N°19(No.19)
原名:N°19
種類:パルファム
ブランド:シャネル
調香師:アンリ・ロベール
発表年:1970年
対象性別:女性
価格:15ml/40,700円
公式ホームページ:シャネル
シャネルのプライベート・フレグランスという伝説
「N°19」は、ガブリエル・ココ・シャネル(1883-1971)が、シャネルの二代目調香師アンリ・ロベールにプライベート・フレグランスとして調香させたという話は、シャネル自身が「スーパー・シャネルN°5」と呼んだ赤いラベルの違法な香水「マドモアゼル シャネルN°1」の処方を手直ししたものがこの香りであるという伝説から、さらに尾ひれがついて広まった二重の伝説です。
私がまだ発売前のこの香りをつけてリッツパリの前の通りを歩いていたとき、ふいに誰かの手が、私の肩の上に置かれました。そこには見ず知らずのアメリカ人の男性がいました。
そして、彼は単刀直入にこう言ったのです。「私は二人の友人と一緒にいるのですが、あなたの香りがあまりにも印象的で、気になったので尋ねてしまいました」と。この年で男性から声をかけられるのは、悪くないわよね。
ココ・シャネル
実際のところ、この香りの誕生は、1954年にシャネルを復活させて以来のココ・シャネルの宿願であり、1950年代後半から新作の製作は決定していました。しかし、膨大な試作品が出来上がる中、N°5のブランドイメージに悪影響を与えないかという議論が延々と続き、10数年もの間、発売に踏み切られませんでした。
そして、1969年に自身の生涯をブロードウェイ・ミュージカルにした『ココ』の大成功が原動力となり、ついにこの香りの発売が決定したのでした。キャサリン・ヘプバーンがココ・シャネルに扮したこのミュージカルにより、シャネルは再びアメリカで一大ブームを巻き起こしていたのでした。
世界中の女性に対してのシャネルの遺言
1970年にココ・シャネルが87歳になった時にこの香りは完成し、その年のクリスマスに、スイスの(香水のセンスが良い人々が集まる)お店でテスト販売されました。
自身の誕生日(1883年)獅子座の8月19日から香水の名をN°19(No.19)と命名しました。そして、ジャック・エリュがデザインしたN°5のボトルに入れられました。
この香水が発表直後の1971年1月10日にシャネルは死にました。N°19はまさに〝最後のシャネルの香水=世界中の女性に対してのシャネルの遺言〟なのでした。
当初、この香りは「ココ」という名で販売される予定でした。もしこの名で発売されていたなら、「ココ=孤高」という、最もこの香りの生み出すイメージを的確に言い表した名になっていたのかもしれません。
孤高のシャネルの香り
アンリは調香しただけでなく、使用する天然香料の選別まで彼自身が行いました。なぜなら、彼は現代的な調香学校で勉強したわけでなく、職人のように調香師として鍛え上げられた人だったからです。
だからこそ、彼は想像を絶するほどに、天然香料の目利きが効く人でした。こうして厳選された天然香料から作られたのがNo.19でした。
ジャック・ポルジュ
セリ科の植物で、ヒヤシンスのような匂いを持つイラン産ガルバナム(古代エジプトではミイラの防腐剤として使用されていた)の鋭くも激しいグリーンノートにベルガモットが交錯するようにしてこの香りははじまります。
そこに潜むオークモスとベチバー、そして、イソブチルキノリンによるレザーの香りがベースノートとして、フレッシュグリーンノートを包み込んでいく様子を、肌の上で実感できることが「No.19」を身に纏う醍醐味です。それはつまりはココ・シャネルの〝永遠に生きる遺言〟なのです。
光と同じくらいに闇に包まれた緑の香りがはじまります。そのフレッシュグリーンとダークグリーンの香りのコントラストがアイリス・パリダにより独特な均衡を保っています。それは太陽によって輝く緑と、大地によって豊潤さを増す緑の香り方の違いが、ひとつのボトルに集約された香りなのです。
通常ブレンドしない天然香料の組み合わせで生み出された香りです。
アンリ・ロベール
やがて、(フロレンタイン・イリスの希少な品種であるパリダを3年かけて自社栽培し、その後さらに3年かけて乾燥させた根っこからわずかに得られる)アイリス・アブソリュートにより、グリーンノートは、甘くパウダリーに和らげられていき、奇跡のバランスを生み出していきます。
そんなパウダリーグリーンの香りの変化の中に、溶け込んでいく大量(20%)のドゥ・レア社の合成香料コロリアンヌ(スズランの香り)をはじめとする、これまた大量の天然のローズドゥメ(15%)、ジャスミン、イランイラン、水仙にさらに大量のヘディオンが加えられていきます。
アイリスを中心に、ベチバー、ヘディオンの三役がグリーンノートに加わることによりこの香りの「孤高」を生み出すことに成功しています。そして、ドライダウンに向かうにつれサンダルウッドとガイアックウッドが存在感を示し、「孤高」の背後から「洗練」の二文字がやって来るのです。
1970年代から80年代のキャンペーンフィルム及びフォトによる「想定外のシャネル」「あけっぴろげなシャネル」「驚くほどの女子力」というスローガンが、示すように、唐突に女性から男性にアプローチするというイメージの〝女性上位時代〟の到来を予感させる香りです。
シャネルにはN°5、N°18、N°19、N°22、N°46の5種類の「ナンバー・シャネル」香水が存在します(ただし、N°46はすでに廃版)
現シャネルの専属調香師オリヴィエ・ポルジュが、最も愛するシャネルの香りと言われています。
香水評論家のこの香りに対するすごい喩え
1950年代にアメリカである実験が行われました。アカゲザルの赤ちゃんを、布で出来た代理母と、針金で出来た代理母によって育てていき、その生育を記録していくという実験でした。この実験を行ったウィスコンシン大学の心理学者ハリー・ハーロウは後に動物愛護の観点から非難されました。
「虐待されているサルの1匹1匹の背後には、それぞれ100万人もの虐待されている子どもがいる。もし、私の研究がそれを指摘することによって、100万人の子どもだけでも救えるのなら、実のところ10匹のサルのことなんてまったく気にならない」「生き方を学ぶ前に愛し方を学ばなければならない」という言葉を残したこの人の実験がこの香りについて評論で引用されたのでした。
タニア・サンチェスは『世界香水ガイド』で、「女性向けの香水の歴史をたどると、どうやら2種類の女性像がくりかえし現れる。ハリー・ハーロウの有名な実験にちなんで、それぞれを布の母、ワイヤーの母と呼んでみよう。」
「布の母はやわらかく、抱きつきたくなるような存在で、ふくよかな胸とどっしりとしたおしりといった、女性の理想像。「フルール ド ロカイユ」「デッチマ」「アルページュ」といった、温かくクリーミーで、気の利いたクラシックなフローラルという表現が最適。愛らしく、すこし気骨さに欠けるため和やかで、このようなフレグランスは気に入られやすい。」
「ところが過敏な母には角があり、優しさはなく、気丈で冷淡。つまりおそろしげで、頬もみごとにこけている感じ。過敏な母を代表する香水が(→ミス ディオール、マ グリフ、エンヴィなど)、1971年に初めて発売されたN°19は、おそらくいちばんきつい香り。」
「除光液のようなさえた揮発から、毒々しいほど美しいグリーンフローラルのミドルにいたるまで、とても印象的で、感心するほどの不協和音を奏でる(残念ながら、時間が経つにつれて強く香っていたレザリーシプレが今はなくなり、かわりに最近の「カレーシュ」がもたらすあっけないクライマックスに似た、清潔なベチバーへとかわっていく)。」
「全体が白い花々と茂った緑樹、そんな春の引用をふんだんに入れている割には、N°19が「サウンド・オブ・ミュージック」の牧草地へさそってくれることもまったくない。それどころか、8cm近いスティレットヒールを履かされ、ペンのような細身のスカートを着せられたまま会議室から出してくれない。横柄で優しさを受け付けず、どこか人間味のない雰囲気を漂わせるこの風変わりな香水が魅了しているのは、冷酷さがどんなものか、一度だって知ろうとしない女性たちだ。」と4つ星(5段階評価)の評価をつけています。
N°19の広告集
香水データ
香水名:N°19(No.19)
原名:N°19
種類:パルファム
ブランド:シャネル
調香師:アンリ・ロベール
発表年:1970年
対象性別:女性
価格:15ml/40,700円
公式ホームページ:シャネル
トップノート:グラース産ネロリ、ガルバナム、ヒヤシンス、ベルガモット
ミドルノート:グラース産アイリス・パリダ、ローズドゥメ、水仙、イランイラン、ジャスミン、スズラン
ラストノート:ムスク、オークモス、シダー、ベチバー、レザー、サンダルウッド、ガイアックウッド