その他

ヘルムート・バーガー1 『地獄に堕ちた勇者ども』3(3ページ)

スポンサーリンク

作品名:地獄に堕ちた勇者ども The Damned (1969)
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
衣装:ピエロ・トージ
出演者:ダーク・ボガード/イングリッド・チューリン/ヘルムート・バーガー/シャーロット・ランプリング

スポンサーリンク

世界はヘルムート・バーガーを中心に回っている!

07

マルティンの愛人オルガ役のフロリンダ・ボルカンと。

この映画のシンデレラ・ボーイの名をヘルムート・バーガー(1944-)と呼ぶ。彼は当時ヴィスコンティの寵愛を一身に受けていました。20代のうちにしか出来ないことその一。それは才能の豊かな中年男女に寵愛されることです。人生とは年長者から学ぶ数だけ、その成長の度合いは高まるのです。

もともとの二人の出会いは、大学在学中の1964年、クラウディア・カルディナーレ主演の『熊座の淡き星影』の撮影のために、トスカーナ地方のロケに来ていたヴィスコンティの撮影現場に居合わせたことからでした。ヴィスコンティは見物客の中に一際目立つ美青年ヘルムートに目を留め、寒い時期だったので、助監督にマフラーを持っていかせ、翌日にはちゃっかりデートし、すぐに同棲することになりました。そして、1966年にはヴィスコンティ監督の『華やかな魔女たち』でデビューすることになりました。

ヴィスコンティにより、多くの文化的素養を仕込まれたのち、満を持して出演したのが、本作です。この作品におけるヘルムートの演技は何かにとりつかれているとしか言いようのない素晴らしいものでした。そして、見事にスター俳優の座に駆け上り、ヴィスコンティ作品で順調にキャリアアップしていましたが、1976年ヴィスコンティの死去と共に、ヘルムートのキャリアは低迷します。自嘲気味に、「ヴィスコンティの未亡人」と自らを呼び、1977年3月に睡眠薬自殺を図ります。「あれ程心から僕を愛してくれる人はもう二度と現れない」とヘルムートは語っていました。

1960年代後半から70年代半ばにかけて、世界の芸術はヘルムート・バーガーと共に回っていました。それは、彼が20代にして、素晴らしい中年男性のパートナーを見つけたからでした。「才能豊かな中年男女に寵愛される」20代のススメ。さぁ、ヘルムート・バーガーの栄光をキミに!

スポンサーリンク

マレーネ・ディートリッヒが賞賛した女装シーン

0b8298fcc846081092d4832982d222ea

世界は私を中心に回るのよ!

(GERMANY OUT) 1944Schauspieler, Ain einer Marlene Dietrich-Parodie in demFilm 'Die Verdammten`Regie: Luchino ViscontiItalien 1968 (Photo by Ulrich Hoppe/ullstein bild via Getty Images)

ヴィスコンティがこの作品で一番最初に決めた内容が、『ディートリッヒの女装』だった。

ストッキングから透けて見えるムダ毛が美しいのよ~!

ルキノ・ヴィスコンティ。彼は苦もなく人を魅了し、啓発し、支配し、教えこみ、とりこにしてしまうのでした。

マレーネ・ディートリッヒ

「子供の頃より、女装を楽しんでいました」というヘルムート・バーガー。彼はアンドロギュヌス時代のパイオニアでした。ルキノ・ヴィスコンティは、ヘルムートに対して撮影時、執拗にNGを出したという。特に女装シーンに対しては、マレーネ・ディートリッヒの『嘆きの天使』(1930年)の「ローラ」を唄い踊るシーンを、ドラッグクイーン・テイストで誇張して再現することを要求しました。例のごとく「キミの足にノーマルな男さえも見とれるほどの踊りを見せて欲しい」と要求しています。

苦労の末、この女装シーンは、歴史に残る名シーンとなりました。それはナチスの退廃的な美学を示すシーンであり、その空気を敏感に感じ取り、マレーネ自身が、ヘルムート・バーガーに賞賛の手紙を書き記しました。さらに『麗しのサブリナ』等で有名な巨匠ビリー・ワイルダーは「全世界の中でヘルムート・バーガー以外の女には興味がない」と評しました。

ヘルムート・バーガーは女装を愛していました。それが全てでした。彼は、マレーネの女装をごく自然体でやってのけました。

スポンサーリンク

ページ:

1

2 3

最新の投稿

更新カレンダー

2019年8月
« 7月  
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 

ファッションアイコン(女優編)

PAGE TOP