プール ムッシュウ オードゥ トワレット
原名:Pour Monsieur Eau de Toilette
種類:オード・トワレ
ブランド:シャネル
調香師:アンリ・ロベール
発表年:1955年
対象性別:男性
価格:100ml/18,480円
公式ホームページ:シャネル
ココ・シャネル存命中に唯一発売されたメンズ・フレグランス

©CHANEL

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ガブリエル・ココ・シャネル(1883-1971)が存命中に発売された唯一のメンズ・フレグランスが「プール ムッシュウ」でした。この香りは、1954年にシャネルが71歳でファッション・シーンにカムバックした翌年に誕生しました(同年、2.55バッグも誕生している)。
ちなみにココは、1939年以降、クチュールのブティックは締め、香水とアクセサリーの販売だけをピエール&ポール・ヴェルテメール兄弟にカンボン通り31番地で任せました。しかし1940年6月14日に、ナチス・ドイツ軍がパリ入城し、ユダヤ人のピエール&ポールはニューヨークに逃げました。
一方、ココは、ナチス・ドイツの本部があるオテル・リッツに住み、若いナチス将校と恋愛関係になりました。ココはこの時期、ヴェルテメール兄弟から会社の経営権を奪い取ることを画策しました。
しかし、1944年8月25日に、ドイツ軍からパリが解放され、その2週間後、ココは逮捕され、即日釈放後、スイスに亡命しました。紆余曲折の末、ヴェルテメール兄弟と和解したココは、1954年2月5日に、31番地にクチュールのメゾンを15年ぶりに再びオープンしました。
そしてシャネルの香水部門は、ピエール・ヴェルテメールの下で、1954年にアンリ・ロベール(1899-1987)が二代目尊属調香師に就任することになりました(エリザベス・アーデンの専属調香師になるところをより高額の給与で引き抜きました)。
そしてココは、メンズ・フレグランスの創造に反対する中、メンズの定番であるフゼアではなく「No.5」の流れを汲むシプレのメンズ・フレグランス「プール ムッシュウ」を誕生させたのでした。
「A Gentleman’s Cologne」「Chanel for Men」の名で販売。

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当時、フランスでのみこの名で発売され、英国では「A Gentleman’s Cologne(紳士のコロン)」、米国では「Chanel for Men(男性のためのシャネル)」の名で販売されました。
そして、1989年に「プール ムッシュウ」の名に統一され、再販されました。パルファン・シャネル社は、1955年からフォーミュラは一切変更されていないと主張しています(明らかにオークモスの使用量等に違いが見られます)。
クラシカルなメンズ・フレグランスという捉え方よりも、紳士と呼ばれる男性にとって、カシミヤのコートやコットンギャバジンのトレンチコート、マイルス・デイヴィスのジャズ、スタイル・カウンシルのポップソング、ヘネシーのパラディのような永遠の定番のひとつという捉え方が、この香りの本質を伝えてくれていると思います。
レモンスライスを添えた辛口のジントニックの香り

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フレッシュなレモンを中心としたネロリ、プチグレンによる、キラキラと明るくて軽やかで、円やかで柔らかなシトラス・シャワーからこの香りははじまります。弾けるようではなく、太陽の温もりに包まれていくような独特な高揚感に満たされます。
すぐにシトラス×ネロリの霧の中から、オークモスとラブダナムに包まれたクリーミーな甘さと苔っぽい心地良さが漂いはじめます。苦みと甘みと酸っぱさが絶妙なバランス(シプレの黄金比)で感じられる、全てが激しさとは無縁なところにこの香りの素晴らしさはあります。
やがて甘くもスパイシーなナツメグ、カルダモン、コリアンダーに、ジューシーなジンジャー、ハーバルなバジルとバーベナが折り重なり、レモンはピリリと流れる水のような清々しさと共に、すべてがひとまとめになります。そしてマダガスカル産のバニラがムスクの風に乗り、ベチバー、シダーと溶け合い、見事なまでにスモーキーグリーンな〝生まれながらの優雅さ〟に包まれた威風堂々たる余韻を与えてくれます。
最初から最後まで美しいレモンとオークモス×ラブダナムのハーモニーが素肌で感じ取れる、バランスのとれた抑制による、真にエレガンスな香り。それは、自分自身の中に潜む究極のエレガンスを、極めて控えめに、期限付きで引き出してくれる香りです。だからこそ、これほど持続力のない香りにもお目にかかれないほどに持続力は短いのです。そのはかなさ故に、時代を超越した香りです。
それはココ・シャネルが望まなかったメンズ・フレグランスであったにも関わらず、ココが愛したボーイ・カペルやドミトリー・パヴロヴィチ大公、ウェストミンスター公が身にまとうに相応しい、レモンスライスを添えた辛口のジントニックの香りとも言えます。
11年後に発表されたエドモン・ルドニツカによるディオールの「オー ソバージュ」ともよく比較される香りです。「プール ムッシュウ」がグリーンシプレであるなら、「オー ソバージュ」はシトラスシプレです。
ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「プール ムッシュウ」を「男性向けシプレ」と呼び、「具体的にいえば、この香りは斬新なシプレで、また、このジャンルを定義する、涼しいベルガモット、甘いラブダナム、そして飾り気のないオークモスの完璧なアコードである」
「またそれを超えると、クラシックな男性用の香水に必要な、的確な音色と量感も示してくれる。つまり、温かみがあり、リラックスし、自信に満ちた声で、静かで旋律的なので、笑みをこぼしているのが聞こえてくるようだ。よく耳を傾けてほしい、そうすればバルタサル・グラシアンの著書『賢く生きる知恵』を読む必要もない」と5つ星(5段階評価)の評価をつけています。
香水データ
香水名:プール ムッシュウ オードゥ トワレット
原名:Pour Monsieur Eau de Toilette
種類:オード・トワレ
ブランド:シャネル
調香師:アンリ・ロベール
発表年:1955年
対象性別:男性
価格:100ml/18,480円
公式ホームページ:シャネル
トップノート:ネロリ、プチグレン、シチリア産レモン
ミドルノート:コリアンダー、ジンジャー、バジル、カルダモン、ホワイトペッパー
ラストノート:オークモス、ベチバー、シダー、バニラ