オードリー・ヘプバーンの全ファッション
『ローマの休日』の中で象徴的なファッションは、ローブ・デコルテとアーニャ・ルック(ブラウスとフレアスカート)とディオール風ガウン(下の写真)の三つなのですが、それほど登場シーンが多くない以下にご紹介する衣裳もまたとても魅力的です。
アン王女のファッション4
アン王女ルック ブラックラップドレス
- ホースヘアーのキャプリーヌ
- ブラックラップドレス、ポルカドット
- ブラック・ショートグローブ
ものがたりの一番最初に登場するアン王女=オードリー・ヘプバーンのファッションです。今見ても、本物の王女以上に本物らしいと言われる、〝理想の王女〟に求められるすべてが僅か数秒の間に凝縮されています。
なぜ本物の王女に見えるのか?
オープニングにおけるアン王女のニュース映像が、まったく空々しくないのはなぜでしょうか?通常、ほとんどの映画やTVドラマにおいて、王女様のシーンの演出は空々しいものになってしまいます。
オードリー・ヘプバーンという女優の最大の魅力は、彼女自身が、生涯変わらなかった性格と述懐する〝奥ゆかしさ(人見知りする、過度に緊張する)〟が、どんなシーンからも垣間見えるところにあります。
実際のところ、「さぁ!私の美しさを見て!」という自己陶酔の表現は、王女様には不要なのかもしれません。その存在に必要なのは、あくまでも自分に自信がなく、でも精一杯魅力的であろうと努力する姿にあるのかもしれません。
ちなみに、50年代にオードリー・ヘプバーンの大ファンだった三島由紀夫様が、高峰秀子様とのインタビュー(1954年12月)で発している発言が実に興味深いです。
王女になるヘプバーンは、感情が十あれば十通りに、眼を変えてやっている。反対に新聞記者になるグレゴリー・ペックの方はひどいよ。十のうち八までは無意味な眼なんだ(一方で、『麗しのサブリナ』のウイリアム・ホールデンを絶賛しています)。
オードリーが〝永遠のプリンセス〟なのは、その眼の表現力の豊かさによるものなのです。
アン王女のファッション5
アン王女ルック ファードレス
- 貝殻のようなヘッドドレス
- 首元と袖にファーのついたロングガウン
- スエードのショートグローブ
アン王女のファッション6
ペイズリーガウン
果たしてアン王女は、ジョーと愛を交わしたのでしょうか?という議論を呼ぶシーンで着ているのが、このナイトガウンです。
その真実は、1950年代に見ればノーであり、今見ればイエスなのでしょう。しかし、何よりも重要なことは、二人はお互いの正体を明かすことが出来なくとも、ジョーのガウンを肌に巻きつけるほどに、ジョーを愛しているということと、二人の心は間違いなく、ひとつになったという事実なのです。
このシーンにおいてオールバックにしたオードリーは、溜息が出るほど美しいです。
アン王女のファッション7
アン王女ルック ブラックガウン
シンプルに勝るものは無し。ローマの休日により、大人の女性になったアン王女は、アーニャという女性の魂を大切な想い出にして生きていくのです。生まれ変わったように、毅然としたその佇まいからは、変えられない現実を受け止め、その中で精一杯生きてみようと決意した一人の女性の凛とした横顔を窺うことが出来ます。
アン王女のファッション8
アン王女ルック ホワイトレース・ラップドレス
- シルクのボンネ(ヘッドドレス)
- フローラルの刺繍が施されたホワイトレース・ラップドレス
- ショートグローブ
- ルビーのブローチのついたパールのチョーカー
- パールのティアドロップ・イヤリング
- 最初と同じハイヒールパンプス(重要なポイントです)
ジョーと再会を果たす記者会見のシーンで、アン王女が着ている〝フィナーレドレス〟が本当に素敵です。
ヘッドドレスをフロントにキープするスタイルが、ドレスのラインと同じくディオールの「ニュールック」スタイルそのもので、特に裾が大きく開いたスカートがとても美しいです。アン王女の凛とした気品を後押しする衣裳であり、どこか着物の匂いも感じさせます。
ジバンシィを着て、アカデミー賞を手にしたアン王女
彼女は泣くことを除いて、すべての点で申し分なかった。風変わりで人を笑わせるかわいい女の子、しょっちゅうしかめっ面をしたりおどけたりする。ところが悲しいシーンになると、どうしてもその気分になれなかった。自分のなかに悲しみの感情を見いだせなかったのである。
グレゴリー・ペック
1954年3月25日に第26回アカデミー賞授賞式が行われました。そして、オードリー・ヘプバーンは見事、アカデミー主演女優賞を獲得しました。この時のドレスは、ラストシーンのドレスをユベール・ド・ジバンシィがアレンジしたものでした。
ちなみにジバンシィの衣装をはじめて着た『麗しのサブリナ』の撮影は、1953年9月29日から12月5日にかけてニューヨークとロサンゼルスで行われていました。
授賞式の映像を見ていると、オードリー・ヘプバーンという女性の不思議な魅力がよく伝わります。
アカデミー賞の授賞式の歴史において、これほどまでに葬式のような表情で現れる受賞者が存在したでしょうか。ブロードウェイの『オンディーヌ』終了後に急いで駆けつけたため、オードリーは疲労困憊しています。
そのためロボットのようにぎこちなく歩く方向を間違えたり、水の妖精のメイキャップのままドレスを着ているので、メイクがアンバランスに浮き上がっています。しかし、スターのオーラとは、本来パーティや式典で発揮されるものではなく、映像の中で燃えるように発火するものなのかもしれません。
レッドカーペットで華やかな女優が、映画の中では必ずしも魅力的だと言えないのは、そのためなのかもしれないです(もちろんレッドカーペットでも、映画の中でも魅力的な女優もおられます)。
作品データ
作品名:ローマの休日 Roman Holiday (1953)
監督:ウィリアム・ワイラー
衣装:イーディス・ヘッド
出演者:オードリー・ヘプバーン/グレゴリー・ペック/エディ・アルバート