ジバンシィによるものと、よく間違って紹介されているイブニングドレス
『マイ・フェア・レディ』の大舞踏会のシーンで登場するイブニングドレスは、日本のウエディング雑誌でよく取り上げられるドレスなのですが、〝ジバンシィによる〟という但し書きがしばしば書かれています。
しかし本作には、ユベール・ド・ジバンシィがデザインしたドレスは一切登場しません。ほとんど全てはセシル・ビートンによってデザインされました。ただ一着を除いては。その一着は、大舞踏会で着ているイブニングドレスです。このドレスは、セシル・ビートンがアンティーク・ショップで見つけたオリジナルのエドワード朝時代(1910年)のドレスでした。
この大舞踏会のシーンのセットは、グレーでまとめられています。モノトーンで支配されたアスコット競馬場とは違い、そこにたくさんのシャーベット・カラーのイブニングドレスが登場します。華やかで優美だったエドワード7世の時代(1901-1910)の余韻を、これほどみごとに再現したセットと衣装はかつてありませんでした。

この瞬間、人々は、オードリーの『マイ・フェア・レディ』の虜になった。

完璧なパリュールで登場するイライザ。

誰が見ても生まれながらの貴族であると感じさせる舞踏シーン。

オードリーがステップを踏むときにドレスに添える手の所作が優雅です。

このイブニングドレスを着た瞬間、それはイライザが完全に〝レディ〟になった瞬間でした。
豪華な宝石に包まれて、それ以上に輝ける女性。

何よりも舞踏会シーンのヘアスタイルが素晴らしい。

ロスチャイルズ男爵夫人(1902-1965)が、トランシルヴァニアの王女として出演。三連の王冠と薄紫色のパルマ・ドレスを着ています。

オードリー自身のコンプレックスである長い首と四角い顔が、唯一無二の美に変わる瞬間。

オードリーの佇まいの美しさ。
レディと花売り娘の違いは、どう振る舞うかではなくどう扱われるかです。
劇中のイライザの台詞
「この英語ではこの娘も一生貧民窟暮らし。だが私なら半年で大使館の大舞踏会に公爵夫人として出してやる」というヒギンズ教授の台詞通りに、コックニー訛りのイライザの英語を見事に矯正したのですが、舞踏会一のレディとして脚光を浴びた彼女が、浮かれ騒ぐヒギンズ教授に対して冷たく言い放つ一言です。
私も落ちたものね。花は売っても、体は売らなかった。でも、レディになったら、体しか売れないのね。
劇中のイライザの台詞
イブニングドレスのシーンで、オードリーはその角張った顔を目立たせないように、蜂の巣のように高く結ったヘアスタイルで登場します。高く結い上げた頭にダイヤモンドのティアラを留め、長い首にはダイヤのチョーカーを高々と巻き、細い腕に白いサテンのロング・グローブをつけています。
オードリー曰く、彼女の顔は幅が広く頭に丸みがないので、サイドに髪を膨らませて結うのは欠点を目立たせてしまう。だから髪を上に高く結って下さいと言うのだ。
『マイ・フェア・レディ』日記 セシル・ビートン
オードリーは作中、7種類のヘア・スタイルを披露してくれています。ファッションとは何か?それは最大の欠点を、唯一無二の美の個性へと転化させる芸術的な試みなのです。
イライザ・ドゥーリトルのファッション10
ホワイト・イブニングドレス
- 白のイブニングドレス、全体にクリスタルが散りばめられたレースが重なる
- 白いサテンのロング・グローブ
- 高く結い上げた髪にティアラ
- ダイヤモンド・ネックレスとイヤリング
- ネックに豪華なジュエリー・チョーカー
- ベルベットのワインレッドのロングガウン、バックもボートネック

オードリーのイブニングドレスの唯一無二なバランスがよく分かる写真。

ドレスの造形ががよく分かる写真。

「私自身は演技しなくてよかった。ドレスが自然に演じさせてくれたのよ」とオードリーは語る。

マイ・フェア・レディ・ドレスとは対極にある隙のないエレガンス。

20代の頃の可愛らしい妖精のようなオードリーを思い出させる写真。

『マイ・フェア・レディ』の調度品を見ているだけで審美眼が磨き上げられます。

首の長いオードリーだからこそ、様になるポーズです。

奥に控えるミセス・ヒギンズの衣装もとても美しい。

より正確にジュエリーの造形が確認できる写真。

ティアラとイヤリングとネックレスがよく分かる写真。

とても珍しい上からのアングルの写真。

ワードローブ・テスト写真

セシル・ビートンによるデザイン画。

休憩中で談笑するレックス・ハリソンとオードリー。

このアングルは、オードリーがほとんど許さない、顔が四角く見えるアングルです。

ワインレッドのガウンがとても美しいです。

サイドから見ると特にオードリーの独特な美しさを感じることが出来ます。

まるでスフィンクスのようなこの首の長さ。それ自体が一種の芸術です。ヘアメイクはウォーリー・ウェストモア。
ピンク!ピンク!ピーチピンク!

1912年当時に若い女性の間で流行したペプラムスカート。

実に美しいピーチピンク・ドレス。

相手役のフレディをつとめるのは、後のシャーロック・ホームズであるジェレミー・ブレッド(1933-1995)です。

オードリーの付箋だらけの分厚い台本。
オードリー・ヘプバーンが大好きなカラーのひとつである、ピンクの衣装が立て続けに登場します。以下登場する二つのピンクドレスは、アイコニックな3つのスタイル(グリーン・ジャンパースカート、マイ・フェア・レディ・ドレス、イブニングドレス)ほど有名ではありませんが、魅力的なシルエットであることに間違いありません。
ちなみにこの撮影シーンは、1963年11月18日から3日間、オードリーが疲労困憊のため急遽休養を取った後に行われました。しかし11月22日、撮影中に、ジョン・F・ケネディが暗殺され、この日の撮影は中止されました。
イライザ・ドゥーリトルのファッション11
ピーチピンク・ドレス
- 花と果物のアクセサリーを施したドリー・バーデン帽
- ポール・ポワレ風のピーチピンクのジャケットとペプラムスカート
- 白の透けストライプ入りシフォンブラウス
- グレーのショートグローブ
- 黒のローヒールパンプス
- 白のハンドバッグ

スミレの花束を買うイライザ。現在でもラグジュアリー・ブランドでよく見られるタイプのハンドバッグ。

『戦争と平和』(1956)では二人は兄妹でした。

ジャケットの雰囲気がよく分かる写真。

実に個性的なヘッドドレスです。

ピンクは女性にとって最大の守護色です。
作品データ
作品名:マイフェアレディ My Fair Lady(1964)
監督:ジョージ・キューカー
衣装:セシル・ビートン
出演者:オードリー・ヘプバーン/レックス・ハリソン/ウィルフリッド・ハイド=ホワイト
- 【マイ・フェア・レディ】オードリー・ヘプバーンの不滅のミュージカル超大作
- 『マイ・フェア・レディ』Vol.1|オードリーとハリウッドのユベール・ド・ジバンシィ
- 『マイ・フェア・レディ』Vol.2|レディに変身する寸前のオードリーとセシル・ビートン
- 『マイ・フェア・レディ』Vol.3|オードリーが自分自身で歌いたかった「踊り明かそう」
- 『マイ・フェア・レディ』Vol.4|レディにしあがるイライザのアイコニック・ドレス
- 『マイ・フェア・レディ』Vol.5|ジバンシィがデザインした訳ではない素晴らしいイブニングドレス
- 『マイ・フェア・レディ』Vol.6|ジュリー・アンドリュースとオードリーとアカデミー賞
- 『マイ・フェア・レディ』Vol.7|映画の中で登場しなかったオードリーの膨大な衣装①
- 『マイ・フェア・レディ』Vol.8|映画の中で登場しなかったオードリーの膨大な衣装②