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デルフィーヌ・セイリグ1 『去年マリエンバートで』1(3ページ)

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作品名:去年マリエンバートで Last Year in Marienbad / L’Année dernière à Marienbad (1961)
監督:アラン・レネ
衣装:ココ・シャネル
出演者:デルフィーヌ・セイリグ/ジョルジュ・アルベルタッツィ/サッシャ・ピトエフ

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ファッション業界にもっとも影響を与えた映画。

1964年日本公開当時のポスター。そこには、「愛の真実をえがいた」映画であると記されています。

ココ・シャネル(1883-1971)は、1931年に、ハリウッドの大物プロデューサー、サミュエル・ゴールドウィンに招かれ、年二回渡米してハリウッド・スターの映画の衣裳と私生活の衣服をデザインするという契約を結びました。報酬は当時の金額で100万ドルという破格のものでした。

そして、グレタ・ガルボに迎えられ、ココ・シャネルは、グロリア・スワンソンやマレーネ・ディートリッヒの衣裳を担当したのでした。しかし、非日常的な豪華絢爛な衣裳を求めるハリウッド・スターと、現実的な美の創造を求めて、シンプルなデザインを心がけるココ・シャネルの意見の相違により、一回きりでシャネルは、ハリウッドのデザイナーとしての役割を終えることになりました。

去り際にシャネルが言い放った有名な言葉があります。「ハリウッドは、お尻とおっぱいの聖地だった」。

以後、ココ・シャネルが映画の衣裳に協力することは極めて稀な事となりました。『去年マリエンバートで』は、シャネルの衣裳が映画の中で最も輝いた作品でした。更に、ファッション・フォトやキャンペーン・ムービー、ランウェイ、デザインといったあらゆるファッションに関わる物事に対して、現在に至るまで、本作ほど影響を与え続けている作品はありません。

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ファッションの本質とは、「美しさ」よりも「不気味さ」です。

シュライスハイム城の庭園に点在する三角錐のようなオブジェ(撮影時にアラン・レネが仕込ませたもの)。

そして、有名な不気味な人影は、地面に描かれたものだった。

映画だけが生み出せるモノの究極を作ろうとしたそのベクトルが、現在よりも遥かに崇高だった時代の映画です。それはアメリカン・コミックを映画化することではなく、映画だけが生み出しうる芸術を創造しようとした作品でした。

(黒澤明の『羅生門』(1950)に触発された)ヌーヴォー・ロマンを代表する作家アラン・ロブ=グリエによる脚本をアラン・レネが監督し、1960年9月から11月にかけて撮影され、1961年度ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞しました。その映像センスの高さゆえに、のちにTVCMやミュージック・ビデオ(「トゥー・ジ・エンド」ブラーなど)に与えた影響は計り知れません。

アラン・レネは、本作の撮影を開始する前に、そのイメージとして撮影スタッフに、1920年代の二つのフレンチ・サイレント・ムービーを提示しました。ひとつは1923年にポール・ポワレが衣裳デザインを担当した『人でなしの女』であり、もうひとつは1928年の『ラルジャン(金)』でした。

しかし、この作品のスパイスとしてココ・シャネルと同じ程の効果を生み出したのが、主演女優デルフィーヌ・セイリグの実兄フランシス・セイリグによるオルガン音楽でした。彼は「トゥーランガリラ交響曲」のオリヴィエ・メシアン(アラン・レネは当初メシアンに作曲を依頼していた)に師事していました。

特に、オルガン音楽の合間に唐突に流れる、オープニングと、演劇が終わった拍手の後と、物語1時間過ぎに壊れたパンプスを脱いだ後に流れる、一転して、優雅なるワーグナーのような響きがとても美しいです。


アルフレッド・ヒッチコックが僅かワンシーンに登場しています。

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