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【シャネル】N°5(No.5)の歴史⑦ オドレイ・トトゥとブラッド・ピット

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まさにN°5を体現するに相応しいオドレイ・トトゥ

オドレイ・トトゥ、ドミニク・ イッセルマン、2009年。

オドレイ・トトゥ、ドミニク・ イッセルマン、2009年。

Train de Nuit – CHANEL N°5

『アメリ』のジャン・ピエール・ジュネ監督によるオドレイ・トトゥのN°5のキャンペーンフィルムは、N°5のエスプリを完全に体現していました。やはり、N°5のミューズは、フランス人でなければならないのでしょう。

再び迷走するN°5二連発その1=ブラッド・ピット

ブラッド・ピット、スティーヴン・クライン、2012年。

ブラッド・ピット、スティーヴン・クライン、2012年。

ブラッド・ピット、スティーヴン・クライン、2012年。

There you are – CHANEL N°5 Part 1
Wherever I go – CHANEL N°5 Part 2

 

2012年5月に、N°5の歴史上初の男性モデルとして、ブラッド・ピットが登場して大いに話題になりました。しかし、このブラッドの起用は全てにおいてタイミングを逃した起用でした。

オーシャンズ13』までのブラッド・ピットならば、N°5の世界観を映し出せたかもしれません。しかし、このブラッドは、渋すぎます。N°5に渋い男性からの視点なぞ全く必要ありません。

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再び迷走するN°5二連発その2=ジゼル・ブンチェン

ジゼル・ブンチェン、パトリック・デマルシェリエ、2014年。

ジゼル・ブンチェン、パトリック・デマルシェリエ、2014年。

ジゼル・ブンチェン、パトリック・デマルシェリエ、2014年。

CHANEL N°5: The One That I Want – The Film

ジゼル・ブンチェン、パトリック・デマルシェリエ、2015年。

ジゼル・ブンチェン、パトリック・デマルシェリエ、2015年。

ジゼル・ブンチェン、パトリック・デマルシェリエ、2015年。

ジゼル・ブンチェン、パトリック・デマルシェリエ、2015年。

もはや、N°5のミューズとしてなぜジゼル・ブンチェンなのか理解できないほどに、その存在感と香水がマッチしない安易なるスーパーモデル信奉が生み出した陳腐なキャンペーンフィルムの窮みです(監督はバズ・ラーマンなのだが)。

N°5の背後にはミステリーがある。ミステリーこそが、フレグランスに最も重要な要素なのだ。

ジャック・ポルジュ

さて最後に、1920年のオリジナル版と現在のN°5について語っておきましょう。その違いは驚くほどわずかで、違いに気づく人はほとんどいないといっていいくらいです。1980年代にジャコウジカのムスクに似た香りのするニトロムスクの使用が禁じられ、1990年代はじめにN°5は天然ムスクを使用しないようになったのですが、全て代用の合成香料でクオリティをキープしている状況です。

さらに、1979年にシャネルの三代目専属調香師に就任したジャック・ポルジュは、グラース産の高品質なジャスミンの生産量の減少に対応するために、五代に渡る花の栽培農家のミュル家と1986年に独占契約を結び、世界最高品質のグラース産のジャスミンの生産量の安定化を成し遂げたのでした。

かくしてN°5は、永遠の輝きを放ち続けています。そして、誰が新たなるミューズになろうとも人々は、N°5の永遠のミューズはこの二人の女性以外には存在しないことを知っています。ガブリエル・ココ・シャネルマリリン・モンローの二人です。

二人に共通しているのは、両親の愛を得られず、孤児として生きなければならなかった孤独な生い立ちです。結局はベッドで孤独死を迎える二人なのですが、そんな孤独に生まれ、孤独に死んだ、不幸というスパイスがブレンドされているからこそN°5は永遠の輝きを保ち続けているのです。

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