ボンド・ガール

ジル・セント・ジョン1 『007 ダイヤモンドは永遠に』3(3ページ)

    作品名:007 ダイヤモンドは永遠に Diamonds Are Forever(1971)
    監督:ガイ・ハミルトン
    衣装:ドンフェルド
    出演者:ショーン・コネリー/ジル・セント・ジョン/チャールズ・グレイ/ラナ・ウッド/ブルース・グローヴァー



    ほとんど誰も知らないボンドガール

    ダイヤモンド級のパーフェクトな美に包まれていたジル・セント・ジョン。

    才色兼備だからこそ、女優としては大成しなかった人です。

    なぜか1969年に、『女王陛下の007』の撮影にも参加しているジル。ジョージ・レーゼンビーと共に。

    007シリーズにおいて、初めてのアメリカ人ボンドガールとなった女性。その人の名をジル・セント・ジョン(1940-)と言います。ロサンゼルスの裕福なレストラン・オーナーの娘として生まれ、子供の頃にナタリー・ウッドやステファニー・パワーズも在籍していたバレエ団に入ったジルは、IQが162もあり、1955年にわずか14歳でUCLAに入学を許された程の神童でした。

    1960年には、ウールワースの創業者のひ孫であり、世界一の金持ちの女の子(7歳で約5億6千万ドルの遺産を相続)と言われたバーバラ・ハットンの一人息子ランス・リベントロー(御曹司にありがちな元カーレーサーという肩書き、1972年に飛行機事故で死去)と結婚するも1963年に離婚。以後、ハリウッドでキャリアを積み、ボンド・ガールの候補となります。

    最初はプレンティ・オトゥール(ラナ・ウッドが演じる)役での出演が決まっていたのですが、フェイ・ダナウェイ、ジェーン・フォンダ、ラクエル・ウェルチに出されていたティファニー役のオファーがことごとく断られ、地すべり的にジルがティファニー役に抜擢され、初のアメリカ人ボンドガールとなるのでした。

    ソ連のブレジネフ書記長の歴史的訪米。ニクソン大統領宅のプール・パーティーに国務大臣キッシンジャーと共に同席する。1973年6月25日。

    ボンドガール以後は、1972年にハリウッド業界から去り、ヘンリー・キッシンジャーとも浮名を流し、諜報部員のオンナから国務大臣のオンナへと飛躍を遂げる。時のアメリカ大統領ニクソンとも親交を結び、〝007越え〟を果たしました。その後、コロラド州アスペンに住み、アウトドア、クッキング、蘭の栽培、ガーデニング、ハンドメイドのアンゴラセーター等のビジネスを手がける。特に両親がレストランを経営していたこともあり、多くの料理本のベストセラーを産み、1982年から同棲していたロバート・ワグナーと1990年に再婚し、今に至る。

    1953年ミス・ワールドに輝いたフランス美女

    オープニングに登場する昔はたいそう綺麗だったと想像させるスタイル抜群のおばさん。

    ゴルゴ化したJBにいきなりビキニを剥ぎ取られ、そのビキニで首を絞められます。

    撮影当時36歳の健康的なフランス美女。

    ボンド・ガールのトップバッターは、デニス・ペリエ(1935-)です。デニスは、1953年にフランス代表としてミス・ワールドに輝いた人でした。ちなみにこの年のミス・ユニバースは、同じくフランス人のクリスティアーナ・マーテルでした。



    IQ162のジル嬢が教える〝洋ピン〟スタイルのすすめ

    仮面ライダーが生まれた年、我らがティファニー・ケースも生まれた。

    70年代洋ピン・スタイルがとてもクールです。

    70年代のボンドムービーは、少年達の大人への階段でもあった。

    とにかく、この作品を境にボンドガールは露骨にエロくなりました。

    謎のポーズですが、スリップ自体はなかなか良く出来たデザインです。

    ドンフェルドのデザイン画。

    ティファニー・ケース・ルック1 セクシー・レーススリップ
    • ベージュの下着
    • ブラック・レース・スリップ

    「私はティファニーの一階で生まれたの、お母さんがそこで結婚指輪を探している時にね」と言う女の名前はティファニー・ケース。そんな彼女に対してのボンドの答えは、「ヴァンクリーフ&アーペルでなくてよかったね」の一言。そんな気の利いたセリフと共に、ジェームズ・ボンドの1970年代は幕開けを迎えたのでした。

    衣装デザインを担当したドンフェルド(1934-2007)は、イヴ・サンローランの影響を受けた70年代洋ピン・スタイルを確立したファッション・デザイナーでした。

    『タブー』(1980)。伝説的ポルノ。主演女優ケイ・パーカー。

    洋ピン・スタイルとは、1970年代から80年代はじめの西洋のピンク映画の主演女優のようなファッション・スタイルのことを言います。そのスタイルの頂点は、1980年のポルノ映画『タブー』においてケイ・パーカー(1944-)が演じたバーバラ・スコットのスタイルであり、彼女のランジェリーを含むファッションの全てがこのスタイルの持つ「クラシカルさと淫靡さの融合」を露骨なポルノムービーに乗せてポップアートの領域に高めたものなのでした。

    さて話を007に戻しましょう。

    スリップ姿のジル嬢は、2018年を生きる女性たちにこう囁きかけています。「男たちが、女性の裸に憧れた時代のファッションが一番カッコいいに決まってる」と。現代は簡単に裸が見れる時代。だからこそ、男性に女装願望を芽生えさせる時代になったのですが、一方で、新たな峰不二子が生まれてこない時代になりました。

    ランジェリー姿の女性がとてつもなくエレガンスでセクシーだった1970年代。それは本当に女がカッコよかった時代なのでした。



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