そして、最後に登場するアリアーヌ巻き
『昼下りの情事』のラストシーンにおいて登場するアリアーヌ巻きは、後にパリ・マダムが首もとの皺を隠す巻き方として流行しました。
しかし、ユベール・ド・ジバンシィのデザインによるステンカラーコートとスカーフによって、若さを封じ込めるラストシーンが描き出したもの。それはオードリーの若さを封印したことによって、逆にその若さが強調されているのです。
つまり、オードリーのファッション・アイコンとしての存在感は、ファッションの第一前提でもある、女体が目立ちすぎないと言うことにより成り立っているのです。
『昼下りの情事』のアリアーヌ巻きについては、『昼下りの情事』2(オードリー・ヘプバーンとアリアーヌ巻きについて)をご覧ください。
主演第5作 パリの恋人(1957年)当時28歳
エルメスの比翼仕立てのカーキー色のレインコートにタートルネックのブラックセーターとブラックのサブリナパンツ、トッズの黒のペニーローファーで「ボンジュール・パリ」を歌うオードリー。オードリー・ヘプバーンは、『パリの恋人』により「モード・アイコン」として世界的な地位を獲得しました。
それは、『麗しのサブリナ』(1954)『昼下りの情事』(1957)により得た「パリが似合う女の子」のイメージから、「パリモードを体現する女性」のイメージへの飛躍でした。
ファッションというものの本質は何か?それは変わる喜び。毎日が変身を遂げる喜びであることを示すボンジュール・パリ。着飾って、新しい世界へと踏み出す喜び。この「ボンジュール・パリ」には、そんなファッションの喜びがストレートに伝わってきます。
『パリの恋人』の中のエルメスについては、『パリの恋人』1(オードリー・ヘプバーンとエルメスについて)をご覧ください。
マイケル・ジャクソンに影響を与えたスタイル。
『麗しのサブリナ』のパンツルックの進化系とも言えるのが、同じくイーディス・ヘッドがデザインしたショート丈の黒のサブリナパンツに、白のソックスとトッズの黒のペニーローファーというマイケル・ジャクソンに影響を与えたビートニク・スタイルです。
オードリー・ヘプバーンは当初黒のソックスを求めました。しかし、監督のスタンリー・ドーネンが「白じゃないと、背景に隠れる」と言い切り、このスタイルが確立したのでした。それにしてもこのビートニク・スタイル。『パリの恋人』の中でも、ジバンシィのファッションに埋もれた傑作なスタイリングです。現在にも通用するモードと言えるでしょう。
『パリの恋人』の中のビートニク・スタイルについては、『パリの恋人』1(オードリー・ヘプバーンとエルメスについて)をご覧ください。
世界一有名なバルーン・フォトとLBD
『パリの恋人』の中で、オードリーがファッションモデルとしてチュイルリー公園のカルーゼル凱旋門前で、大きな風船をたくさん持って撮影されるシーンです。
このバルーン・フォトは、後に多くのファッション誌で模倣されることになります。そして、このシーンで、オードリーは、映画の中で3着目となる〝ジバンシィのリトル・ブラック・ドレス〟を着ています。
リトル・ブラック・ドレスを着て「風船で飛んでしまいそうな軽やかな優雅さ」を演出したこの写真を実際に撮影したのは、リチャード・アヴェドンでした。
『パリの恋人』の中のリトル・ブラック・ドレスについては、『パリの恋人』2(オードリー・ヘプバーンとユベール・ド・ジバンシィについて)をご覧ください。
コンプレックスが女性を輝かせてくれる
オードリー・ヘプバーンという人は、まさにコンプレックスの塊の人でした。1.歯並びが悪い。2.えらが張っていて顔が四角。3.胸がぺったんこ。4.お尻が小さく綺麗なウエストラインが生まれない。5.足が大きい。以上が彼女にとって彼女自身が言及している主なコンプレックスでした。
本作においてオードリーは、本格的にユベール・ド・ジバンシィに衣装デザインしてもらうことになります。ある日、彼女はずっと気になっていた質問をユベールにぶつけました。「私のスタイルがもっと良かったら、デザインしやすいでしょ?」と。それに対してユベールはこう答えました。「オードリー。キミのバレリーナとして訓練された肉体と物腰。女優として培われた表現力。それ以上に何が必要なのですか?」
コンプレックスがあるからこそ、人は、懸命にそれを克服しようと努力します。そして、ただ外見にこだわることなく内面を見つめることが出来ます。自分のコンプレックスを整形手術により克服することは、それはそれで、自分に自信がつくということにおいて素晴らしいことでしょう。しかし、内面の充実の伴わぬ外見に対する信奉によって、人生において進める道など、たかが知れてきます。どれほど美しかろうと、そこに知性と個性が伴ってこその美意識なのです。
このカラフルなジバンシィのレモンイエローのフローラルプリントドレスに、組み合わせられた麦わら女優帽は、まるでコンプレックスに打ち勝った女性の月桂樹のようにも見えます。
『パリの恋人』の中でのオードリーのコンプレックスについては、『パリの恋人』2(オードリー・ヘプバーンとユベール・ド・ジバンシィについて)をご覧ください。