ムーン・リバーと《一日ゲーム》のスコア
歴史に残る名曲となった「ムーン・リバー」をオードリー・ヘプバーンが歌うシーン(ギターも本当に自分自身で弾く)。当初、このシーンは、パラマウント映画の製作責任者(1960-64)だったマーティン・ラッキンによりカットしようと提案されました。
その時、ブレイク・エドワーズ監督と作曲家のヘンリー・マンシーニが見守る中、オードリーは「削りたければ、私の死体を乗り越える覚悟でお願いします!」と大反対したのでした。
結果的に、この曲は同年のアカデミー歌曲賞を受賞しました。更にグラミー賞では最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀編曲賞の3部門を受賞しました。そして、今では名曲として歌い継がれています(インストゥルメンタルとしても永遠のスタンダードです)。
しかし、この曲と同じくらいに印象的なのは、〝今までしたことがないことをしましょう〟という《一日ゲーム》の時に流れるスコアです。とても軽快で、初デートの無邪気な楽しさが伝わる最高にハッピーなスコアです。
《ムーン・リバー》は彼女のために書いた曲だ(ピアノで弾くと黒鍵を使う必要がない)。オードリーほど見事にあの曲を理解している者はいない。この曲はその後1000回以上も録音されたけれど、間違いなく彼女のバージョンが最高だ。
ヘンリー・マンシーニ
彼女はまた猫を一匹飼っており、ギターも弾いた。日差しの強い日には髪を洗い、茶色の雄のトラ猫と一緒に非常階段に座って、ギターをつま弾きながら髪を乾かした。
彼女はとても上手にギターを弾き、ときどきそれにあわせて歌いもした。まるで変声期の少年のようなしゃがれた、割れがちな声だった。
「眠りたくもない、死にたくもない。空の牧場をどこまでもさすらっていたい」。どうやらこの歌が彼女のいちばんのお気に入りのようだった。
『ティファニーで朝食を』トルーマン・カポーティ 1958年(村上春樹訳)
カジュアルも見事に自分のものにできるオードリー
オードリーならファッション・デザイナーになれたでしょうね。驚くほど趣味がいいんです。
イーディス・ヘッド
1959年に公開された『勝手にしやがれ』のヌーヴェルバーグの流れが、この作品のファッションにも押し寄せてきています。フォーマル、ラグジュアリーである事と、カジュアルである事の両極を示すことにより、この作品は、1960年代においても受け容れられる作品となりました。
ジバンシィのオートクチュールのファッションにだけ身を包むオードリー・ヘプバーンが登場する作品であったならば、この作品は、ファッション・バイブルにはなり得なかったでしょう。『麗しのサブリナ』以上に、ジバンシィとイーディス・ヘッドの両極が存在したからこそ、オードリーはホリー・ゴライトリーというファッション・アイコンを創造できたのでした。
ホリーは、ティファニーの前でドレスアップして朝食を食べる一方で、宝石やドレスを脱ぎ捨て、シンプルなカジュアルウエアを着て、朝、ギターを弾く女性でもあるのです。
この作品は、スタイリストに選ばれた服を、シーンにマッチしていないのに着せられている女優(=ファッションショーのような中身のない作品)の作品ではありません。以下の原作の一文に実に忠実な作品なのです。
彼女は常にサングラスをかけて、粋なかっこうをしていた。着る服はとてもさっぱりとしていて、そこには揺らぐことのない趣味の良さがうかがえた。色はブルーかグレーが多く、生地もつやつやしたものではなかったので、その結果彼女自身がずいぶん輝いて見えることになった。
『ティファニーで朝食を』トルーマン・カポーティ 1958年(村上春樹訳)
ホリー・ゴライトリーのファッション5
フォークシンガースタイル
- デザイナー:イーディス・ヘッド
- グレーのスウェットシャツ
- ブルーのカプリパンツ
- バレエシューズ
- 洗い立ての髪にタオルを巻きつける
当初ホリーはマリリン・モンローが演じる予定でした。
19歳のホリーを演じる女優として原作者のトルーマン・カポーティ(65万ドルで映画化権を売却した)が望んでいたのは、マリリン・モンロー(1926-1962)でした(そして、自分自身がポールを演じたいと考えていました)。
しかし、年齢的なものも含め、演技コーチのポーラ・ストラスバーグからコールガールを演じるのはイメージ的に良くないとアドバイスされたマリリンは、土壇場で辞退しました。
そして、シャーリー・マクレーンとキム・ノヴァクにオファーが出されるも断られ、オードリーがホリー・ゴライトリーを演じることになったのでした。ちなみに小説の設定は1943年でしたが、映画化にあたり設定は、1960年に変更されました。
ホリー・ゴライトリーのファッション6
ミンクハット
- デザイナー:ユベール・ド・ジバンシィ
- 先に登場したリトルブラックドレス
- 大振りなイヤリング
- ジヴァンシィのカクテル・ハット。ブラックベルベット。フロントに白いミンクと黒の羽根付きポンポンのファシネーター
- オリバー・ゴールドスミスのサングラス「マンハッタン」(1960年)
オードリーと少し話をしていて、私はまずこう思いました。これほど繊細で優しく、内気で謙遜な女性が、どうしてカメラの前に立って演技をしようなどと考えたのだろう、と。しかし、そのあと実に神秘的な変化が起きました。あの、誰にでも親切で傷つきやすく、控えめな女性が、もてるすべての感性をカメラに集中させて、力強い魔法を生み出すのです。
そんなとき、オードリーはいかにも自然に生きて呼吸しているように見えました。しかも、彼女の言葉や外見の底に漂う微妙なニュアンスや性格は、まったく損なわれていないのです。
ピーター・ボグダノヴィッチ
「少女はトレンチコートを着て大人になるのです」
映画の中で印象深いトレンチスタイルは、『ティファニーで朝食を』のオードリー・ヘプバーンの50年代風の着こなし。ロマンティックだった『シェルブールの雨傘』のカトリーヌ・ドヌーヴ、『カサブランカ』のイングリッド・バーグマン、『クレイマー・クレイマー』のメリル・ストリープ、『愛の嵐』のシャーロット・ランプリング。
私が選ぶトレンチコートのベストドレッサーは、やはり、『ティファニーで朝食を』のオードリー・ヘプバーン、『シェルブールの雨傘』のカトリーヌ・ドヌーヴ、それからクラウディア・シファーだね。
クリストファー・ベイリー(当時バーバリーのクリエイティブ・ディレクター) ヴォーグ・ニッポン2004年2月号より
ホリー・ゴライトリーが、かつて見捨てた夫がやって来ます(この夫役のバディ・イブセンが本当に素晴らしい)。テキサスに戻って来てくれと懇願する夫に対して、愛情深い眼差しでやさしく訴えます。
「お願い、ドク。分かってちょうだい。愛してるわ。でも私はもうルラメーじゃないの。別人よ。」娼婦の生き方を選んだホリーは、田舎で安定した生活を送るよりも、刺激のある都会生活を送ることを決意したのでした。
そして、このシーンこそが、いまだに10代から20代の女性の心を打つシーンなのではないでしょうか?女性として生まれたからには、華やかな大都会で生活してみたい。たとえそれが、破滅への道につながろうとも、それが一瞬の輝きであろうとも、本望だと考える心。
そんな気持ちを表現する女性の戦闘服が、いつの時代でもトレンチコートなのでしょう。少女はトレンチコートを着て大人になるのです。
ホリー・ゴライトリーのファッション7
トレンチコート
- デザイナー:イーディス・ヘッド
- バーバリーのグレーのトレンチコート
- スカーフをアリアーヌ巻き
- 黒のポロシャツ
- グレーのヘリンボーンスカート
- グレーのパンプス
- オリバー・ゴールドスミスのサングラス「マンハッタン」(1960年)
野生のものを好きになってはダメよ。野生の生き物にいったん心を注いだら、あなたは空を見上げて人生を送ることになる。でも、空を見上げている方が、空の上で暮らすよりはずっといいのよ。空なんてただからっぽで、だだっ広いだけ。そこは雷鳴がとどろき、ものごとが消え失せていく場所なの。
『ティファニーで朝食を』トルーマン・カポーティ 1958年(村上春樹訳)
トレンチコートを着て、女性は洗練される
雨の中で、抱き合いキスをするホリーとポール。そして、名無しの猫。濡れるトレンチコートがとても美しいのです。雨と涙と笑顔が似合うファッション、それがトレンチコートなのです。
トレンチコートは、涙を流すとき(雨に濡れるとき)にもっともその魅力が発揮されるワードローブです。だからこそ、ぺらぺらの生地だとしわしわでみすぼらしく見えてしまいます。
作品データ
作品名:ティファニーで朝食を Breakfast at Tiffany’s(1961)
監督:ブレイク・エドワーズ
衣装:ユベール・ド・ジバンシィ/イーディス・ヘッド/ポーリーン・トリジェール
出演者:オードリー・ヘプバーン/ジョージ・ペパード/パトリシア・ニール/ミッキー・ルーニー/マーティン・バルサム