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深作欣二

『魔界転生』Vol.2|佳那晃子様の「ごろうじませ、忠興様」

深作欣二
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辻村ジュサブローの『魔界転生』

ものに出会って驚くという体のしくみこそ、人間のすべての創造の源泉だと言っても言い過ぎにはならないと思います。驚くことは喜びを知ることであり、恐ろしさを知ることでもあります。太陽が昇ることを驚き、草が芽を吹くことに驚き、生命の不思議さに驚くことは、生きる者の智恵につながっていきます。

知識があっても知恵がなければ、人は生きていくことができません。まして創造的な仕事をすることなど、思いもよらぬことです。創造的な活動とは、自分だけの驚きの体験を、創作家の智恵を通して、人々の驚きにまで進めていくこととも言えるのではないでしょうか。

辻村ジュサブロー

この作品においてとても重要な役割を果たした人。それは人形作家(人形浄瑠璃師)である辻村ジュサブロー(1933-2023)の衣装でした。この方の参加なくして山田風太郎の世界観の映像化は成しえなかったでしょう。どれほど俳優が素晴らしくとも、衣装が登場人物に生命を吹き込まないと、その作品が、現実離れした物語であればあるほど、映像は空回りしてゆきます。

辻村ジュサブローの生涯は反骨の生涯でした。1933年旧満州国錦州省に生れ、少年時代を中国大陸で過ごしました。1944年、11歳の時、日本に引き揚げ、広島市内に居住しました。しかし、1945年の原爆投下の3ヶ月前に母の郷里である広島県三次市に引越しし、被爆を免れます(同級生の多くが、原爆症で死にました)。

1959年に人形創作を一生の仕事と決意し、かわいい人形ではなく、「人間の本質を、人形たちに語らせたい」という観念で、人形の創作に励みました。

1973年、 NHK『新八犬伝』で人形美術を担当し、「玉梓の怨霊」をはじめとする300体もの人形を作り、一躍人気作家となりました。1978年、蜷川幸雄演出、平幹二朗主演『王女メディア』『ハムレット』のアートディレクター(衣裳、小道具、メイク)を担当。1980年、蜷川幸雄演出『NINAGAWAマクベス』のアートディレクターを担当。以後蜷川幸雄の多くの作品に参加しました。

人形からはじまり、原爆を通過し、人間に至り、人形を操り生み出す独特の世界を通じて、人々の心に訴えかける物語を紡ぎだすという、唯一無二の芸術形態を作り上げた人形作家ジュサブロー。この作品の奇跡は、破天荒なオカルト時代劇を、超一流の人々が本気で創作したところにあります。

だからこそ、これから再評価されるべき日本映画の至宝の一つであり、とりわけ佳那晃子様が演じた細川ガラシャは日本女性にとて、〝日本女性の秘められた魔性〟を知るための〝永遠に憧れの物の怪〟なのです。

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辻村ジュサブローの人形浄瑠璃で再現する魔界転生。

文庫版の表紙に登場するジュサブローの魔界人形。

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細川ガラシャの衣装3

市女笠
  • 恐らく辻村ジュサブローがアドバイスした着物
  • 市女笠
  • 若草色の袿(うちき)
  • ロザリオ

鬱蒼とした森の中で映える若草色の袿(うちき)。

市女笠に、透け透けの垂れ衣。

左には、緒形拳が扮する宮本武蔵が控える。

倒れている青年は、真田広之が演じる伊賀の霧丸。

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細川ガラシャの衣装4

白無垢
  • 赤ふきの白無垢


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3種類のメイクアップで表現される日本女性の美

とんでもなく美しい佳那晃子様の横顔。

天上眉ではない細眉メイク。

憎しみの中からこそ、いとしいと思う心がはじまりますゆえ・・・

細川ガラシャ(佳那晃子)

この作品は、細川ガラシャ様のための作品でした。そのガラシャ様を演じる佳那晃子様の、3種類のメイクアップで表現される日本女性の至純の美。天上眉、細眉、眉消しの3種類なのですが、このメイクが全て似合っていました。

特に晃子様の眉消しメイクの美しさといったら、奇跡的としか形容しようがありません。日本女性の美の観念が再発見できる3段階メイクです。

この作品は、日本人女性の美に関する雑誌や本の類いで全く取り上げられることのない作品ですが、私は、この中の晃子様にこそ、日本人女性の美のおおよそ全てが詰まっていると考えます。

それは何か?日本女性の美とは、「狂おしさ」と「儚さ」を感じさせる目と口の動き。目はぱっちりと開かずに虚ろな眼差しで、全ての所作はゆっくりと。まるで世界が止まっているが如く、幽玄さ、神秘性といった西洋人には踏み込めない領域に、ゆっくりとゆっくりと踏み込む美学。

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細川ガラシャの衣装5

魔界へと誘う妖美な着物
  • 恐らく辻村ジュサブローがアドバイスした着物
  • 白無垢の女官の装いから
  • 紫色の袿(うちき)

そして、ドキっとする着替え姿。

和の妖しさが凝縮されています。

姿勢がとても美しいので目が釘付けになります。

紫色の着物を着る細川ガラシャ。

ブルーとレッドのアイシャドーがスゴい。

何よりも素晴らしいのはメイクに負けていないところです。

ぞくっとするほどのうつくしさ。

どんな男でさえも骨抜きにしてしまいそうな説得力があります。

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これほど素晴らしく狂乱する姫様の芝居を見せる女優がかつて存在したのだろうか?

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黒髪の復権。日本女性は今、細川ガラシャに向かおうとしています。

「ごろうじませ、忠興様」「どきゃら~」乱心するガラシャ様。

燃える、燃える、ごろうじませ、忠興様。江戸一面に燃え広がったあの火の海のうつくしいこと。うつくしいこと・・・

細川ガラシャ(佳那晃子)

「ごろうじませ、忠興様」。佳那晃子様の台詞回しの素晴らしさ。あなたこそ、うつくしいことうつくしいことなんです。炎に包まれた江戸城天守閣で、高笑いする狂気さえも、美しいと感じてしまうこの人の魔性。私はこの人となら一緒に「ごろうじませ」たいと願ってしまいました。

貞淑なガラシャ様が、しずやかに妖艶なガラシャ様に変身し、最後には、狂乱のガラシャ様になる。この芝居の幅の広さ。しかし、当初深作監督が希望していた松坂慶子様が演じるガラシャも見てみたい気がします。

さて、この作品の妖しさを生み出す一役を担っていたのが、『砂の器』(1974)の組曲「宿命」を作曲・ピアノ演奏したジャズピアニスト、菅野光亮(1939-1983)が担当した音楽です。人間国宝・山本邦山の尺八と赤尾三千子の横笛が、映像に自然に溶け込んでいます。

作品データ

作品名:魔界転生 (1981)
監督:深作欣二
衣装アドバイス:辻村ジュサブロー
出演者:千葉真一/沢田研二/佳那晃子/真田広之/若山富三郎