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シャーロット・ランプリング2 『愛の嵐』1(3ページ)

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作品名:愛の嵐 Il Portiere di notte(The Night Porter) (1974)
監督:リリアーナ・カヴァーニ
衣装:ピエロ・トージ
出演者:ダーク・ボガード/シャーロット・ランプリング/フィリップ・ルロワ



「ベルゲン・ベルゼンを見てから、私は神を信じなくなった」

20代の女性が最も綺麗になるための栄養素は、30~50代の男性のダンディズムに触れ合うこと。

当時53歳のダーク・ボガード。若い男性には勝てない魅力に満ち溢れています。

そのキビキビした動きを見ているだけで惚れ惚れします。

シャーロット・ランプリング(1946-)は、オードリー・ヘプバーンやグレース・ケリーとはまた違うファッション・アイコンとしてのステイタスを獲得しています。それは、ジャンヌ・モローのような、その主演作を理解するためには、鑑賞者にもそれなりの知性を求める所にあります。そんな彼女が、メンターとして崇拝している俳優の名を、ダーク・ボガード(1921-1999)と申します。二人の出会いは、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『地獄に堕ちた勇者ども』(1969)でした。そして、二人は、リリアーナ・カヴァーニ(1933-)という女性によって、運命的な再会を果たしたのです。

この作品によって、ダーク・ボガードは、映画史上、最もナチス親衛隊(略称SS)の軍服の似合う俳優という印象を人々に残しました。しかし、彼のバックグラウンドは全く逆のところにありました。まず最初に、なぜ彼はナチス親衛隊の軍服を着ることを選んだのか?という疑問についての回答ともいえる本人の発言を記していきましょう。

「私は、第二次世界大戦当時、イギリス軍の情報局員として従軍していました。そして、ノルマンディ上陸作戦の直後に上陸した時に、海面に大量の海草が浮かんでいる風景を目にしました。やがて、それが死体だということに気づきました。これが私が生まれて初めて見た死体でした。私の父親は熱心なカトリック信者であり、私もそうでした。しかし、この時、ブルドーザーで死体を処理している光景を見て、いったい神はどこにいるんだ?と考えました。そして、フランスを横断し、嫌というほどの死体を見ました。やがて、終戦が来ました。私の中で、もう地獄を見ることはないなと安心していました。しかし、本当の地獄を見るのは、その後だったのです。

ベルゲン・ベルゼン(アンネ・フランクが命を落とした収容所)に到着しました。そこにはただならぬ静寂が広がっていました。やがて視界に収容所が現れました。そこらかしこに人間とは思えないもの達が蠢いていました。よく見ると、薪の山のようなものもありました。私はその時信じ難い事実を受け入れざるを得なかったのです。それは死にかけている大量の収容者達と、赤ん坊の死体の山だったのです。そこには、ダンテの描いた地獄の世界がありました。その時から私は神の存在を信じることが出来なくなりました。」

ダーク・ボガードはその後、親衛隊や秘密警察を束ねていたハインリヒ・ヒムラー(1900-1945)の自殺死体も目撃することになります。そういった経験が、目に宿っているのでしょうか?ダーク・ボガードの目には、アメリカの俳優には見ることの出来ない何かを見て取ることができます。彼はあの日から、自分の信仰心さえも粉砕してしまった存在を演じてみたいという観念に支配されていたのです。

ナチス親衛隊の軍服を着たダーク・ボガード。

だからこそ、(金髪碧眼ではない)黒髪の彼が、親衛隊の軍服を着ていてもまったく違和感がないのです。そこには、死線を駆け抜けてきたものにだけ存在する圧倒的な説得力が存在するのです。更に、その要素を加速させたのが、『地獄に堕ちた勇者ども』の衣装も担当したピエロ・トージによるSSの軍服の衣装デザインなのでした。ヒューゴ・ボスがデザインしたものを更に演劇的にアレンジしています。



まず最初に貴婦人がそこにいる必要があった

戦後12年経ち、アメリカ人のオペラ指揮者の妻となっていたルチア。

シャーロット・ランプリングと言えば、突き刺すような鋭い視線。

「私にはメリー・ポピンズのような役柄を演じることが出来ません」シャーロット・ランプリング。

ルチア・ルック1 イブニング・ドレス
  • ブラック・イブニング・ドレス、スパンコール、バックは深いVカット、袖にはレース
  • ジョーゼットを身に纏う
  • ウンポイントのイヤリング
  • 黒のクラッチバッグ

私は人々を楽しませる映画が苦手です。どうしても、私の中の障害を克服しなければならない役柄に挑戦することに女優としての喜びを感じます。屈辱を与えられ、尊厳を奪われ、むさぼり食い、時に罰を与えられることは、人間の本能を刺激します。それはセックスの大きな部分を占めます。その非日常的な背徳の波を感じることによって、何が正常なのかを知ることが出来ます。その二面性の表現に私は夢中です。

シャーロット・ランプリング

この物語は異常な環境(ナチス・ドイツの強制収容所)の中で壊れてしまった人間の物語なのです。その男(親衛隊の看守マックス)は卑屈な人間です。そして、少女(ルチア)は、そんな卑屈な人間の歪んだ愛に順応するようになり、歪みきった性愛の虜になってしまうのです。その後、収容所が解放され、彼女は、知的で包容力のある男性と優雅なる日々を過ごしていました。しかし、その日々は彼女にとって、どれほどの意味があったのでしょうか?

またあの日の亡霊が蘇る前だからこそ、ルチアのファッションは、そんな日々を忘れ去ったかのようなエレガンスに満ちていなければならないのでした。



このシーンのシャーロットが、一番恐ろしい。

安全ベルトの装着されていない空中ブランコに乗る少女ルチア。

この14歳の少女ルチアを演じるシャーロットが最も怖いのです。その理由は、違和感がないという意味において。

ルチア・ルック2 少女時代
  • ピンクのフレンチスリーブのワンピース
  • ピンクのリボンカチューシャ
  • ピンクのストール
  • 白のハイソックス
  • 黒のメリージェーン

これは真実の物語です。それが私が出演した唯一の理由でした。リリアーナ・カヴァーニはかつてイタリアのTVのためにドキュメンタリー(第三帝国の歴史、1963年)を作りました。そのリサーチのために、今は結婚し、アメリカのオレゴン州に住んでいる品の良い女性に会いました。彼女は大雨の中、ダッハウ強制収容所の小屋に赤い薔薇の束を供えていました。毎年そこに来ていると言っています。ユダヤ人ではなかった彼女は父親が社会主義者だったため入獄していました。その小屋はそんな彼女が一人のSSの看守と出会った場所だったのです。彼は、解放の時、アメリカ兵に射殺されました。二人の間には、恋愛に近い関係があったのです。

私はかつてベルゼンにいて、そして、ダッハウにいて、地獄の中の、どうしようもない無力感の中で、差し伸べられた手がたとえ血で汚れていようとも、そこから愛が生まれる事実を見てきました。それほど沢山でないにしても、それは決して異常なことではないのです。

ダーク・ボガード

当時最も影響力を持つ映画評論家の一人だったポーリン・ケイルは、本作について「ホロコーストにあった人々に対する冒涜である」と批判しました。しかし、ボガード、シャーロット、リリアーナにとって、この作品は、決して低俗なポルノ映画の類ではなく、人間の愛の可能性(破滅的な愛)と、歪んだ性愛の虜になった男女の行きつく果てを描いた生真面目な物語だったのです。だからこそ、リリアーナの脚本は、主役の二人によってどんどん変えられていったのです。いわばこの作品は、3人の只ならぬ才能が見事にぶつかり合い、創作活動にプラスに働いた稀有な例なのです。

60年代に第三帝国のドキュメンタリーを監督したイタリア人のリリアーナと、実際に第二次世界大戦で強制収容所を解放した経験を持つイギリス人のボガード、さてもう一人のシャーロット・ランプリング(1946-)には、ナチスのこの時代との関りは何かあったのでしょうか?戦後生まれの彼女にとって、直接的なかかわりは無いのですが、イギリス陸軍大佐の父親が、ナチ主催のベルリン五輪で400mリレーで金メダルを獲得しているのです。



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