ストレート トゥ ヘブン
原名：Straight to Heaven
種類：オード・パルファム
ブランド：キリアン
調香師：シドニー・ランセスール
発表年：2007年
対象性別：男性
価格：50ml／37,950円
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キリアンが「セックス・マグネット」と呼ぶ香り
©Kilian
ある日、私が歩道ですれ違った男性に「ストレート トゥ ヘブン！」という言葉を投げかけられました。そして、彼は自分の男友達がニューヨークでこの香水をつけていたときの話をしてくれました。
その友達はある日、「ストレート トゥ ヘブン」を身に纏いレストランに座っていました。すると突然、一度も会ったことのない身なりの良い上品な女性が、急接近し、彼の首筋を舐めてきたのでした。
キリアン・ヘネシー（キリアンはこの香りを〝セックス・マグネット〟とも呼んでいる）
キリアン・ヘネシーは2007年10月に「バイ・キリアン」（現在は「キリアン」）という名でブランド創業するにあたり、6作品からなるコレクション「ルーヴル ノワール —愛が描く甘い誘惑の世界—」を発表しました。このコレクションは、三つのテーマに分けられています。
「ストレート トゥ ヘブン（天国にまっしぐら）」には「ホワイト・クリスタル」という副題がついています。Artificial paradises（人工の楽園、ボードレールの詩より）のテーマで生み出された香水です。
人工の楽園とは、ドラッグ（阿片など）によって人為的に到達できる〝理想の世界〟のことです。男らしさはあるが、女性も身に纏える香水です。一言で表すならpain（苦）です。
セックスの絶頂の瞬間の香り
この香りは、キリアン・ヘネシーが幼少期を過ごした祖父の城にあるヘネシーのコニャック・セラーの想い出がその発想の源です。
オーク樽の中でコニャックが熟成し、時間が経つにつれて蒸発していきます。この目減りする分量のことを〝天使の取り分〟と呼びます。この香りは、蒸発していくコニャックが、天国へまっしぐらに進んでいく情景をラム酒に置き換えた香りなのです。
カリブ諸島の熱気と狂気をはらんだ生命力を宿す魔法酒＝ラム酒の中に投入された、ドライフルーツとパチョリが生み出すウッディ・スパイシーな香りは、当時弱冠27歳の若手調香師であったシドニー・ランセスールにより調香されました（ミシェル・アルメラックの弟子）。
彼女は、たった15の香料で、ラム、パチョリ、シダーのトライアングルを中心にこの香りを創造しました。ちなみにこの香りは、キリアンがラム酒の香りをシドニーに依頼して作ってもらったのではなく、何ヶ月もラム－パチョリ・アコードを生み出そうとしている若手調香師がいると聞きつけ、キリアンが彼女の香りを試香したことからはじまりました。
キリアンはただ一言「ストロングなアンダートーンを持つユニークな香り」をお願いしますと要望を出しました。
そして、フレグランス史上初めて、「天国に飛んでいく感覚」＝セックスにおけるエクスタシーの瞬間を表現した香りが誕生したのでした。つまりこの香りは、〝Straight to Hell〟が〝Straight to Heaven〟になるということなのです。
香りの名に秘められた意味
私はこの香りをとても愛していたが成功する香りとは思っていませんでした。なぜなら、シトラスは存在せず、通常男性が愛するフレッシュな香りではなかったからです。さらにフローラルも一切存在せず、食べたくなるようなものも存在しない、心地よさを追及した香りではなかったからです。
キリアン・ヘネシー（この香りは、キリアンでもトップ3に入る売り上げを上げている香り）
「ホワイト・クリスタル」という副題には、この香りの危険なイメージが秘められています。それはメタンフェタミンの隠語であり、クリスタルメスとも呼ばれる白い粉のドラッグの意味があります。メタンフェタミンは匂いがほとんどなく、苦味がし、水やアルコールに簡単に溶かすことができます。
人工の楽園の背景、キリアンの愛する詩人たちの時代を考えると、このサブタイトルは、まるでドラッグのようにエクスタシーの瞬間に到達できるという意味も秘められていることが予想できます。
ちなみにキリアン自身は、この香りこそ、仕事場でつけていく香りにふさわしいと推奨しており、2018年のインタビューにおいては「私には5人の大親友がいるのですが、全員この香りを選んでつけています」と答えています。
エクスタシーの瞬間が五感に押し寄せる香り
©Kilian
この香水の中心はラムで、熱く深みのあるパチョリをともにカリビアン諸島の熱気とブレンドし、セクシーなノートを生み出しています。そのミステリアスな雰囲気は、ナツメグ、シダー、ブラジリアンローズウッドによって深められています。この生気を与えるアルコールは禁断の果実を食べたくなるような誘惑を必ずや引き起こすでしょう。
キリアン・ヘネシー
「天国にまっしぐら」に進んでゆくこの香りは、一言で言うと、ラム酒に漬け込まれた禁断の果実にかぶりつくような香りです。それは匂いを香りにしたのではなく、行為を香りにしたフレグランスなのです。
別名「ホワイト・クリスタル」は、濃厚な大人の甘さが放物線を描くように伸びていくラム酒の薫りを予想すると拍子抜けするほどに、コニャックを連想させるメタリックなアルコールがスッと鼻腔を通り抜けるような香りからはじまります。
それはまるで快楽の絶頂を迎えたように一瞬のものです。ここにバニラとドライフルーツ、ナツメグが溶け込んでいくことにより、不思議なお酒の甘みと苦味が深まってゆきます。
やがて、マルティニーク・ラムの抽出成分（7％濃度、ロベルテ社によるもの）が本格的に活動を開始します。ラムにアンバーグリスが溶け込み、先のバニラとドライフルーツがブレンドされていく中で、シダーウッドが加えられてゆきます。
25％濃度のヴァージニア産シダーは、濃厚なラムに対して鉛筆を削るようなフレッシュな芳香を放ちます。実に興味深いのは、この香りの中には、合成香料のヘディオンが8.5％の濃度で使用されているという点です。
このヘディオンの役割については、ジャン＝クロード・エレナのこの説明が最も分かりやすいと思います。
つまりは、ジャスミンをはじめとするフローラルやシトラスに輝きを与える効果があるのです。
かくして、甘くもスパイシーなラム酒とシダーウッドがシンクロし、身も心も急転直下もしくは昇天してゆくのです。さらに、そこに加わるアーシィーかつグリーンなジャワ産パチョリがカカオのようなコクと深みとスモーキーさによって〝真っ白に燃え尽きるような感覚〟へと導いてくれます。
実はこの香りの中で、パチョリは最も濃度が高く30％を占めています。そのため、この香りには、お香のようなスモーキーさを強く誘発する部分もあります。
最終地点で存在感を示す賢者のホワイトムスク（20％濃度）は、スモーキーなドライウッドとラム酒を円やかに蕩けさせながら、複雑な天国の余韻を残して、やがて消えてゆくのです。
この香りは、通常のキリアンの香りに対して持続力が弱かったこともあり、海外では「エクストリーム」バージョンが販売されています。それはキリアンが最もセクシーだと断言する香水です。
ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「ストレート トゥ ヘブン」を「未完のオリエンタル」と呼び、「けちけちした、冴えない配合。まるで超音波の犬笛を耳元で吹かれているように、ウッディアンバーの合成香料が大量に投入されているせいで台無しだ。」と2つ星（５段階評価）の評価をつけています。
香水データ
香水名：ストレート トゥ ヘブン
原名：Straight to Heaven
種類：オード・パルファム
ブランド：キリアン
調香師：シドニー・ランセスール
発表年：2007年
対象性別：男性
価格：50ml／37,950円
シングルノート：ホワイトムスク、インドネシア産パチョリ、ヴァージニア・シダー、アンバーグリス、ジャワ産ナツメグ、バニラ、ラム、ドライフルーツ、ブラジリアン・ローズウッド、ヘディオン
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