デューン
原名:Dune
種類:オード・トワレ
ブランド:クリスチャン・ディオール
調香師:ジャン・ルイ・シュザック、ネジラ・バルビル、ドミニク・ロピオン
発表年:1991年
対象性別:女性
価格:100ml/20,350円
公式ホームページ:ディオール
「デューン」が生み出された時代背景
「プワゾン」は1980年代の衝撃でした。しかし、90年代はまったく違う、新しい時代の夜明けだと私は感じた。だから、「プワゾン」のアンチテーゼとして「デューン」を生み出したのです。
モーリス・ロジェ
1985年に「プワゾン」の大成功により、ディオール帝国を再び、フレグランスの盟主へと導いた、当時のパルファン・クリスチャン・ディオールの社長(1981-1996)、モーリス・ロジェは、『貪欲なまでに愛と富を掴み取る80年代』が終わり、90年代は『消費主義の終焉』と『地球に優しい時代』、そして『失業・ドラッグ・家庭崩壊の危機のはじまり』と考えていました。
そんなストレスの多い時代の到来に備え、この香りを振り掛けると〝人々の心はオフになり、世界を遠ざけてくれる〟そんな『心のオアシスを生み出す香り』を創造したいと考えていました。
「ファーレンハイト」と対を成す〝静に支配された砂の惑星〟の香り
「デューン」は「ファーレンハイト」と対を成す女性的な香りです。この二つの香りは、人間の内なる探求という同じ旅を共有しています。でも「デューン」は、「ファーレンハイト」のような知的で抽象的な思考プロセスよりも、女性的な直感に基づいています。
モーリス・ロジェ
「デューン」とはフランス語で〝砂丘〟を意味します。この名は1965年に発表されたフランク・ハーバートの小説の題名からも強い影響を受けているのですが、ディオールの創業者クリスチャン・ディオール(1905-1957)が生まれ、15歳までを過ごしたモン=サン=ミシェル湾に面した保養地グランヴィルの砂丘のような砂浜をイメージして名付けられました。
グランヴィルには、最大で4mにもなるヨーロッパ随一の干満の差が大きい潮があります。その砂浜の〝変化〟をインスパイアの源として生み出された香りが「デューン」なのです。
劇的に変化していく香りは、まるでストラヴィンスキーの「火の鳥」の旋律に身を委ねるように、激情と瞑想の間を揺らり揺られてゆきます。それは着用者の心が、この香りの中にある好みの香料にアクセスしたときに生み出されていくのです。
天国にいちばん近い砂浜に身を任せるように...
元々「デューン」のアイデアは、モーリスが社長に就任したばかりの1983年から浮かんでいました。1980年代の、あらゆる物事の行き過ぎ(=加速する物質主義の中で、人々は生存するために人間性を喪失させてゆく)を観察するうちに、次の10年は〝失われた人間性を取り戻そうとする〟時代になると考えたのでした。そして、未来への鍵を握る、女性がもっともっと活躍する時代になるだろうと確信していたのでした。
私は、明日の社会は女性の進出によりバランスを取り戻すと確信しています。しかし、女性の役割は葛藤に満ちています。社会が求める役割をすべて引き受けようとすると、男性との間に埋めがたい溝が生まれる危険性があります。
社会はこうした葛藤を解決し、穏やかな海に入る方法を見つけようとしている。それが私がこの香りに「デューン」という名を選んだ理由なのです。それは和解と普遍的な調和を求める鍵のひとつであり、「デューン」はその静けさに包まれた香りなのです。
モーリス・ロジェ
だからこそ「デューン」には挑発及び誘惑するようなところは全くありません。セクシーでありながらも、穏やかで静やかなので、男性は「デューン」に脅威を感じることなく、そのハーバルでアロマティックな香りの中に、安らぎを得ることが出来るのです。
モーリスは、美しい晴れた日の海辺、砂丘と田園風景が出会う場所に、吹き込む海風によってより魅力的に繊細な香りを放つ花の香りを、黄金の砂のように柔らかく溶け込む香りに変換したかったのでした。
ディオールの〝天使のウイング〟を手に入れるんだ!
私の記憶に特に残っているフレグランスは、クリスチャン・ディオールの研修部門で働いていた叔母が、私に香水の世界を紹介してくれたときのことです。叔母は私に香水をプレゼントし、それがディオールが次に発売する香りだと教えてくれました。
1990年にデューンが発売されたその瞬間、私は調香師になろうと固く決心しました。その香水は私にとって画期的な出来事となり、いつまでも忘れることのできない、私の情熱の源となった。
ミュゲ・アルデハイドとラベンダーのようなアイリスが、強烈なフルーティグリーンの香りで包み込んでゆくオープニングは、明らかに「天国への門は、地獄の香りによって保護されている」というイメージにぴったりです。
すぐにエアリーなヘディオンが花々に生命を蘇えらせ、ガラクソリド(フローラルなムスク)がフレッシュな海風を優しく吹かせるのです。ある意味、夏の太陽で溶けた花々が、物憂げな海風で冷やされているようです。その門を越えると、その先に、さまざまな香料たちが天使のように翼を羽ばたかせ舞い広がる感覚を鼻腔で感じることが出来るのです。
「デューン」や「トレゾァ」「カシミア」の香りから、トップ、ミドル、ベースを基調とした古典的な構成ではなく、モノリスのような新しいスタイルのフレグランスが創作されるようになりました。これは香りを優しく長持ちする効果を生み出す合成香料をオーバードーズすることにより実現したのでした。
だからこそ、ボトル・デザインは、香りのコンセプトである〝軽やかさと柔らかさ〟を表現した、天使の翼をイメージしたピーチ色のボトルなのです。それはヴェロニク・モノーとマリー・クリスティーヌ・ヘフラー=ルイシュ(フレデリック・マルの母親)によりデザインされました。
アーティスティック・ディレクターのマリー・クリスティーヌ・ヘフラー=ルイシュ(フレデリック・マルの母親)は、「デューン」の名前からサハラ砂漠を連想しました。
「砂丘はとても柔らかいものです。シフォンの羽のようにとても軽いのです。そこから翼がイメージされたのですが、最初に考えたボトルのデザインは大げさすぎました。そこで翼をボトルの側面にはめ込むことで、デザインをシンプルにしました」と回想するように、ボトルの翼の中にも液体が流れるようにし、とても軽やかな印象を与えることに成功しました。
「このボトルには、砂浜で太陽が輝くときに見える暖かい光のような光沢もある。私たちはボトルに太陽のタッチを加えるために、とても軽いものを求めたのです」。そして、ボトルに個性を追加するために、重厚な襟とその上に乗っかかる、大きすぎないシンプルな宝石のようなキャップを加えたのでした。
それは〝光溢れる中を歩く、透明感に包まれる、現代的な女性らしさを示す、繊細なシルクのような感覚からなる、まったく新しい、『静寂の香水』〟の誕生の瞬間でした。
フローラルと官能的なオリエンタルの要素がすべて含まれています。そして、この香りが、シャネルの「アリュール」(1996)に与えた影響は爆発的だったのでした。
美しすぎて、とても美しすぎて恐ろしい香り
モーリス・ロジェは、優しい香りでありながら、非常に拡散性の高いものを求めていました。「デューン」は、「マスト」(1981)や「オブセッション」(1985)と同じ系統で、重要な成分は同じ比率で含まれて居ます。異なるのはニュアンスで、フィグノート、月桂樹(ベイ・ローレル)、アイリスの生み出す効果、サンダルウッド、そしてドライダウンにはラクトニックな香りがあります。
ミュゲ・アルデハイドがアクアティックでスズランを感じさせます。
ドミニク・ロピオン
この香りのバックミュージックには、「世界残酷物語」のテーマ曲「モア」が流れているように感じられます。
それはどこか古めかしくて、懐かしい、本当に美しい旋律なのですが、美しすぎるからなのでしょう、そこには不安を掻き立てるような〝恐ろしさ〟が感じられるのです。そして、この香りにも、激しさと柔らかさが生み出す類稀なる美しさの奥底にある、〝恐ろしさ〟が感じられるのです。
それは、より端的な言葉で表現するならば、「美しい女性が静かに佇んでいる」ようなのです。あまりにも顔立ちが整い過ぎていて、得体の知れないスフィンクスの横顔のようなのです。
一方で、今まで、流行に踊らされ、メイクアップも濃く、スマホに依存していた生き方に対して、一歩歩みを止めて、新たな方向に歩き出すために、静かなる時間を愛することを覚えた美しき女性に対する〝天使の祝福のベル〟の香りとも言えます(まさにボトル・デザインは天使のベルそのもの)。
あくまでも美しい(しっかりとした身だしなみの)女性にのみ、天使は祝福のベルを鳴らすという〝恐ろしさ〟がこの香りには存在するのです。
それは心の平静と、競争社会からの逃避をテーマにした当時のディオールの打ち出したこの香りのコンセプトにぴったりと合致した奇跡の香りでした。この香りを身に纏う女性は、美を体現する香りを身に纏うのでも、優しさを身に纏うのでもなく、〝天から舞い降りた超然とした存在感〟を身に纏うことになるのです。
13日の金曜日に、Diorの13番目の香りとして生み出された「デューン」
男性にとっての「デューン」は、女性にとっての「ファーレンハイト」のようだ。
私はフレッシュで軽やかなフローラルを主体としたベースに温かみのあるものを作りたいと思いました。トップノートからベースノートまで同じ香りが続くような直線的なフレグランスは作りたくなかった。
だから、フレッシュなフローラルと温かなベースを対比させたのでした。互いに愛し合うように、花の香りとアンバーの香りが対比するのです。まるでアラジンの魔法のランプのように、ボトルの栓を開けると、香水の魂が溢れ出し、あなたが見つけ出したいもの、そしてそれ以上のものをその中から見つけ出すことが出来るのです。
ジャン=ルイ・シュザック
それはディオールにとって13番目の香りであり、ギリギリまでその名は、調香師を含むすべての人々に秘密にされました。ただP13というプロジェクト名が与えられていました。1985年の「プワゾン」の大成功以来の女性用フレグランスとして、3年の月日と3700万ドルの予算がかけられました。
このフレッシュ・オリエンタルの香りは、ジャン・ルイ・シュザック、ネジラ・バルビル、ドミニク・ロピオンにより調香されました。しかし、この香りの創造に対して、一番の功労者は、当時のパルファン・クリスチャン・ディオールの社長だったモーリス・ロジェだったのでしょう。
当初、調香師としてネジラの名がアナウンスされてなかったこともあり、彼女は裁判を起こしました(より正確に言及するならば、シュザックとロピオンが作り上げたフォーミュラをディオールは却下し、バルビルが修正を行い、商品化された)。
1991年の発売にあたり、ビアリッツのビーチで大々的なプレス・キャンペーンが行われたのですが、なんとヌーディスト・ビーチの一角だったことに、途中で気づくという大失態を起こしたキャンペーンでした。そして、2001年のキャンペーンにおいて、キャンペーン・モデルに、現在マーク・ウォールバーグの妻でもあるファッション・モデルのリア・ダーハム(1978-)が起用されました。
ウィリアム王子と婚約前のキャサリン妃が愛した香り
この香りは、ある著名人が愛用していたことから再度脚光を浴びることになりました。それはイギリスのキャサリン妃が学生時代からウィリアム王子と交際するまでの間、愛用していた香りだったからです。ちなみに彼女は婚約後は、イルミナムの「ホワイト ガーデニア ペタル」を愛用して、今に至ります。
ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「これより5年前の1986年にイヴ・ロシェから出された秀作「ベニス」の流れを大まかに汲んでいるデューンは、殺伐とした美を最も体現した香水といえよう。」
「つけ始めからまっすぐに、食べられない安いチョコレート風の独特なドライダウンへと向かう。このドライダウンは「マスト」や「アリュール」など数多くの香水にあるが、どんな香りのドライダウンかという参照のためにあげただけで、その中ではデューンが最もよく、調和していないのに心惹かれるものがある。」
「デューンはそこに至るまでが非凡で、フレッシュといってもいいほどのみせかけの透明さがあり、それは特にアニス様のキャロットシードのトップノートで感じられる。まるで香水のアコードが、数多くの音を同時に鳴らすリゲティのトーン・クラスターのように感じられ、生命は涸れ、人工的に肉付けを施された印象がある。絶品。」と5つ星(5段階評価)の評価をつけています。
香水データ
香水名:デューン
原名:Dune
種類:オード・トワレ
ブランド:クリスチャン・ディオール
調香師:ジャン・ルイ・シュザック、ネジラ・バルビル、ドミニク・ロピオン
発表年:1991年
対象性別:女性
価格:100ml/20,350円
公式ホームページ:ディオール
トップノート:ミュゲ・アルデハイド、ピオニー、シシリー産マンダリン・オレンジ、ベルガモット、ブラジル産ローズウッド、アイリス
ミドルノート:百合、ジャスミン、イランイラン、ローズ、ピオニー
ラストノート:サンダルウッド、アンバー、パチョリ、ムスク、ベンゾイン、バニラ、オークモス