1950年代の日本映画をこよなく愛する人
(私の心を高揚させるものは)今でもずっと変わらずに映画です。最近、日本の成瀬巳喜男監督の作品を何本かDVDで発見したのよ。ものすごく心がときめいたわ!もう、圧倒されてしまったの。
なんという普遍性、なんという詩情、そして信じられないほどの芸術性の高さ!そこで語られているのは、人間の感情についてなのだけど、それについて登場人物のすべてが生き生きと表現しているの。
これは日本映画としては珍しいことに私は思えるわ。1950年代に製作された成瀬監督の作品を同じ週に3本見たけれど、目のくらむような感動の時間だったわ。
ヴォーグ・ニッポン 2008年3月号 カトリーヌ・ドヌーヴ
一流であるためには、つねに一流のものに触れなければなりません。ずっと今も第一線で活躍する映画女優の凄味。カトリーヌ・ドヌーヴ(1943-)という人は、イヴ・サンローランという芸術家に愛され、ただその絶世の美貌を、『自慢し、ひけらかす日々』に甘んじることなく、遥かに崇高なる高みを目指し、カメラの前で表現してきました。
「美しいということはとても危険です。なぜなら自制を忘れ、ひけらかし、表面的な物の見方に支配されてしまうからです。やがて、賞賛されることに慣れてしまうと、ただ褒められることだけを目的にして生きるようになってしまうのです」
いまでは多くの美しい女優様方が、ツイッターやインスタで、自分の写真をアップして褒められることを欲しています。
そういった自己表現の安売りが、いざこの女優様が映画に出演したとき、ことごとくその背後にのっかかる形となり、彼女の女優としてのキャリアを完全にダメなものにしてしまいます。女優に必要なものはただひとつ映像にだけ集中させるために、プライベートは秘密にするその姿勢なのです。
セブリーヌのファッション10
ブラックファー
- デザイナー:イヴ・サンローラン
- 黒のファーコート
- ブラウンのコーデュロイパンツ
- スタッズがついているレザーハット、ベルベットで包まれている
夫以外の男性に抱かれることにより、夫に対する愛を再認識する
彼女は知った、自分があの客、アンドレを拒んだ理由は、あの若者が肉体的にも精神的にも、日常の生活で、彼女が接近する男たちと同じ階級、ピエールと同じ階級に、属しているからだと。アンドレとの情事は、彼女が、自分が無上に愛しているピエールを裏切ることになるのだった。彼女は、やさしさや、信頼や、甘さや、そんなものを求めてヴィレーヌ街へ来たのではなかった。彼女が求めているものは、夫が与ええないもの、つまりあのすさまじい獣的な喜びだった。彼女は、容赦なしに踏み荒らされることを望み、屈服させてもらいたく、家畜のように飼育してもらいたく願うのだった。
『昼顔』 ジョゼフ・ケッセル
わたしはそっと、こう耳打ちしておく。「いっそ、あなたの悪魔を育てて大きくしたほうがいい!あなたにも偉大さへの道はまだ一つ残っている!」
『ツァラトゥストラはかく語りき』フリードリッヒ・ニーチェ
最愛の夫とは絶対に出来ないような行為を行い、肉体を解放することにより、一方で夫への愛を至上のものに高めていく。この作品の根底にあるのは、夫への愛を高めるために赤の他人の男性に抱かれるという観念なのです。
夫以外の男性に抱かれ、自分自身の生々しい情欲とその男性の欲望を満たし、身も心も枯れ果てる砂漠の旅の果てに、夫というオアシスが存在する喜びを知るのです。
つまり娼館は、あくまでも遊戯の場なのです。しかし、そんな甘い二重生活も、若い男性が、彼女に夜顔を求めることにより、終焉を迎えることになるのです。
やがて、夫がその災難に巻き込まれ、三重苦で苦しむようになる中、彼女は、性欲に対する妄想ではなく、夫が健康体であると言う妄想の中で、生きることになるのです。しかし、そのカウベルもいずれは鳴らなくなる日が訪れることでしょう。
そして、再び、昔の獣的な欲望の記憶が彼女を支配することになるでしょう。一度、それを知った人間はもうそれ無しでは生きていけないのです。彼女の終わりのはじまりは、この喪服から始まっているのです。
セブリーヌのファッション11
スクールガール(喪服)ルック
- デザイナー:イヴ・サンローラン
- 白襟のスクールガール風リトル・ブラック・ドレス、白のサテンのフレンチカフスとカラー。そして、ブラックベルト
- ブラックスエードのスカラップパンプス
「昼顔」コート、サファリドレス、ロジェ・ヴィヴィエのバックルパンプスに並び、本作から愛されることになったファッションのうちのひとつです。
セヴリーヌが「黒を装う」時、抑制された〝静の佇まい〟を感じさせます。無表情で、無感動で、無機質な〝圧倒的な美〟が生み出され、近寄りがたい高嶺の花の雰囲気となります。この「黒」があるからこそ、〝昼顔〟がそれを脱ぎ捨てたとき、抑制する心も脱ぎ捨てていることが分かるのです。
亡き姉に支えられ、演じ切ったセヴリーヌという役柄
規律という言葉は私のためにある言葉ではないわ。音楽は大好き。でもクラシック音楽はほとんど聴かないの。私の大きな夢は、月に行くこと。夜、月を眺めるたびに考えるのよ。
ヴォーグ・ニッポン 2008年3月号 カトリーヌ・ドヌーヴ
本作は、第28回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を獲得しました。カトリーヌ・ドヌーヴは、この作品で女優として開眼したのでした。
しかし、本作の撮影終了後、彼女の人生で存在する2つの「大きな悲しみ」のうちの1つに直面することになります(1つはフランソワ・トリュフォーの死)。最愛の姉フランソワーズ・ドルレアックの交通事故による焼死です。
彼女はこの作品の撮影中、非常に神経質になっていました。その心の支えになってくれたのが、フランソワーズだったのでした。
演技力にまったく自信のなかったカトリーヌは、ブニュエルの独特な演出スタイルに戸惑いを隠せませんでした。役者に一切質問をさせず、スタッフ、キャストとも会話を一切しない。ただ言葉少なめに最小限の指示をするだけ。そんな時、励ましてくれたのが、同じく女優として高い評価を受けていた姉フランソワーズだったのでした。
作品データ
作品名:昼顔 Belle de jour (1967)
監督:ルイス・ブニュエル
衣装:イヴ・サンローラン
出演者:カトリーヌ・ドヌーヴ/ミシェル・ピコリ