キュイール ドゥ ルシー
原名:Cuir de Russie
種類:オード・パルファム
ブランド:シャネル
調香師:エルネスト・ボー、ジャック・ポルジュ
発表年:2007年(1924年)
対象性別:ユニセックス
価格:75ml/37,400円、200ml/66,000円
公式ホームページ:シャネル
ココ・シャネルとロマノフ王朝=〝皇帝の香り〟の誕生。

1921年のココ・シャネルとドミトリー・パヴロヴィチ ©CHANEL

1924年のココ・シャネルとドミトリー・パヴロヴィチ ©CHANEL
2007年にシャネルのプレステージ・コレクションとして「レ ゼクスクルジフ ドゥ シャネル」がスタートしました。最初の10種類の香りのひとつとして、「キュイール ドゥ ルシー」(オード・トワレ)が、シャネルの3代目専属調香師ジャック・ポルジュにより調香されました。
それは1920年代に発売されたシャネルの4種類の人気フレグランスを現代風に復刻させた香りのひとつでした。特に「キュイール ドゥ ルシー」ほど、伝説に包まれた香りはありません。
怪僧ラスプーチンを暗殺した男ドミトリー大公とのロマンス

ドミトリー・パヴロヴィチ大公

1930年代のココ・シャネルとドミトリー・パヴロヴィチ ©CHANEL
別名〝皇帝の香り〟。この香りの世界の主人公はドミトリー・パヴロヴィチ(1891-1941)というロシアのラスト・エンペラー・ニコライ2世の従弟にあたる没落貴族です。
怪僧ラスプーチンを暗殺し、激怒したアレクサンドラ皇后により、ロシアから追放され、1918年にイギリスに亡命し、1920年にパリに移住。その頃、生活のためにシャンパンのセールスマンをしていました。
1920年から22年にかけてドミトリー大公は、ココ・シャネルと交際していました。そしてシャネルは、亡命ロシア貴族の生活を支援するようになり、ロシアの宮廷文化を吸収することになります(毛皮を見せびらかすために表に張るのではなく、裏打ちのために使うべきという信条もここから得る)。
ロシア文化が、ココ・シャネルに与えた最も大きなものは、ロマノフ王朝において盛んだった香水文化でした。ある日、大公とシャネルはグラースに行き、そこでロシアのアルフォン・ラレー社のスター調香師だったエルネスト・ボーを紹介されました。ドミトリー大公が二人を結びつけたことにより、1921年に、シャネルN°5は誕生したと言っても過言ではありません。
煙草を吸い、レザーファッションで決めたモダンガールの香り。

©CHANEL

©CHANEL
シャネルの初代専属調香師となったエルネスト・ボーが1924年(1927年説もある)に調香したものが「キュイール ドゥ ルシー」=ロシアの皮のオリジナル・ヴァージョンです。
その香りは、実際に皮革を含むのではなく、1885年に開発されたキノリンという合成香料により、宮廷において貴重な宝石類を包むために使用された、バーチタールが香る高級なトナカイの革の香りを再現したのでした。
1920年代に、女性が公衆の面前で煙草を吸うようになったことから、メンズのフレグランスの香調だった、スモーキー及びレザーを、新時代の女性に向けて新解釈したスキャンダラスな香りでした。それはアルデハイドが多分に含まれたスモーキーな(バーチでなめされた)アニマリックレザーの香りがしました。
1983年に、シャネル復興にあたり、ブティック販売のためにジャック・ポルジュが再調香し、さらに2007年に「レ ゼクスクルジフ ドゥ シャネル」のコレクションのために、最終調香しました。
オリジナルに存在したアニマルとスパイシーさは、抑えられています。2016年9月には、オード・パルファム・ヴァージョンが発売され、これが現行品となっています。
失われた伝説=ロシアンレザーが、素肌の上でのび、燻り輝く。
失われた伝説を求めて、ベルガモット、マンダリンオレンジ、レモンが、ハーバルなクラリセージと泡立つアルデハイドの渦巻く星雲に飲み込まれながら、混ざり合い、煌めきと厳かさを湛えたソーピィーなシトラスのカクテルシャワーを、時空を超えて、素肌に舞い散らすようにしてこの香りははじまります。
すぐにロシアの大地を思わせるフレッシュなベチバーと、大公のタキシードの胸元で輝くスパイシーなカーネーションの香りに導かれ、ジャスミンを中心としたローズ、イランイランのフローラルブーケに包み込まれてゆきます。
すべてをひとまとめにしていく煌めくアルデハイドによって、シャネルの「No.5」を予感させる、コスメティックなココの存在をはっきり感じることになります。
そこにアイリスとヘリオトロープが、巴里の白い霧のように全体にパウダリーさを与えてゆく中、失われたロマノフ王朝が到来するのです。チャイコフスキーの『1812年』が、香りに形を変えたかのような、壮麗たるバーチが奏でるスモーキーレザーの序曲に迎えられ、素肌の上で、バターのような滑らかさで、想定外の調和を生み、すべてがひとつに交わうように温かく素肌を満たしてゆくのです。
シャネルの遺伝子を継ぐアルデハイドと、ロシアの大公を思わせるエレガントなレザーが、ひとつになった瞬間を、我が身で受け止めるような、大人の女性のエレガンスをスモーキーに燻り出したようなレザー・フレグランスの傑作です。
まさにココ シャネル(アルデヒド)とロシアの大公(レザー)の敵国同士の禁じられた愛の中に身を置く、ドラマティックな香りです。
ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「香水のレザーの香調は主に2つの原料から得られる。スモーク風に調整されたバーチタールとイソキノリンで、前者は天然の、後者は合成の素材である。同時に使われるとは限らず、キュイール ドゥ ルシーにはバーチタールしか入っていない」
「ロシアやカナダのような樺(バーチ)が豊富にある地域では今でも、香りのある黒い液体になるまで樹液を大鍋で煮詰める。得られるものはまちまちだが、炙られたものは数分もするとさまざまな化学反応を起こすため、常に心地よい複雑な香りがする」
「残念なことにバーチタールの使用は現在EUで規制されてしまい、これがキュイール ドゥ ルシーにどう影響してくるのか心配だ」「すばらしいのは、この贅沢な革の香りを、なめした動物の皮とはまったく無関係なものを合わせて生み出しているところだ。イランイラン、ジャスミン、アイリスがすべてトップノートから感じ取れる」
「キュイール ドゥ ルシーと名づけられた香水はほかにもたくさんあったが、どれも甘過ぎるかスモーク調が強過ぎた。これは真に優れたもので、クラシックな香水の金字塔として損なわれることなく残っている。ボトルに込められた、もっとも贅沢で純粋な香気」と5つ星(5段階評価)の評価をつけています。
香水データ
香水名:キュイールドゥルシー
原名:Cuir de Russie
種類:オード・パルファム
ブランド:シャネル
調香師:エルネスト・ボー、ジャック・ポルジュ
発表年:2007年(1924年)
対象性別:ユニセックス
価格:75ml/37,400円、200ml/66,000円
公式ホームページ:シャネル
トップノート:アルデハイド、クラリセージ、カラブリア産ベルガモット、シチリア産マンダリンオレンジ、チュニジア産オレンジブロッサム、レモン
ミドルノート:ジャスミン、ローズ、イランイラン、アイリス、ベチバー、カーネーション、シダー
ラストノート:アルバニア産バーチ(カバノキ)、アンバー、ヘリオトロープ、レザー、タバコ、ムスク、バニラ