「ザ・フェイス」と呼ばれた女、アニタ・コルビー。
コーネル・ウールリッチの原作では主人公はフォトグラファーではありませんでした。しかし、アルフレッド・ヒッチコックがあえてこの職業を選んだのは、『白い恐怖』(1945)『汚名』(1946)『山羊座のもとに』(1949)といった彼の三作品に出演したイングリッド・バーグマン(1915-1982)が、当時、フォトグラファーのロバート・キャパと大恋愛していたことに感化されたからでした。
しかし、グレース・ケリーが演じたリサ・キャロル・フレモントのイメージは、イングリッド・バーグマンではなく、アニタ・コルビー(1914-1992)でした。
まだまだファッション・モデルの仕事の給与が低かった1938年に、モデル兼ハーパーズ・バザーの広告営業部員となり、抜群の成績をあげ、同時に一時間で50ドル稼ぐファッション・モデルとしても頂点に駆け上った女性です(最終的には一時間で100ドル稼ぐようになった)。その抜群の交渉力とルックスを併せ持つ奇跡的な存在感から、「ザ・フェイス (The Face)」と呼ばれるようになりました。
その後、ハリウッドでキャサリン・ヘプバーンやイングリッド・バーグマンのイメージ・コンサルタントをしながら、ハリウッドの美容業界を牽引してゆき、ハリウッド・ビューティーの基礎を作り上げていったのでした。
メイクアップアーティストに仕事をさせなかったグレース・ケリー
グレース・ケリーは、プライベートではメンズのオーバーサイズのセーターにワイドパンツを愛用していました。そして、人前に出るときは「これでもう少し容姿がまずかったら典型的な教師ってところね」と、自ら語るほど地味で保守的なスカートスーツ・スタイルを好みました。
ヒッチコックが、最初にグレース・ケリーと会ったときの服装は、グレーのテーラードスーツと同色の帽子に純白のエルメスの手袋を合わせていました。
何よりもヒッチコックが驚いたのは、皺ひとつないハンカチをナプキン代わりに使う女優などに会ったことがなかったからです。面接にさえ帽子と手袋を欠かさない育ちの良さ。たった一枚の手袋をとる動作の優雅さにイーディス・ヘッド(衣装デザイナー)も魅了されました。
一時期グレースと交際していたファッション・デザイナーのオレグ・カッシーニは「肌と髪もメイクアップ・アーティストの必要がないほど完璧だった。彼女を担当したメイク係はいつも仕事がないとぼやいていたものです。自然のままが美しい彼女は繊細なイングリッシュ・ローズのような女性だった」と回想しています。
だから本作においてもグレースのアクセサリーはパールだけです。エレガンスの演出に過度のアクセサリーは必要ありません。
真にグレース・ケリーが輝いたのは、1954年のヒッチコックとの出会いから、1957年のケリー・バッグ誕生までの間であり、1960年代に、ヒッチコックとの再タッグが叶わなくなり、モナコ王室内のストレスのためもあり、急速にその美の生命力を衰えさせていったのでした。
ラストにカジュアルを持ってくる。
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グレース・ケリーのラストシーンの衣装です。
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ローファーとロールアップしたジーンズの絶妙なバランス。
グレースが持っているのは、彼女だけのエレガンスです。白い手袋は彼女のトレードマークだし、なめらかな髪もそうです。飛行機で一晩中寝た後でも、彼女はそう見えるのです。
イーディス・ヘッド
グレース・ケリーが〝グレース=優雅〟である理由は、王妃になったからではなく、王妃になった女性が、ハリウッド女優時代に、王族が憧れるような洗練されたファッション・アイコンだった点にあります。
それは丁度、ハリウッド黄金時代と重なっています。伝説の衣装デザイナーのイーディス・ヘッドは、1938年から1966年までパラマウント映画のヘッドデザイナーとして、ハリウッドの女優たちを〝永遠のスタイル・アイコン〟へと変えていきました。
だからこそ、グレース・ケリーの後の王妃のイメージとは真逆のカジュアル・ファッションは、特別感があり、見ているだけで心が躍るのです。
リサのファッション6
カジュアル・ルック
- オックスフォード地のレッドシャツ
- ロールアップしたインディゴデニム
- スカーフベルト
- 素足にペニーローファー
最後の最後に一切ジュエリーをつけない(期待されていた結婚指輪もない)グレース・ケリーが登場します。口紅の色も、今までとは違い少し柔らかいレッドです(真珠のような質感がある)。
そんなカジュアルウェアでありながら、イブニングドレスを着ているかのような優雅さを誰もが感じ取ることが出来ます。この最後のグレース・ケリーのスタイルこそ〝エレガンスの真髄〟であると言われるのはそのためです。
エレガンスとは、丁寧にセットされたヘアスタイル、メイク、シンプルな装いとサイズ感、そして、緩やかな所作。そういったもの全てが織り成すハーモニーにより生み出される〝美の結界〟のようなものなのです。
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最後の最後に、ハーパーズ・バザーを読むグレース。
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読んでいるのはハーパーズ・バザー。1953年10月号です。
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ドレスを着ていないのに、ドレスを着ているようにエレガント。
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ペニーローファーが可愛い。
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素晴らしいバランスです。
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カジュアルな装いが意外にお似合いになるグレース・ケリー。
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この衣装が、ラストシーンで使われる可能性もありました。
グレース・ケリーの『裏窓』オフショット
グレース・ケリーを見ていると、知らないうちにスッと背筋が伸びます。1954年という70年近く前のハリウッド女優のファッションが、世界中の女性の美的感覚を刺激し続けることが出来るのはなぜでしょうか?
それはひとことで言うと神秘性と希少性が成せる技なのです。グレース・ケリーのハリウッド女優の映像はそれほどたくさん存在せず、プライベートの動画も写真も極めて少ない人です。
だからこそ『裏窓』のグレース・ケリーは、そのストーリー展開以上に、数少ない「グレース様の動く美学」を体感できる貴重な時間なのです。美は同じ人から量産されると、陳腐なものになってしまいます。分かりやすさは、ある一時の〝流行り〟におさまりがちです。
最近そういったインスタント・ビューティーにうんざりしている人々にとって、〝不滅のビューティー〟を再確認する存在として、グレース・ケリーは今もなお、女性の心を捉えて離さないのかもしれません。
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水色のブラウスとグレーのタータンチェック・スカートに赤のフラット・シューズ。
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大の犬好きのジミー・スチュアート。
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本作の前にジミー・スチュアートは『グレン・ミラー物語』の撮影を終えていました。
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ニューヨーク・プレミアにて。クリスチャン・ディオールのドレス。1954年。
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ミス・トルソーを演じたジョージン・ダーシー(1930-2004)とジミー・スチュアート。
そして、今もスター達はグレース・ケリーに憧れる。
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スカーレット・ヨハンソンとハビエル・バルデム。ヴァニティ・フェア、2008年。
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トビー・マクガイアとキャロリン・マーフィー。フォトグラファー:ピーター・リンドバーグ。2013年4月、ヴォーグ。ドルチェ&ガッバーナのコットンドレス。フレッド・レイトンのネックレス。トビーのパジャマはブルックス・ブラザーズ。
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マーク・ジェイコブスのサテン・ギャバジン・ドレス。真紅の口紅はエスティローダー。
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クラシック・アメリカン・ルック。オスカー・デ・ラ・レンタのカラー・ブラウスとサテン・スカートのペア。マーク・ジェイコブスのミッドヒールと、トビーのスリッパーは、クロケット&ジョーンズ。
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マイケル・コースのカシミア・セーターとスカート。マーク・ジェイコブスのパンプス。
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全身ミュウミュウのミンクコート、グラフィック・スカートスーツ、グローブ、とバッグ。家政婦の衣装はマーク・ジェイコブス。
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ドルチェ&ガッバーナのドレス。マイケル・コースのミンク・スウイング・コート。そして、エルメスのケリー・バッグ。
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グッチのドレスとプラダのハンドバッグ。
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ロシャスのシルク・ドレス。
作品データ
作品名:裏窓 Rear Window (1954)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
衣装:イーディス・ヘッド
出演者:ジェームズ・スチュアート/グレース・ケリー/セルマ・リッター