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『タクシー・ドライバー』Vol.3|ロバート・デ・ニーロとM65フィールドジャケット

ロバート・デ・ニーロ
ロバート・デ・ニーロ女性目線の男磨き
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心を失った俳優と、心をすり減らす俳優の違い

(役作りのため旅に出て、何週間も会わずに過ごし戻ってきたとき)本当にその役になりきっていて、同じ人間とは思えないくらい。外見だってすっかり変える事ができるんだから。

彼が俳優として優れているのは分かっていたけど、初めて会った時には、正直に言って、まさかスターになるなんて思いもよらなかった。でも徐々に、これだけ仕事に打ち込んでるなら成功して当然と思うようになったわ。

ダイアン・アボット(当時のデ・ニーロの恋人。作中、ポルノ映画館の売り子を演じた)

『タクシー・ドライバー』のロバート・デ・ニーロのモヒカンヘアは、ハーヴェイ・カイテルの長髪と同じく、特殊メイクアップ・アーティストのディック・スミスにより馬の毛で作成されました。全く違和感のないところが、デ・ニーロの凄い所です。

デ・ニーロと仕事をするのは本当に大変だ。私が施したヘアメイクを360度隅から隅までチェックし、徹底的にダメだししてくるんだ。そして、何回もやり直すんだ。

ディック・スミス

この当時の彼は、ギャラではなく、映画の中で自分の持てる力を全て発揮したいと考えていました。ジョディ・フォスターも、当時13才の未成年で売春婦を演じることに教育委員会から拒絶されながらも、弁護士を雇い出演を果たしたのでした。

本作のデ・ニーロとジョディ・フォスターのファッションは、タイムレス・アイコンとして今も世界中の人々に影響を与えています。それは、デ・ニーロに関しては、ほぼ主役が決まりかけていたジェフ・ブリッジスやダスティン・ホフマンを越える気持ちを示し、トラヴィス役を勝ち取ったように、役者自身が全身全霊を傾けた作品だからこそ、タイムレスな輝きに満ち溢れているのです。

公開当時、デ・ニーロがリアルにモヒカンにしたと信じられていた。

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トラヴィスが履く3種類のジーンズ

ひとつだけきっちりやろうと決めた基本原則の下でこの作品は撮影された。それはトラヴィスが一人でタクシーを運転しているときだろうと、誰かが彼に話しかけているときだろうと、トラヴィスを撮るときは必ずトラヴィスのだけをフレームに入れ、彼以外の人物に切り返すときは必ずトラヴィスの肩越しにしようということだった。

マーティン・スコセッシ

この作品において、トラヴィスは、3種類のジーンズを履き分けています。それは偶然そうなった訳ではなく、デ・ニーロとスコセッシが念入りに打ち合わせして決めたことでした。ちなみに『ミーン・ストリート』(1973年)を撮影していた当時スコセッシ夫人だったジェリー・キャメロンはこう回想しています。

「デ・ニーロはマーティンを、1人の人物のネクタイの結び方について、15分は喋る人間と感じたのよ。でもそれはお互い様。私の見るところでは、彼らならその話題で十時間はもつわね」。

まずパランタイン演説集会襲撃前の部屋の中、ブーツを磨き、花を燃やし、身の回りの整理をするシーンまでがリーライダース101Z。101のジッパーフライモデルです。『理由なき反抗』(1955年)の中でジェームス・ディーンが穿いていたのも同じモデルでした。


それ以降のジーンズは、リーバイス517ブーツカットとリーバイス646ベルボトム。これはシーンごとに履き分けられています。


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トラヴィスのモヒカン刈り

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ホンモノにしか見えないデ・ニーロ=モヒカンの凄味。カミソリの傷痕まで作りものです。

血糊パックを貼り付けていても本物の血に見えるほど迫力満点なデ・ニーロ。

1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦を前にモヒカンにした第101空挺師団の兵士たち。

モヒカンは、マーティン・スコセッシが、友人のビック・マグノッタから聞いた話により、アメリカ先住民に着想を得た第101空挺師団の兵士たちによってはじめられた特攻前の部隊の伝統をここに取り入れようと思いつき、デ・ニーロにそのアイデアを話すと「それはいい!」という事になり実現しました。

そうトラヴィスは、モヒカン刈り(モホーク・ヘアスタイル)になり、今から崇高なミッションにのぞむのです。

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トラヴィスのモヒカンが与えた影響力

G.B.H.

以下トラヴィス・ビックルの影響を受けた勇者たちを羅列してゆきます。まずはイギリスのパンクロックバンドG.B.H.のギタリスト、コリン・”ジョック”ブリスのパンク・スタイルのモヒカンです。卵白やシューポリッシュを使用してツンツンに立てるこのスタイルは1980年代前半に大流行しました。

ウェンディ・オーリン・ウイリアムズ

次に、アメリカのハードコアパンクバンド「プラズマティックス」の早すぎた女性パンクロッカーウェンディ・オーリン・ウイリアムズ(1949-1998)のモヒカン。最後は拳銃自殺したのですが、ピンクやレディガガなど彼女を崇拝するアーティストはとても多いです。

ジョー・ストラマー

そして、忘れてはならないのが、イギリスのパンクロックバンド「ザ・クラッシュ」のジョー・ストラマー様(1952-2002)が、1982年の大ヒット・アルバム『コンバット・ロック』の時期に、トラヴィスに影響を受け、モヒカンにしたことです。

『マッドマックス2』のウェズとゴールデン・ユース

さらに1981年のメル・ギブソンの出世作『マッドマックス2』に登場するヴァーノン・ウェルズ扮するモヒカン刈りの悪党も忘れてはなりません。この男が『北斗の拳』に与えた影響は絶大です。

ミスター・Tが演じるクラバー・ラング

そして、もう一人、1982年のシルヴェスター・スタローンの『ロッキー3』に敵役で登場したミスター・T(1952-)。彼はこの後、『特攻野郎Aチーム』に出演しなんと1983年のクリスマスにはホワイトハウスにまで招かれ、1985年には、初開催のプロレスの祭典『レッスルマニア』でハルク・ホーガンとタッグを組むことになったのでした。

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そして、2002年ベッカムヘアの誕生



最後にモヒカンと言えばデビッド・ベッカム様(1975-)です。1998年のFIFAワールドカップにおいてイングランド代表に初選出され大失態を演じるも、翌年スパイス・ガールズのポッシュ・スパイスことヴィクトリアと結婚し、2000年3月にバズカットを披露します。

そして、2000年8月に『タクシー・ドライバー』をはじめて見て感化を受け、突然モヒカン刈りになったのですが、当時のマンチェスター・ユナイテッドの監督アレックス・ファーガソンにキックオフ一時間前に「トイレで坊主にしてこい!」と怒鳴られ、この時のモヒカンはお披露目されませんでした。

ベッカムのモヒカンが人々の目の前に現れたのは、2001年5月のことでした。しかし、極端すぎて真似する人はほとんどいませんでした。

時は経ち、2002年の日韓ワールドカップを前に、ブリティッシュGQにおいてアディー・フェランによるベッカムヘア(fauxhawk、ソフトモヒカン)がお披露目されたのでした。元々はエディ・スリマンが偶然このヘアスタイルをしたことからはじまったと言われています。

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トラヴィスのファッション3

フィールドジャケット
  • M65フィールドジャケット。『セルピコ』(1973)『ランボー』(1982)でも着ていた。(核戦争も想定して)防風性もあって破れにくいナイロンコットン混紡のサテン地。4つの大きなフラップ付きポケット。フード内蔵の襟。ナイロンキルトのライナー。体の熱を逃さないためのウエストの引き紐と袖口の面ファスナー。キングコング部隊(架空の部隊)のワッペン付き
  • ジーンズ
  • 白のウエスタンシャツ。仕込み銃のために右袖のみカット
  • カウボーイブーツ(ポール・シュレイダーから進呈されたもの)
  • アビエーターサングラス

ついにデ・ニーロがモヒカンで現れた瞬間!

トラヴィスは、第二次世界大戦のジャケットを脱ぎ、かつてベトナムの戦場で着ていたフィールドジャケットに再び袖を通すのでした。

今からトラヴィスの戦争がはじまるのだ。

アビエーターサングラスとアメリカ海兵隊武装偵察部隊の布パッチ。

フィールドジャケットとジーンズの王道コーデ。

いつの時代の男のハートも熱くさせるトラヴィス。

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登場する売春婦は2人以外は全てホンモノだった

そして、トラヴィスは銃弾を撃ちつくし、自分のこめかみに人差し指を当てます。

彼は治癒したわけではなかった。都市の狂気のほうが彼の狂気を上回っていたのである。

ポーリン・ケイル

「ゴミ溜めのような街だ」と呟きながら、夜の42丁目をタクシーで走らずにはおられないトラヴィスは、実は自分自身がセックスにとりつかれている男です。『タクシー・ドライバー』が不滅の名作である理由、それは、90年代に浄化されたニューヨークが史上最悪の治安を誇ったその姿を、フィルムに焼き付けたところにあるのです。

この作品の臨場感は、アイリスとアイリスの友達(ビリー・パーキンス)のみがプロの女優であり、画面に現れる売春婦は全部ホンモノです。つまりニューヨークの負の部分を克明に記録することにより、それを芸術へと昇華させたのでした。

ドストエフスキーの『罪と罰』を例に出すまでもなく、負の歴史というものは、栄光の歴史よりも、芸術性につながりやすいと言う不思議さがあります。

アイリスを助けた後、最後の最後にトラヴィスの服装はタンカースジャケットに戻ります。そして、ベッツィーと再会し、タクシーの後部座席に乗せたトラヴィスが彼女と会話を交わします。もうトラヴィスは昔のトラヴィスではなかったのです。

もう決して2人は会うことはないだろう…彼女を降ろし、走り去る瞬間に、トラヴィスはフロントミラーの自分を見て、そこに映った自分に驚き、目をさっと左右させ、もう一度自分を見つめる所で、物語は終わりを迎えます。

彼は何に驚いたのでしょうか?芸術作品とは、見る人それぞれの解釈を生み出させるのです。

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そして、1993年、新たなるトラヴィスが誕生した。


1996年から2001年までジバンシィでクリエイティブ・ディレクターをつとめたアレキサンダー・マックイーン(1969-2010)が1997年2月パリのファースト・コレクション前に突如モヒカン刈りにして、メディアのインタビューを受け、ベルナール・アルノーを震撼させたのは、今ではLVMH史における伝説です。

そんなマックイーンが、セント・マーチン芸術大学を卒業した後、1993年にお披露目した初コレクション(AW)のタイトルが『タクシー・ドライバー』でした(父親はタクシー・ドライバーだった)。

ロンドンのリッツで行われたこのコレクションの写真は一枚も存在しません。しかし、この時、世紀末の人々のハートに突き刺さるBumsters(バムスターパンツ)が誕生したのでした。そして、ローライズデニム時代の扉が開かれたのでした。

Bumster(バムスター)、1996年。

作品データ

作品名:タクシー・ドライバー Taxi Driver (1976)
監督:マーティン・スコセッシ
衣装:ルース・モーリー
出演者:ロバート・デ・ニーロ/ジョディ・フォスター/シビル・シェパード/ハーヴェイ・カイテル

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