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ゲラン

【ゲラン】サムサラ(ジャン=ポール・ゲラン)

ゲラン
©GUERLAIN
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サムサラ

原名:Samsara
種類:オード・パルファム
ブランド:ゲラン
調香師:ジャン=ポール・ゲラン、アン・マリー・サジェ
発表年:1989年
対象性別:女性
価格:75ml/19,800円
公式ホームページ:ゲラン

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涅槃を目指し、輪廻転生する香り

撮影:ジョヴァンニ・ガステル、1989年-1994年 ©GUERLAIN

1995年-1997年 ©GUERLAIN

サムサラはゲランの救世主でした。

シルヴェーヌ・ドゥラクルト

1889年にニ代目調香師エメ・ゲランによりゲランの名香「ジッキー」が生み出されました。ゲランの歴史はこの香りからはじまると言っても過言ではないです。

そして、その100年後の1989年に生み出された香り名を「サムサラ」と申します。その名の意味は、サンスクリット語で、〝サンサーラ(संसार saṃsāra)永遠の再生〟=〝輪廻転生〟を意味します。

1966年にアルノー・デジャルダンが監督したチベット仏教をテーマにしたドキュメンタリーが、世界中の人々に、チベットをはじめとするインド仏教に対する好奇心を掻き立てました。「サムサラ」という言葉が、はじめてフランスで紹介されたのも、このアルノーによってでした。

1970年代に入り、フレグランスの世界は、急激に世界規模のマーケットとなり、顧客層も、今までの特別な層(富裕層、アーティスト、夜の商売の人々)から、一般層へと広がっていくようになりました。特に、1980年代において、一般層にアピールするコマーシャルとの連携が強化されるようになったのでした。

一方で、1980年代半ばから、旅客機が一般的になり、人々はエキゾチックな場所や、冒険心が満たされる秘境を求めるようになり、インド、チベット、タイ、カンボジアのような地に対する憧れを持つようになりました。

そのような背景の下で生み出されたこの香りは、ゲランがはじめてCMに力を入れた香りでした。5000万ドルの予算をかけ、人気フォトグラファーのジョヴァンニ・ガステルを招聘し、ミラノのスタジオにチベットを再現し、バーバラ・ヘンドリックスが「サムサ~~ラ」とソプラノし、撮影されたのでした。

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ジャン=ポール・ゲランが最愛の女性に捧げた香り

アンディ・ウォーホルが撮影したデシア・ド・ポー。

デシア・ド・ポー(真ん中)

1979年の「ナエマ」と1983年の「ジャルダン バガテール」が北米市場でこけた事により、ゲランは1980年代半ばに、一人のアメリカ人の女性エバリュエーターをコンサルタントとして雇用することにしました。1978年に「ローレン」を成功させたジル・レズニックという女性です。

そして、彼女の提案により、ジボダンやフィルメニッヒの社外調香師とジャン=ポール・ゲランを競わせ、〝ゲランの新時代〟を象徴する香りを「ジッキー」から100年後になる1989年に発表するプロジェクトを開始したのでした。

丁度同じ時期にジャン=ポール・ゲラン(1937-)にもひとつの新しい感情が芽生えていました。1980年6月に二度目の結婚生活に失敗し、離婚していた彼は、1985年に乗馬の調教師を通じてひとりの未亡人と知り合いました。

彼女の名をデシア・ド・ポー(1942-)と言います。イギリス出身のベルギー人女性の彼女は前年に大富豪の夫を亡くしたばかりでした。ドレサージュの選手でもあるお互いの共通点が、二人を結び付けたのでした。

そして、ジャン=ポールは、ある日、デシアに対してずっと気になっていた質問をしたのでした。「なぜあなたは香りを身に纏わないのですか?」と。

その問いに対し、デシアは「私はずっとシャマード(1969)や、モリニューのフェット(1962)やヴィーブ(1971)を使っていました。でも段々と香りが昔と違うように感じたので今は何もつけていません。今私にアピールする香りを見つけることができないのです」と答えたのでした。

「是非私にあなたのための香りを作らせてください」という一言と共に、愛する女性のために作る香りという、ジャン=ポールの真価が最高に発揮されるシチュエーションでこの香りは生み出されたのでした。

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通常の20倍以上のサンダルウッドを使用した香り

撮影:パトリック・デマルシェリエ、1998年-1999年 ©GUERLAIN

ジャン=ポールと一緒に働いていた時、何度も聞かされたのは、彼がどんなにサンダルウッドを愛しているかということでした。

しかし、いざ、サンダルウッドをジャスミンとブレンドさせ香りを作るとなると、何を作っても、すでに存在するような香りになるというジレンマに悩まされました。

シルヴェーヌ・ドゥラクルト

ジャン=ポール・ゲランは、デシア・ド・ポーの香りを作るため、彼女が最も愛している香りが、お風呂の水に混ぜるジャスミン精油とサンダルウッド精油をブレンドした精油であることを知りました。

彼自身もジャスミンとサンダルウッドが好きだったのですが、この二つをブレンドさせた香りを調香したことがありませんでした。しかし、苦闘の末に1985年内に香りを作り上げ、無事デシアに「Delicia」という名のその香りをプレゼントすることが出来ました(以後二人は19年間交際することになった)。そして、彼女は、サムサラが完成するまで4年間ずっとこの香りを身に纏うようになりました。

そんな経緯の中、ジャン=ポールは、1989年に発表するゲランの新作の(競争用の)試作品として、この「Delicia」を更に進化させたバージョンを生み出そうと考えたのでした。

かくして、デシアとジャン=ポール、そして、優秀なもう一人の調香師アン・マリー・サジェの三人で作成に取り掛かるのでした。そして、2年間に309回の処方を繰り返し、ようやく最終作は完成し、社外調香師とのブラインドテストに参加したのでした。

結果的に、ジャン=ポールのこの試作品が選ばれることになり、ここに「サムサラ」が誕生したのでした。

いままでこれほどのサンダルウッドが使用された香りはありませんでした。なぜなら、サンダルウッドは非常に粘り強い香料なので伝統的に1~2%しか使用されなかったからです。しかし、ジャン=ポールは25%ものサンダルウッドを大量投与したのでした。

シルヴェーヌ・ドゥラクルト

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最もゲランらしくない、最もゲランらしい香り

撮影:パトリック・デマルシェリエ、2000年 ©GUERLAIN

撮影:パトリック・デマルシェリエ、2000年 ©GUERLAIN

サンダルウッドとジャスミンは、神殿と神の香りです。南東アジアの精神。特にサンダルウッドはヒンドゥーの世界で神聖な精油です。そして、紀元前4世紀から使用されているという記録が残る、香水の世界で最も古い原料のひとつなのです。

ジャン=ポール・ゲラン

ゲランの輪廻転生のはじまりは、ベルガモットとピーチ、イランイランの神秘的な三重奏からはじまります。言葉の表現の領域を易々と飛び越えた〝神の領域〟とも言えるこのトップノートこそ「サムサラ」が〝最初から最後まで愛で包み込む香り〟と呼ばれる所以なのかもしれません。

ある人は、サムサラはゲランらしくないと言います。そのたびに私はこう答えていました。この香りは今まである同じような香りを作ったのではなく、常に新しい香りを創造してきたゲランの新しい香りなのです。だからこそ最もゲランらしくない、最もゲランらしい香りなのですと。

シャリマールール ブルーを愛している女性がターゲットではなく、今までゲランをつけたことのなかった女性がターゲットの香りなのです。

シルヴェーヌ・ドゥラクルト

ゲランは、トップノートから人々の心を打つ香りを作ることにしました。だからこそ、この香りは、今までゲランに惹きつけられなかった人々を惹きつけることになったのでした。

トップノートの神秘性の奥にある神の存在。それはジボダンの合成香料サンダロールと、ごく少量ながら天然のサンダルウッド、さらにはフィルメニッヒの合成香料ポリサントールによるサンダルウッドの三重奏です。先の三重奏とこの三重奏がホーミーのように倍音唱法を開始します。この香りの素晴らしさの秘密はここにあります。

やがて輪廻転生という〝苦〟の状態から、二度と再生を繰り返すことのない〝解脱=涅槃(ニルヴァーナ)〟を求めるように、ベルガモットとピーチ、イランイランが減退する中で、ジャスミンがカルマのように、サンダルウッドの前に姿を現します。

さぁ、ニルヴァーナの始まりです。ジャスミンとサンダルウッドに、水仙が深淵さを、ローズがスパイスを、アイリスとバニラとトンカビーンが浮遊感を与えていきます。さぁ、昇っていくのです!

がしかし!ここでゲルリナーデが現れ、ニルヴァーナは見事に失敗し、煩悩の極致とも言える官能性に包まれながら、サムサラはゲランにおいて永遠のものとなるのです。

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煩悩の中で輪廻転生を繰り返す香り

©GUERLAIN

ロベール・グラネが最も苦労したと述懐しているこのボトルのデザインは、ギメ東洋美術館に陳列されていた像からインスパイアされたものでした。その像は、10世紀に僅か16年間だけアンコール王朝の王都だったコーケーにある遺跡群のひとつプラサート・クラハム(赤い寺院)で見つかったカンボジアの踊り子の像でした。

40ものボトル・サンプルを作り上げた上で、仏教でも神聖な色である赤色と、仏僧の袈裟の色だけでなく幸せを象徴する色であるサフラン・イエローを配し、遂に「サムサラ」のボトルは完成したのでした。

通常よりも予算をかけて生み出されたこの香りは、1989年に発売され、僅か18ヶ月で投資額を回収するほどの大ヒット作となりました(1995年には、ゲランの香水の売り上げの15%を占めるシャリマーと同じく、15%を占めていました)。

タニア・サンチェスは『世界香水ガイド』で、「サムサラ」を「サンダルウッド・ジャスミン」と呼び、「サムサラはある例外を除けば、あらゆる点でゲランの古典的なスタイルに則っている。最高級の濃厚なジャスミンとイランイランが存分に香りたつ。バナナからリコリス、青草に至るまでの芳醇なフローラルのアコード「アトラプ クール」で我々があんなにも愛した、焦げた砂糖のようなアンバーの麗しくも複雑な香り。言い換えれば、高品質な原材料たちが織りなす、豪華絢爛な香水となっている。

「しかし、サンダルウッドだけが例外だ。かつてのサムサラは、インド産の良質な本物のサンダルウッドがかなり入っていたと聞いた。しかし、同時に陶器にもひびが入りそうな合成香料ポリサントールも大量に投入されているということで評判が悪かった。その香りといったら、雷が轟くがごとくで、地面に耳を押し当てたら近づいてくる音が聞こえてきそうなほどだ。マイソールで採取されるサンダルウッドは、インド政府の絶滅に瀕した種を保護する条例により、今やほとんど手に入らない。」

「つまりサムサラには合成香料がさらに投入されるようになってしまった。哀しいことに、美しいフローラルの香りの陰に、胃もたれしそうなプラリネとココナッツの重たい人工的な調合が潜んでいるのだ。まるでガールスカウトが売っている、あのひどいサモアとかいうクッキーのようだ。箱を見ているだけでも胃痛が起きる。」

「会社の公式な説明に反して、噂ではサムサラはゲランの香水では初めての社外の調香師による作品だという。真偽のほどはわからないが、その後に発売された(あまりにひどい)「マホラ」「シャンゼリゼ」などをとってみても、サムサラが、引き返すことのできない伝統からの逸脱であったと感じている人は多い。」と5つ星(5段階評価)の評価をつけています。

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同じ年、ニルヴァーナ(=涅槃)が世に出た!

そして、サムサラが誕生した同じ年、アメリカでサムサラと縁の深い名を持つロックバンドが彗星の如く現れたのでした。そのグループの名をニルヴァーナと申します。

彼らは3年後に発売されたセカンド・アルバム『ネヴァーマインド』により、世界中にニルヴァーナ旋風を巻き起こし、空前のグランジ・ムーヴメントへと導いていくことになるのでした(1994年に、27歳のカート・コバーンは、〝だんだん消えていくより今燃え尽きる方がいい〟の遺書を残しショットガンで自殺する)。

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香水データ

香水名:サムサラ
原名:Samsara
種類:オード・パルファム
ブランド:ゲラン
調香師:ジャン=ポール・ゲラン、アン・マリー・サジェ
発表年:1989年
対象性別:女性
価格:75ml/19,800円
公式ホームページ:ゲラン


トップノート:イランイラン、ピーチ、ベルガモット、グリーンノート、レモン
ミドルノート:アイリス、ジャスミン、水仙、ニオイ・イリスの根茎、ローズ、ヴァイオレット
ラストノート:サンダルウッド、バニラ、アイリス、トンカビーン、アンバー、ムスク