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『昼顔』Vol.2|カトリーヌ・ドヌーヴとゲランの香水

カトリーヌ・ドヌーヴ
カトリーヌ・ドヌーヴ
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売春婦が夢見た貞淑な若妻の物語

ある日アラブ人を射殺した男がいました。その理由について「太陽が眩しかったから」と述べ、その男は死刑を宣告されました。アルベール・カミュの『異邦人』です。

なぜセヴリーヌは、売春婦になることを望んだのでしょうか?女性であれ男性であれ人間と言うものがもしパートナーに対して、決して見せることの出来ない秘密を持つ喜びを知ってしまったならば、もうそれなしでは生きていけなくなるのでしょうか?

先日私が、ケッセルの『昼顔』を読んでいたら、そっと私から本を取りあげて、表紙をちらっと見て、とても暗い顔をなさって、けれども何も言わずに黙ってそのまますぐに本をかえして下さったけれど、私もなんだか、いやになって続けて読む気がしなくなった。お母さん、『昼顔』を読んだことが無い筈なのに、それでも勘で、わかるらしいのだ。

太宰治『女生徒』(14才の女生徒の一日の独白)

人間には「新しい自分を発見する恐ろしさ=新しい自分の言葉への恐れ」が、常に存在します。これ以上は書き記すことは憚れますが、なぜか昔の犯罪の中に潜む常識を越えた狂気の心理に興味を持ってしまう時があります。

その環境に順応すると、堕ちていく感覚を拒むことは出来ません。セヴリーヌを男性に置き換えてみましょう。妻を愛しています。でも、そんな自分とは全く違う「性欲にただ溺れている男」になりたいと願う瞬間があります。若い美しい女性の我侭に振り回されたい自分がいます。どの自分も本当の自分なのです。

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「セヴリーヌの白昼夢のいくつかを映像で示し、マゾヒストの、若いブルジョワの女の肖像をくっきりと描き出したかった」ルイス・ブニュエル

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もっともっと私を汚してください。

美しいものを汚す喜び…醜いものに汚される背徳感。

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さすがブニュエル。陵辱シーンに力を注ぎます。「もっと本気でセヴリーヌを汚して下さい」と言って男優の頭を押さえつける。

イヴ・サンローランに対してルイス・ブニュエルから出された要求はただひとつでした。それは、セヴリーヌという女性が、決して売春婦に見えないようにしてくださいということでした。

「昼顔」という女の魅力。それは、「私にとって最も重要なのは子供と夫なのです」(セヴリーヌに子供はいないが、あくまでたとえとして)が口癖の女性に対して、開けてはならない扉を開けてしまうように導いてゆく〝悪徳の栄え〟を掻き立てるところにあります。

「あなたの子供と夫に対する愛」は疑いようもない。だからこそ、あなたは、大便や小便をするように、獣のような行為をいとも簡単にやってのける可能性もあるのだ。

大いなる愛に包まれているからこそ、全く対極の、愛の存在しない世界で、獣のように自己を引き裂かれ、恐怖と倒錯した快楽の間で揺れ動き、白目を剥いて涎を垂らし、肉欲にのたうちたいと強く願望する可能性があるのです。

そんな二面性を持つ淑女に相応しいファッションは何か?イヴ・サンローランが考えた答えが、この作品のそれぞれのファッションだったのです。

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セブリーヌのファッション2

スキールック
  • 透かし編みの白のスキー帽
  • この後も頻繁に登場するサングラス
  • オフホワイトのローゲージニット
  • ブラックレギンス
  • ブラックレザーブローブ

いかにも60年代風スキーウェア。

左サイドとフロントにジップがある珍しいデザインのニット。

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セブリーヌのファッション3

リゾートルック
ベージュのケーブルニットカーディガンとブラックレギンス

僅かな出番ではあるが、このような小粋なニットウェアを見ることができるのも60年代ムービーの醍醐味なのです。

可愛らしい犬のぬいぐるみを持っているセヴリーヌ。

袖の折り方といい実に素敵なニットカーディガンの着こなしです。

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「さぁ、セヴリーヌ。あのドアを押して中に入るのよ!」

ブラウンのレザートレンチコートの光彩の素晴らしさ。

台本を読むカトリーヌ・ドヌーヴ。

ヘアスタイル、コート、脚が見える領域、シューズの絶妙なバランス。

セヴリーヌとは一生無縁の世界だったはずの、お金のためにどんな男性ともセックスする世界。何不自由なく貞淑な妻として生きてきた彼女の心の闇。汚らわしい獣のような男に悪戯された少女期の記憶。これがトラウマとなり、優しい美男子の夫と性交渉を持てないセヴリーヌ。

彼女にとってのあの少女期の記憶が、汚される自分に対する戦慄と快楽の妄想を生み出してしまうのです。「もう絶対に妄想もしたくない!」と心に釘を刺しながらも、妄想を繰り返してしまう日々。そして、〝無縁の世界〟〝二重生活〟という言葉の響きに、失神してしまいそうなほど敏感に反応してしまうセヴリーヌ。

ミリタリー・テイストという女性には全く無縁の軍服スタイルに身を包み、最も無縁の世界への扉を開けようとする彼女。「さぁ、セヴリーヌ。あのドアを押して中に入るのよ!」と脳裏に響き渡る声を受け、もう止まることの出来ない背徳への進軍がはじまるのです。

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セブリーヌのファッション4

レザートレンチコート
  • デザイナー:イヴ・サンローラン
  • ブラウンレザートレンチコート、首元とフラップポケットと手首にファー
  • 薄茶のノースリーブシフトドレス
  • ブラウンのレザーグローブ
  • 黒のロジェ・ヴィヴィエ
  • 黒革のハンドバッグ
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フランスほどトレンチコートの似合う国はありません。

レザートレンチのバックシルエット。

ハーフアップのヘアスタイル

この作品ではじめて女性がレザートレンチを着たのかもしれません。

レザートレンチの全体像。こうしてみると必ずしもカトリーヌ・ドヌーヴは、抜群のスタイルを持つ女性ではないことが分かります。

フィッティングの最中。

中に着ているシフトドレス。

今でもまったく違和感のない素晴らしい60年代シルエット。

女性のクールネスを焼き尽くしていくようなブラウンのシフトドレス。

派手なブランドロゴの存在しない世界。

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『昼顔香水』は、ゲランの夜間飛行とミツコでした。

セヴリーヌが愛用している香水は何でしょうか?

セヴリーヌが、友人からパリに残る売春宿の存在を教わった日から、彼女の中に何かが生まれてしまいました。彼女は知ってしまったのです。

売春宿で働いてみたい。その背徳的な妄想が理性の迷路のすべてを打ち壊し、困惑する中、バスルームで香水のボトルに腕が触れ、床に落下した香水の蓋が取れ、香りの水がぶちまけられるのです。

「どうかしてるわ、私…」と我に返るセヴリーヌ。しかし、その香水が落下した瞬間、彼女の中で何かが決定的に壊れたのでした。その時画面上に現れる2つの香水。落下した香水は、ゲラン夜間飛行のコロン。そして、もうひとつは同じくゲランのミツコ

ちなみに、ゲランのオーデ・コロンは、ラベルの丸のカラーにより種類が分かりますシャリマーならレッド、夜間飛行はブルー、ミツコはグリーン、ジッキーはピンクといった具合にです。

夜間飛行=ヴォルドゥニュイのボトルから流れ出る液体は、バスルーム中を包み込む〝悪徳への誘い〟となり、この香りの持つ意味を否応なしに彼女の全細胞に浸透させていくのです。ヴォルドゥニュイ、それは女性が開けてはいけない扉を開けることを決意させる禁断の香りなのです。

作品データ

作品名:昼顔 Belle de jour (1967)
監督:ルイス・ブニュエル
衣装:イヴ・サンローラン
出演者:カトリーヌ・ドヌーヴ/ミシェル・ピコリ