んでいくことになる可能性大です。

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