Tomorrow is another day
もう一度人生をやり直すことが許されても、私は女優になり、ローレンス・オリヴィエと結婚したい。
ヴィヴィアン・リー
キスシーンが本当に素晴らしい作品です。それはクラーク・ゲーブルの男っぷりと同じくらいに、ヴィヴィアン・リーのキスの受け身の上手さによるものです。
キスをした後に、とろ~んとした表情で男性を見つめるときの横顔の可愛らしさ。そんな表情が、一瞬で怒りに満ちた表情に変わったり、「さよならのキス」をせがんだりと、抗い難い感情に支配されるそのうるんだ瞳を前にして、女性でさえもぞくっとする色気があります。
「明日はまた別の日がやって来るわ!」。ヴィヴィアン自身もスカーレットと同じように、自分の中の魔性を抑え込めない人生に悩まされていました。
いいえ、悩まされたのではなく、それは女優として生きる自分にとって宿命だったと諦めていたのでしょう。ある突出した才能は、その能力により身体を蝕んでいきます。ローレンス・オリヴィエも彼女の類稀なる才能を愛し、共存しようとつとめたことでしょう。
私がこの想像を絶するほどの美の所有者をはじめて目にしたのは、アンバサダーズ劇場の舞台であった。・・・魔法のようなその容貌は別にしても、彼女は美しい姿態をもっていた、その首はほとんど頭を支えきれないのではないかと思われるほどか弱く見え、それをのせているのは驚きの感覚をもって、すばらしい技巧をほとんど偶然のように見せかけることのできる天才手品師の誇りのようなものをもってであった。
彼女はほかにもまだ何かをもっていた、私がかつて出会ったこともないほどの人の心をかき乱すような魅力を。それはその不思議な感動的な威厳の火花のせいだったのかもしれない。
ローレンス・オリヴィエ『一俳優の告白』
さそり座の女・ヴィヴィアン・リー
わたしはさそり座です。さそり座の人間は、私のように自分を食べ尽くし、燃やし尽くすのです。
ヴィヴィアン・リー
彼女の目には明らかに狂気が宿っています。いや、それは狂気ではなく、その目には、常人の10倍ものスピードで感情の変化を表現している閃光がきらめいているのです。あまりにも動物的なその瞳の持つ力。悪魔と天使が入れ替わるような予測を超えた演技力に夢中になってしまい、その刺激がなくては生きていけなくなり、やがてはその刺激が心身をすり減らしてしまうというパラドックス。
ヴィヴィアン・リーはスカーレットそのものでした。そして、彼女の人生は、この映画から、スカーレットとローレンス・オリヴィエを乗り越えることに費やされるようになったのでした。
それは当時の映画界において最高の演技を披露した自分自身のスカーレットと、演劇界の至宝である夫・オリヴィエを同時に越えねばという神の領域への到達。ただ絶世の美貌を磨き上げることに満足するのではなく、そこから先の領域を目指した人。彼女の苦しみは、躁鬱というよりも芸術家の苦しみだったのでした。
スカーレット・オハラのファッション26
レッドベルベットガウン
- 赤のロングガウン、ラペルの白いレースに刺繍、ワイドスリーブ
- 黒ベルト
スカーレット・オハラのファッション27
女王陛下のようなガウン
- 豪奢な刺繍が施されたルームガウン、襟と袖にはミンク、さらに襟にはオーガンジー
この衣裳は、スカーレットの生活の豊かさをもっとも象徴する衣裳なのですが、実はあのタラで極貧生活を送っていたころの一張羅のドレスととても似た柄であることがポイントです。
そして、スカーレットは、階段から転げ落ちるのです。本作において、数限りなく表れる階段のシーンは、重要なメタファーになっているのです。
スカーレット・オハラのファッション28
ダークネイビーミンクペニョワール
- ダークネイビーミンクペニョワール
- ブルードレス、アコーディオンプリーツのスリーブ
約30着もの衣裳を着たヴィヴィアン・リー
冒頭でホワイトドレスを着ていた純真無垢なスカーレット・オハラは、最後には、ブラックドレスを着ることになります。
そして、最後の最後にレット・バトラーにキツイ一言を言われるのです「謝れば、全ての過去が清算されると思ってるなんて、君はまだ子供だな!」と。そして、君がどうなろうと俺には関係ないと捨て台詞を残しレットは去っていくのでした。
ここからが、ヴィヴィアン・リーという女優の真骨頂なのです。この類まれなる舞台女優は、若干25歳にして、45歳のベテラン女優のような表情の変化(とくに右の眉が上がる瞬間がたまらない)と、恐ろしい動きをごく自然にやってのけるのです(間違いなく凄まじい修練の末に生み出された、身を削るようにして磨き上げた演技力なのでしょう)。
そして、タラに戻って、明日に希望を持とう!という結論を引き出し、この大絵巻は終幕を迎えるのでした。
スカーレット・オハラのファッション29
喪服ドレスPART3
- ブラックドレス
- 大きなカメオブローチ
ヴィクトリア朝時代(1837-1901)とは、ギリシャ文化とローマ文化が見直された時代でもあり、カメオが復権を果たした時代でした。
ハイセンスなスカートスーツを着たヴィヴィアン・リー
1939年アカデミー主演女優賞受賞。
オスカードレス
- デザイナー:アイリーン・ギボンズ(アメリカのココ・シャネル)
- グリーンフローラルシフォンドレス、別名ルック14、赤いケシの花柄、スパゲティストラップ、サイドカットアウト
- 白テンのロングコート
- イエローゴールドにセッティングされたトパーズペンダント
1939年12月15日に舞台となったアトランタでワールドプレミアが行われ、以後、世界的に空前の大ヒットとなりました。そして、1940年2月29日、第12回アカデミー賞受賞式が行われ、ヴィヴィアン・リーが主演女優賞を獲得したのでした。
何よりも恐ろしいのは、デヴィッド・O・セルズニックという男の存在です。プロデューサー兼脚本兼編集として、まずは主要部分の撮影を、125日間ほぼ不眠不休で終わらせ(セルズニックは脚本を毎日のように変え、80%は実は彼が書いたものでした)、1日23時間も編集を行い、時にはぶっ続けで50時間働き、僅か2ヵ月半でこの超大作の編集作業を完了したのでした。
こんな映画を作る国と戦争しても勝てない
(太平洋戦争がはじまったすぐ後の)ある日、撮影所でマル秘の試写が行われた。陸軍が南方で押収したという外国フィルムの特別公開だということだった。
そのフィルムは、当時の日本では上映を禁止されていたアメリカ映画だった。それも、生まれてはじめて見るテクニカラーの『風と共に去りぬ』と『ファンタジア』の二本であった。
・・・『風と共に去りぬ』のヒロイン、ヴィヴィアン・リーの美しさ、ストーリーの楽しさ、面白さ、『ファンタジア』の画面に流れるチャイコフスキーの「くるみ割り人形」の素晴らしいオーケストラ演奏。
私は闇の中で興奮していた。しびれるような感動とショックの連続であった。二本の映画が上映された五時間ほどの間、私は、なにか得体の知れない「栄養」が身体の隅々まで浸透するような快さに、われを忘れ、時間を忘れ、ついでに戦争も忘れていた。
試写が終わって、ドアが開かれ、夕闇のせまった戸外に出たとき、だれかの、呟きとも、ひとり言ともつかない声が低く聞こえた。
「こんな映画を作っている国と戦争しちゃ、まずいな・・・」
『わたしの渡世日記』高峰秀子
太平洋戦争中の1943年にシンガポールで英軍から接収した外国映画を片っ端から見ていた小津安二郎は、この作品も見ています。
更に同時期、本作を見た活動弁士・徳川夢声は「日本は物質的のみならず、精神的にもアメリカに劣っているのではないか」と日記に記すほどのショックをうけました。日本での一般公開は戦後の1952年9月4日まで待たなければならなかったのですが、人々は、アメリカという国のスケールの大きさに圧倒されました。
本作の撮影は5ヵ月かけて行われました。ヴィヴィアン・リーは125日働き(毎日7時にスタジオに入り、毎晩自分で運転して質素なアパートに帰ってきた)、クラーク・ゲイブルは71日間働いたのですが、ギャラはクラークの約1/5でした。ヴィヴィアンは、クラークがサラリーマンのように毎日午後6時にセットを出る人だったので、彼を、怠け者で、あまり頭がよくなく、反応のにぶい俳優と考えるようになっていました。
しかし、彼の礼儀正しさは褒めていました。実はクラーク自身も、ヴィヴィアンの本格的な演技を前にして、常に自信を失っており、超大作の主役を演じることをとても怖れていたのでした。
作品データ
作品名:風と共に去りぬ Gone with the Wind (1939)
監督:ヴィクター・フレミング
衣装:ウォルター・プランケット
出演者:ヴィヴィアン・リー/クラーク・ゲーブル/オリヴィア・デ・ハヴィランド/レスリー・ハワード
- 【風と共に去りぬ】スカーレット・オハラという女の一生
- 『風と共に去りぬ』Vol.1|ヴィヴィアン・リーとスカーレット・オハラ
- 『風と共に去りぬ』Vol.2|スカーレット・オハラ役のオーディション
- 『風と共に去りぬ』Vol.3|スカーレットのウエディングドレスと喪服
- 『風と共に去りぬ』Vol.4|スカーレットの夕陽の中での下剋上宣言
- 『風と共に去りぬ』Vol.5|コロンを飲むヴィヴィアン・リー
- 『風と共に去りぬ』Vol.6|ヴィヴィアン・リーとウォルター・プランケット
- 『風と共に去りぬ』Vol.7|スカーレットの伝説のワインレッドガウン
- 『風と共に去りぬ』Vol.8|アカデミー主演女優賞を獲得したヴィヴィアン・リー
- 『風と共に去りぬ』Vol.9|オリヴィア・デ・ハヴィランドという天使
- 『風と共に去りぬ』Vol.10|オリヴィア・デ・ハヴィランドとアカデミー賞