マレーネ・ディートリッヒ

マレーネ・ディートリッヒ3 『上海特急』1(2ページ)

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作品名:上海特急 Shanghai Express (1932)
監督:ジョセフ・フォン・スタンバーグ
衣装:トラヴィス・バントン
出演者:マレーネ・ディートリヒ/アンナ・メイ・ウォン

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「安いもので高価そうに見えるものはない」

ディートリッヒは、決して他人にメイクをさせない人でした。

彼女はなんだろうと調和を乱すものに対して第六感が働くだけでなく、忠実な番犬もついてきた。すなわち全身が映る鏡である。枠にはめて移動式の台にのせてあるその鏡は、両側に三つずつ、高ワットの電球を取り付けてあり、フォン・スタンバーグのカメラや、ディートリッヒの視野の端にとらえられる映像をすべて映し出す位置を保っている。彼女は絶えずその鏡を使って、何だろうと、どんな具合にだろうと不完全なものがあれば、すべて調整し、修正するのだった。この病的なまでの完全主義に、フォン・スタンバーグはけっして口出ししなかったし、忍耐心を失うこともなかった。

「ディートリッヒ」マリア・ライヴァ(マレーネの娘)

嘆きの天使』(1930)『モロッコ』(1930)『間諜X27』(1931)の主演によって、ハリウッド・スターになったマレーネ・ディートリッヒ(1901-1992)が、当時ハリウッドの女王として君臨するグレタ・ガルボと人気を二分するスターにまで登り詰めたのが、『上海特急』の主人公・上海リリーによってでした。

ガルボの人気の秘密は、その美貌以上に、神秘的な存在感ゆえでした。そして、マレーネもまたその神秘性によって人気を得たのでした。特に彼女の場合は、フォン・スタンバーグというドイツ人の同胞と共に、生真面目なまでに完璧主義に徹して、マレーネ神話を創造していったのでした。そんな彼女にとって、三方向に姿見を設置して、さらに第四の鏡ともいえるフォン・スタンバーグの叱咤激励をも受けながら、作品を撮り上げるということは、たとえ生命と才能をすり減らす作業であっても、必要不可欠なことでした。

そんな究極の環境で生み出された白黒映画だからこそ、マレーネとフォン・スタンバーグの作品群は、今の基準で見ると、芸術の域に達した、神話性に包まれていると言えるのです。マレーネの名言のひとつに「安いもので高価そうに見えるものはない」という言葉があります。そして、パラマウント社は、マレーネの両脚に100万ドルの保険を掛けていました。しかし、この作品では、そんな彼女の美脚が全く出てきません。この二人は高価なるものの価値を知る人達でした。

決して媚びない女。だから今でも女が痺れる女。

エルメスで特注されたレザー・グローブが妖艶に輝く。

マレーネ・ディートリッヒが、ベルリンからニューヨークに初上陸したのが、1930年4月9日のことです。そして、フォン・スタンバーグ監督によって『モロッコ』『間諜X27』を撮影し、ドイツに戻ったディートリッヒは、1931年4月に、愛娘を連れて、ハリウッドに戻ってきました。

その時、ハリウッドのカメラマン達が、ディートリッヒに、娘を脇にどかせてくれと言いました。「娘が一緒に映るとあなたのイメージに悪影響を及ぼす」と、パラマウント社の重役達も彼女に忠告しました。しかし、彼女は一言こう言い放ったのでした。「私が母親であってはいけないの?」と。

愛娘マリア・ライヴァと共に。

そして、彼女がハリウッドに戻って一番最初にフォン・スターンバーグに撮影させたのが、娘マリアとのツーショット・ポートレイトでした。

パラマウント社が大反対する中で撮影されたこのポートレイトが、世界中のメディアで公開され、ディートリッヒの〝セックス〟〝神秘性〟〝ヨーロッパ風のソフィスティケーション〟〝100万ドルの脚〟に〝聖母〟のイメージを付け加えたのでした。「ガルボには子供はいないんでしょ?」とディートリッヒは言い放ちました。

その瞬間、パラマウントのマレーネ・ディートリッヒ対MGMのグレタ・ガルボの時代が始まったのでした。そして、ハリウッドでは、子供さえもが、女優を輝かせる必要なアクセサリーになったのでした。

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『上海特急』は神銅鑼の響きと共に始まる!


漢字で〝神〟と書かれた巨大な銅鑼を、クーリー(苦力)が叩く印象的なオープニング・タイトル。

イヴ・サンローランに影響を与えた黒鳥ドレス

『上海特急』を代表する上海リリーのアイコニック・ルック。

レザーのバッグとグローブは、エルメスの特注。

フォン・スタンバーグ監督から、「今度の作品は、中国を舞台に、美しく神秘的な女性を演じるんだ」と聞いたディートリッヒは、自分自身で衣装デザインについて考えました。そして、より自身の肉体を細く見せるためにオールブラックでいくことにしました。ただし、それだけだと、今までの作品の衣装と被るので、その単調さを打ち破る何かを考えていました。

翌日、スタジオに向かうロールス・ロイスの中で「いっそドレスに羽根をつけたらどうかしら?」と考えたのでした。早速、スタジオに到着すると、パラマウント社の主任衣装デザイナーのトラヴィス・バントンに「黒い羽根をつけるのよ!」と叫んだのでした。

そして、その日のうちに世界中の鳥の羽根が集められ黒く塗られたのでした。翌日、ディートリッヒがそれぞれを吟味した末に「メキシコの闘鶏の尾羽根にしよう!」というバントンの一言から世界初の鳥人は生まれたのでした。

マレーネ・ディートリッヒだからこそ着こなせるデザイン。

横縞の入ったヴェネチアン・ブラインドのようなヴェール。

レブロン2011年秋グッチ・ウェストマン・コレクションは、本作にインスパイアーされています。

白黒映像の中で、光沢のある黒羽根を生み出すために、全ての羽根は、照明を考えて、陰影をつけて一枚づつ黒にグリーンの薄被せ塗料を重ねて塗られました。そして、カットごとに羽根のバランスが悪くならないように、縫い直されたのでした。

更に、ゴージャスなフワっとした羽根の感触を強調するため、ドレスにはハードなクリスタルのビーズがびっしり縫いこまれました。この衣裳が、上海リリーの登場シーンとラストシーンを後押しする潤滑油になったのでした。

トラヴィス・バントンがエルメスに特注させたレザーグローブとバッグ。

共演のアンナ・メイ・ウォンと共に。

上海リリー・ルック1 黒鳥
  • 黒のフェザ-・ボレロ
  • マーメイドラインのサテンロングドレス、クリスタル・ビーズが縫い込まれた
  • 雄鶏の羽根製の釣鐘型のヘッドドレス、横縞の入ったヴェネチアン・ブラインドのようなヴェール
  • エルメスに特注されたアールデコ調の白×黒クラッチ
  • エルメスに特注された白×黒のキッドナッパグローブ
  • 黒のセパレーテッド・パンプス

マレーネは衣装に関してはとてつもないトラブルメーカーだよ。ひとつの衣装に4~5回の仮縫いは当たり前なんだ。彼女は可能性があるなら何にでもチャレンジする。衣裳がいいじゃ満足できないんだ。〝もっと良くするアイデアがあるはずよ、考えましょう〟という完璧主義者。我々スタッフはいつだって仮縫いが終わると疲れきって口もきけない状態だった。

トラヴィス・バントン

後にこのゴシック調の黒鳥ドレスが、ベルナール・エヴァンに影響を与え、彼がデザインしたアラン・レネ監督の『去年マリエンバートで』(1961)のブラックフェザードレスの創造へとつながりました(このドレスのみココ・シャネルのデザインではなかった)。そして、それは同じくアラン・レネ監督の『薔薇のスタビスキー』(1974)の中で、アニー・デュプレーが着るイヴ・サンローランのブラックフェザードレスへと進化を遂げるのでした。

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