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【シャネル】N°5(No.5)の歴史① この香りの魅力のすべて

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ガブリエル・ココ・シャネルという獅子座の女

1955年に撮影されたマリリン・モンローとN°5。

香水、それこそ一番大事なもの。ポール・ヴァレリーの言葉どおり、お粗末な香水をつけている女性に、未来はないわ。

ココ・シャネル(1969年インタビューにて)

1883年8月19日生まれの獅子座の女、ガブリエル・ココ・シャネル。彼女は、12歳のときに、極貧生活の中、母親を結核で失い、父親にオバジーヌの修道院に預けられました(捨て子のように)。そして、6年間を勤勉と厳格な躾の中で、洗濯と繕い物をして過ごし、卓越した裁縫の技術を身につけました。

18歳になり、修道院を出たガブリエルは、1909年にパリで婦人帽子店を創業し、ファッション・デザイナーとしてのキャリアをスタートさせました(1910年にカンボン通りに移転)。

ちょうど1911年に、ポール・ポワレが服飾デザイナーとして史上初めてオリジナルの香水を発売しました(ガブリエルは三番目になる)。

一方、ガブリエルは、ボーイ・カペルとのロマンスの中、1913年にドーヴィルに二号店を、1915年にビアリッツに三号店をオープンし、1916年に初めてコレクションを発表しました。その時、上流社会の女性のためにデザインしたジャージー素材のドレスが話題を呼び、ファッション・デザイナーとしての名声を獲得したのでした。

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皇帝エルネスト・ボーの登場

エルネスト・ボー(1881-1961)

調香師は常に自然を模倣しようしています。しかし、自然とは何なのでしょうか?神は、シャネルのN°5を生み出さなかった。しかし、エルネスト・ボーは生み出せた。

ソフィア・グロスマン

20世紀初めのパリでは、ジャスミン、ムスク、パチョリ、チューベローズの香りは、高級娼婦や舞台女優の香りであり、家柄の良い娘たちは、ローズやヴァイオレット(スミレ)といったフローラル系の香りを身に纏っていました。

1918年に第一次世界大戦が終結し、帰国を待つアメリカ兵たちは、祖国に残した恋人の為、パリ土産としてフランス製の香水を買い求めていました。そんな世界が豊かになりつつある中、ガブリエル・シャネルが、最初に作ろうとした香水の名は、「オー シャネル」でした。

それは親友ミシア・セールのアイデアから着想を得たものであり、1919年に調香が開始されました。しかし、最愛の人ボーイ・カペルとの結婚の夢が破れ、12月22日にボーイが交通事故で急死したことにより、ガブリエルは香水開発を放棄し、ホテルリッツで、家をもたない隠遁生活を送るようになりました。

数ヶ月の月日が経ち、ミシアの励ましにより、再び香水に対する創作意欲を蘇らせたガブリエルは、新しい恋人であり、ロシアから亡命してきた大公ディミトリ・パヴロヴィッチが紹介してくれた、エルネスト・ボーの協力の下、1920年に香水作りにふたたび取り掛かるのでした。

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エルネスト・ボーが生み出した10種類のサンプル

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多くの女性がつけている香水には、ミステリアスなところがない・・・女性は花じゃないの。それなのに、なぜ花の香りをさせなければならないの?私はローズが好きだし、ローズの香りは美しいけれど、女性がまるでローズみたいに香る必要などない・・・ローズもスズランも必要ありません。私がほしいのは多彩な香りが混じり合った香水です。女性は女性本来の香りを漂わせているべき。花のようではなくて。

ココ・シャネル

ファッション・デザイナーとして成功を収めてもなお、ガブリエルは一着のドレスを15回も20回もほどいては縫い直し、完璧だと確信するまで止めませんでした。

それほどの完璧主義者である彼女は、香水創作のため、グラースの地を訪れ、調香師のラボを訪れ、友人のフランソワ・コティが、1917年に発表した新しい香調であるシプレの名香「ル シープル」の二番煎じではない、新しい香りの創造を強く決心していました。

それは古くて懐かしいフローラルベースを基調としたものでした。1920年代に入るまで、フローラルベースの香水はシングルフローラルのスタイルしか存在しませんでした(N°5が、フローラルブーケの抽象的なスタイルを定着させた)。

1920年に、フランスのラ・ボッカにある研究所で、現代的で革新的な香りの開発を依頼された調香師エルネスト・ボーは、翌1921年に10種類のサンプルを完成させました。

そしてガブリエルの前に、試作品のガラスの小瓶が、1から5、20から24のラベルをつけて10本並べられました。それらを一通り試香したガブリエルは、わずか数分の試香で、迷いなく5番の小瓶を選んだのでした。

ちなみにこの作品は、ボー自身が、1913年にロマノフ王朝300周年記念の品として調香した「ブーケ・ド・カトリーヌ」のリネーム版として翌年に販売された「ラレ N°1 」の流れを汲むものでした。

ボーは、第一次世界大戦の最中、1917年から19年にかけて、凍てつくツンドラに囲まれた、雪とコケの匂いに包まれたアルハンゲリスク州のムジュグ島に、中尉として駐屯していました。

この時彼は、殺伐とした強制収容所の風景を忘れるために、真夜中の散歩を好み、透き通ったひんやりした空気と海藻の匂いを愛したのでした。そして、そこからアルデハイドの使用がこの匂いの再現につながると考えたのでした。

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シャネルN°5の誕生

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マンレイが撮影したココ・シャネル。1935年 ©CHANEL

そう、あれこそ私が望んでいた香りだったわ。ほかのどれとも似ていない香水。女性の香りのする、女性のための香水だった。

ココ・シャネル

ガブリエルが選んだ5番目のサンプルには、ローズドメとジャスミンをベースに、アルデハイド(アルデヒド)という名の新しい芳香分子が大胆に使われていました。

伝説によれば、エルネスト・ボーの不注意な助手が、その小瓶に、アルデハイドの10%希釈溶液を入れるところを間違って、純粋な原液を入れてしまったことから誕生したと伝えられています(この香りの奇跡は、アルデハイドをそれまで誰も思いつかなかった量で調合したところにあります)。

この5番目のサンプルをこのままの名前で発表しましょう。きっと幸運を運んでくれるはずです」。そのガブリエルの鶴の一声で、シャネルのはじめての香水の名は、試作品番号をそのまま商品名にした『N°5』に決定したのでした。

ここに、いまだに約30秒に一本の割合で世界のどこかで売れ、年間の売上高は合計1億ドルにのぼるという(1年間に100万本以上を売っていることになる)、史上最高の香水が誕生したのでした。

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アルデハイド(アルデヒド)とは?

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N°5が唯一無二である理由は、グラース産の上質なジャスミンによる過剰なまでに豊かなフローラルの香りが、合成香料アルデハイドにより、この上ない軽さを与えられている点にあります。

それは、逆に言うと、アルデハイドの近寄りがたい冷ややかさを埋め合わせるために、ジャスミンをたっぷり使うことにより、めまいがするほどの温かな妖艶さが生みだされているとも言えます。官能的なフローラルと禁欲的なアルデハイドの本質的な対比こそが、シャネルNo.5の秘密のひとつなのです。それは刺激的にきらめく純潔の香りなのです。

さて、このアルデハイドとは、日常を取り巻く多くの香りに含まれている、世の中でもっともなじみ深い香りのひとつです。特に洗剤や部屋の芳香剤、シャンプーや制汗剤に含まれ、一般に「清潔だ」と感じる香りの中心を占めています。

そんなアルデハイドには、たくさんの種類があります。N°5のアルデハイドは複数のアルデハイドをブレンドしたものです。その代表的なものがC-11です。それは単独で嗅げば、まさに日光を浴びた洗い立ての洗濯物の香りがします(他にC-12ラウリックとC-10)。

アルデハイドを香水に使用した時のもっとも驚くべき効果を上げるとするなら、それだけでは効果が生まれないのですが、天然香料と結びつくと、香水の豊かな香りを「引き立てる」点です。

ちなみにN°5は、世界で初めてアルデハイドを用いた香水ではありません。実際には、1905年に「レ-ブ ドール」と「フローラミエ」、そして、1912年にウビガンの「ケルク フルール」といった香りにすでにアルデハイドは使用されていました。しかし、N°5から「フローラル・アルデヒド」という新しい香りの系譜が生み出されることになりました。

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グラース産のジャスミンとローズドメ

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エルネスト・ボーは、ガブリエル・シャネルに、香水にこんなにたくさんのジャスミンを使ってしまったら、目が飛び出るほど高価な代物になるだろうと警告しました。

しかし、彼女からの返答はこうでした。「もっとたくさん使ってちょうだい、私は世界一高価な香水を作りたいの!」。

厳しい環境で育った花ほど逞しくよりよく香ります。そして、7月から10月に花を咲かせるグラース産のジャスミンは、成長しても普通の丈の半分にしか成長せず、強く甘い人体の匂いを連想させるインドールの割合が低いので、より繊細かつ、主張しすぎない(ブラックカラントバッドの側面も併せ持つ)香りになります。また、そこには、はっきりした紅茶の香りも含んでいます。

さらに、グラースには、オールドローズのひとつ、繊細なセンティフォリア・ローズ=ローズドメの大農場もあります。

ローズドメとは、5月の3週間だけ花を咲かせるうっとりするような香りの薔薇です。花を咲かせた後、僅か数時間で香りが消えてしまうこの薔薇は、早朝に咲いたばかりの花を摘み取って、午後に蒸留しなければ、最高品質の香りが採れません。

N°5のローズドメには、あまり語られることがないのですが、ボーによるスペシャル・ブレンドが施されております。それは、ブルガリアのバラの谷で収穫したダマスクローズのラズベリーのような側面を引き出すために隠し味として加えているのです。

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80種類以上の天然香料とは?

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N°5には、80種以上の天然香料と合成香料アルデハイドがブレンドされています。30mlのボトルには、千個以上のジャスミンとたくさんのローズドメが封じ込められているのです。それぞれの天然香料にとって、大敵となる熱を抑えるため、有機溶剤を用いて植物性香料を低温で蒸留し、抽出しています。

オリジナルのN°5のために使用された80種類以上の天然香料の一部を列挙してみるだけで、いかにこの香りが豊潤で並外れているかということが分かります。

ボーが最高峰だと考えていたマニラ産のイランイラン、カラブリア産ベルガモット、フィレンツェ産アイリス、フランス産オークモス、マイソール・サンダルウッド、ブルボン産ベチバー、アンバーグリス、シベット、ウクライナ地方の雪解けの黒土の様な香りのするムスク...といった具合です。

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