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『風と共に去りぬ』Vol.6|ヴィヴィアン・リーとウォルター・プランケット

ヴィヴィアン・リー
ヴィヴィアン・リー
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それはファッションショーを凌駕するファッションショーでした。

154,000ドルの予算で約5500着(主要な登場人物のための衣裳は290着)もの衣裳がウォルター・プランケット(1902-1981)の指揮の下、撮影の一年以上前からデザインされ、作られていました。

原作を読んですぐにその世界観に魅了されていたプランケットは、映画化を知り、自薦により衣裳デザイナーとなっただけあり、力の入れようが違いました。まず最初に原作を何度も読み、ファッションに関するすべての箇所を抜き出した200ページものメモを作成したのでした。

そして、映画の舞台となるアトランタへ頻繁に訪れて、原作者のマーガレット・ミッチェルから話を聞き、ミッチャルが原作を書くために活用した本を、衣裳作成の資料として数冊提供してもらいました。さらに南部を取材して当時の衣装の一部をサンプルとして持ち帰り、衣装に使う素材の選択を入念に行ったのでした。

これだけの衣装を準備しても、群集シーンの衣装の4割はレンタルだったという事実が本作のスケールの大きさを示しています。

古きよき南部の時代を再現するために、ソフトなオーガンジーやチュールといったロマンティックな素材が多く使用されました。

「もう二度と飢えに泣きません」とスカーレットが宣言してから以降のシーンは、ベルベット生地の素材がふんだんに使われています。まだ本格的なファッションショー(1950年代以降よりランウェイショーは本格化)が行われる少し前に、この作品は、19世紀のアメリカ南部のオートクチュール・ファッションの魅力を紹介したファッションショーの役割を果たしてるようです。

1939年にテクニカラーで作られ、第二次世界大戦の影響下にある、世界中で公開され、人々は、その衣装の華やかさとバラエティの豊かさに圧倒されたのでした。

この作品が、実質的に、動く服に色を与えたはじめての映画なのです。つまり、ファッションショーの概念の元祖とも言えます。そして、この年(1939年)9月にヒトラーがポーランド侵攻のT4作戦を発令し、第二次世界大戦が始まるのでした。

ウォルター・プランケットによると、クラーク・ゲイブルの衣裳は、大きな頭のバランスを取るために肩パッドを入れたスーツをデザインしました。

ウォルター・プランケットに衣裳合わせされるヴィヴィアン・リー

ウォルター・プランケットに、フィッティングしてもらうヴィヴィアン・リー。

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スカーレット・オハラのファッション17

ハネムーン・ナイトガウン
  • イエローベルベットのナイトガウン、袖と襟に豪奢なファー。
  • ペールイエローのナイトスリップ

ついに二人は結婚することになります。スカーレットの三度目の結婚です。

世に出回っているスチール写真では、ナイトガウンの色は水色になっています。

ヘアスタイルがとても可愛らしいヴィヴィアン・リー。

主役二人と監督のヴィクター・フレミング。

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スカーレット・オハラのファッション18

ハネムーンドレスPART1
  • バードドレス、黄色のラブバードで飾られたミッドナイトブルー・スパンコールドレス
  • 5つのアメジストのネックレス

遂にレット・バトラーと結婚することになるスカーレット。そして、このハネムーン・シーンで何種類かの個性的なドレスが贅沢に数秒ごと登場します。

ちなみに5つのアメジストのネックレスは、1949年の『ブロードウェイのバークレー夫妻』の中で、フレッド・アステアと「Swing Trot」のナンバーに乗せて踊るジンジャー・ロジャースが着けています。

豪華客船のディナーで着ているとても可愛いドレス。

右肩に小鳥がとまっているドレスです。

ネックレスもとても豪華です。

ウォルター・プランケットによるデザイン画。

実際に使用されたアメジストのネックレス。

実際に使用されたブレスレット。

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スカーレット・オハラのファッション19

ハネムーンドレスPART2
  • クリームとベージュのシルクドレス、黒の草の葉が刺繍されたアコーディオンプリーツのベルスリーブ、ハイネック
  • 小さなテンガローのヘッドドレス

ニューオーリンズへのハネムーンのハイライトとも言えるホワイトドレス。

ベルスリーブのモノトーンディテールが素敵。

『風と共に去りぬ』は、個性的なドレス・デザインの宝庫です。

ドレスの美しさが良くわかる写真。

ベルスリーブの個性的な柄。

葉っぱのディテールであることが分かります。

ここからクリノリンは小さくなっていきます。

メイクアップのためのテスト撮影。

メイクアップのためのテスト撮影。

実際に使われた衣装。

ウォルター・プランケットによるデザイン画。

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ヴィヴィアン・リーのコンプレックス

手の大きさがコンプレックスのヴィヴィアン・リーは意識して指を広げませんでした。

八千草薫様

八千草薫様

なんと私の宝塚時代からの夢が叶ったのだ!ヴィヴィアン・リーと握手することができたのだ!そして、私と同じように彼女の手がとても大きなことを知り、親しみを覚えました。

八千草薫(イタリアと合作した『蝶々夫人』の宣伝活動のため1955年にイタリア各地を移動していた彼女は、イギリスで『十二夜』の舞台を見に行き、ヴィヴィアンと会いました)

彼女の肉体は、ある一点を除いては申し分なく魅力的でした。それは他のパーツと比べると大きな手でした。だから、ヴィヴィアンは、手をポケットに入れたり、手袋をはめたりして、目に付かないように気にしていました。

『風と共に去りぬ』の撮影現場はヴィヴィアンにとって辛いものでした。信頼関係を築いていたジョージ・キューカーが監督を更迭され、代わりにヴィクター・フレミングが就任したのでした。しかし、絶えずぶつかり合い、メラニー役のオリヴィア・デ・ハヴィランドと共に夜にこっそりと前監督のキューカーと会って、演技指導を受けていたのでした。

ヴィヴィアンは、原作の中でスカーレットをネコと比べて描いていた点に注目し、チェシャー・キャットのにやにや笑いや、飢えたネコの目、ネコの爪のような手の動きを練習しました。

苦労の甲斐があって、1939年12月のニューヨーク・タイムズには、「リーが演じるスカーレットの不条理な言動が、間接的にリーの演技力を見せつけたといえる。彼女はまさにこの役を演じるために生まれてきた女優であり、他の女優がこの役を演じることなど想像もできない」という賞賛記事が掲載されたのでした。

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スカーレット・オハラのファッション20

新婚生活のデイドレス
  • 白と緑のストライプ・ホワイトドレス
  • グレージュのシルクハット

スカーレット・オハラのファッションの多くに緑が使用されているのは、緑の大地に根を張るように、彼女もタラに根を張るという意味をこめてなのです。

ヴィヴィアン・リーにはグリーンがよく似合います。

ちらっと見える帽子もミニバッグもとてもお洒落です。

クラーク・ゲーブルの存在感もスカーレット役を輝かせるためには絶対に重要な要素でした。

ドレスに重要なのは「自然と戯れる」サイドシルエット。

ウォルター・プランケットによるデザイン画。

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作中に登場するスカーレット・オハラの絵

豪邸に飾られているスカーレットの絵。

これがその絵です。白いレースのショールと鮮やかなブルーローブデコルテのコントラスト。

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スカーレット・オハラのファッション21

出産後のナイトガウン
  • ティファニーブルーのナイトガウン。ファーが全体的に贅沢に配されています。

とても美しい色使いのガウンです。

作品データ

作品名:風と共に去りぬ Gone with the Wind (1939)
監督:ヴィクター・フレミング
衣装:ウォルター・プランケット
出演者:ヴィヴィアン・リー/クラーク・ゲーブル/オリヴィア・デ・ハヴィランド/レスリー・ハワード