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【2018‐19年冬】おすすめラグジュアリーバッグPART7<ジバンシィ>(2ページ)

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エディター・プロフィール:圭子・スカイウォーカー

生年月日不明。性別不明。国籍日本。見た目は30代前半、身長170cmくらい。藤圭子にすごく似ている。ラグジュアリー・ファッションに対する情報の幅の広さから、恐らく現役の関係者と推測される。本人とのやり取りはメールと電話と二度っきりの会見のみ。口癖「ファッション誌はあてにならないので読まないわ」。大好きなものは「ダイアン・アーバスの写真とニーナ・シモン」、最も嫌いなものは、「SNSに夢中な女子と、プチプラ自慢する人たち」とのこと。(長谷紅記)

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7.ジバンシィ

リカルド・ティッシからクレア・ワイト・ケラーにアーティスティック・ディレクレターが変わってから、ジバンシィは、明らかにユベール・ド・ジヴァンシィのエレガンスを取り戻しつつあるの。それは2018年5月19日に行われたヘンリー英国王子とメーガン妃のロイヤルウエディングのドレスをデザインしたことからも明らかよね。

私がこよなく愛するラグジュアリー・ブランドのひとつはジバンシィ。ただし、ジバンシィ・バイ・リカルド・ティッシ(現バーバリーのチーフ・クリエイティブ・オフィサー)ではなかった。

1952年、スキャパレリのブティック・ラインの責任者を4年間務めていた25歳のユベール・ド・ジバンシィ(1927ー2018)が、当時最年少で自分のファッションハウスを設立したことからジバンシィの歴史は始まったの。同年の初コレクションで、ベッティーナ・ブラウスとセパレーツを発表し(ジバンシィの革命)、小粋で若々しくモダンなデザインによって、一躍ファッションシーンの寵児として、アンファン・テリブル(恐るべき神童)と呼ばれるようになったの(翌年、クリストバル・バレンシアガと親交を結び、師弟関係を築く)。

そして、1954年『麗しのサブリナ』の中でジバンシィの衣裳が使われ、オードリー・ヘプバーンが、ジバンシィのミューズとなったの。以後、『パリの恋人』(1957)『昼下りの情事』(1957)『ティファニーで朝食を』(1961)『シャレード』(1963)『パリで一緒に』(1964)『おしゃれ泥棒』(1966)と、オードリーの映画の多くの衣裳をジバンシィが担当するようになり、オードリー=ジバンシィ=パリモードのイメージが世界中の人々の中に浸透したのよ。

1988年にLVMHグループの傘下に入るも、1995年に、後任デザイナーとしてジョン・ガリアーノを指名して、ユベールは引退したの。しかし、ガリアーノは翌年にディオールに移籍し、1996年より、アレキサンダー・マックイーンがジバンシィの主任デザイナーに就任することになったの(2001年10月まで)。

2005年に、リカルド・ティッシ(1974-)が主任デザイナーに就任(2017年まで)。2017年3月からは、前クロエのクリエイティブ・ディレクターであるクレア・ワイト・ケラー(1970-)が、ジバンシィの新アーティスティック・ディレクターに就任することになり、2017年10月の2018年春夏コレクションがファーストコレクションになったの。

日本でのジバンシィの本格的な再始動は、2014年の表参道路面店オープンからかしら。

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GEM(ジェム)ラージ 295,000円 ★★★★★





2018年秋冬コレクションのランウェイでデビューしたジバンシィの新作バッグ「GEM(ジェム)」。このバッグは「宝石」と名づけられたバッグだけあって、1980年代のベルリンの壁崩壊前夜の、異様な熱気に包まれていたベルリンのクラブシーンと、1930年代から50年代の貴族嗜好とハリウッド&フレンチ・エレガンスを組み合わせたものなの。

ヤギ革のブラックダイヤモンドパターン・キルトレザーに、ガンメタルのダブルGクラスプから垂れ下がるロングボールチェーン・フリンジタッセルのアンティーク・ディテールが、かなりグラマラスなイメージを与えてくれるの。

2018年冬の最高の3WAYバッグ(ハンドバッグ、ショルダーバッグ、クラッチ)と言ってもいいんじゃないかしら?サイドのプッシュボタンで開閉するというセンスも素晴らしいわ。


私的には、このミディアム・サイズ(25万円)よりも、ラージ・サイズの方が、タッセルが長くて好み。どこかルキノ・ヴィスコンティの映画の中の貴婦人が持ってそうよね。