スーパーカー時代到来!ロータス・エスプリ
『007/ゴールドフィンガー』のアストン・マーチンを遥かに凌ぐ数々の秘密兵器(ガジェット)で、ボンドカーの魅力を再認識させたのが、ロータス・エスプリでした。
それはジョルジェット・ジウジアーロ(1938-)率いるイタルデザインによって、1976年6月にロータスから生産開始され、同年8月に本作の撮影のために使用されました(1978年にマイナー・チェンジされエスプリS2と呼ばれる)。
その流麗なボディラインは、まさにボンドカーになるために生まれてきたようなものであり、襲い掛かるバイク、ジョーズ、ヘリコプターの追跡を、数々の秘密兵器を駆使して凌いでいくその姿が、ボンドの世界観など理解できるはずもない、低年齢層のボンドファンを、爆発的に生み出すきっかけになりました(現在の世界規模のボンド信者達は、少年時代に本作を見てファンになった人々が少なくない)。
そして、このロータス・エスプリが、ヘリコプターに追跡された末に、エメラルドグリーンのサルディニアの海へ、躊躇することなくダイブした瞬間、ボンドムービーは、大人の憧れから、大人と子供の憧れの映画へと転生を遂げたのでした!
タイヤを格納し、リアバンパーから4つのスクリューが現れ、潜航艇に変形し、何事もなかったかのように水中を進むエスプリ。その精神は、21世紀に入り、ジョナサン・アンダーソン率いる新生ロエベが生み出した二つのバッグ「パズル」「ハンモック」に継承されていったのでした。
そして、少年達は、ジョーズに夢中になった!
ジョーズ・スタイル
- ボックスシルエットのスカイブルー・ダブルジャケット(時代遅れかつ滑稽なシルエットで、鋼鉄の歯の恐ろしさを見事に和らげている)、ピークドラペル、ダブルベント、真鍮のボタン
- ダーツの入ったダークグレイのトラウザー
- エクリュ・カラーのシャツ、70年代に流行した長めの襟
- ライトブルー・ベースのタイ
- 黒のダービー
- アイアン・グリルズ
前作『007 黄金銃を持つ男』の敵役は小人だったので、次は、巨人という安易な発想であったとしても、当時大ブームだった『ジョーズ』(1975)人気に便乗しようという分かりやすい下心があったにせよ、このジョーズという2メートル以上ある鋼鉄の歯を持つ殺し屋に、当時の世界中の少年が夢中になったことは、真実なのです。
ちなみにリチャード・キール(1939-2014、身長2m18cm)は、『スター・ウォーズ』(1977)のチューバッカ役のオファーを断り、ジョーズの役柄を演じていました(アメリカ・デトロイト生まれのドイツ系。墓石セールスマンやナイトクラブの用心棒を経て、1959年テレビの世界に入る)。『007 スカイフォール』で悪役を演じたハビエル・バルデム(1969-)がはじめて観たボンド映画がこの作品でした。そして以後、ジョーズに夢中になったと回想しています。
鋼鉄の歯をデザインしたのは、ケン・アダムの助手だったカタリーナ・キューブリック(1953-、スタンリー・キューブリックの義理の娘、現在は著名な彫刻家兼ジュエリーデザイナーとして活躍中)によるものでした。しかし、この鋼鉄の歯は、人間が装着できるような作りではなかった為、リチャード・キールは、30秒間しか装着できない程に、激痛と鉄の違和感を感じる、出来の良くないものでした。
しかし、この鋼鉄の歯が、21世紀に入り、グリルズとしてヒップホップ・カルチャーに根付いていったのです。
本当の意味でロジャー・ムーア=ボンド誕生の瞬間。
ジェームズ・ボンド・スタイル6 オール・ブラック
- 黒のVネック・ジャンパー
- 黒のコットンシャツ
- 黒のトラウザー(映画の中では)
- ブラックレザーのフェラガモのホースビット・ローファー
この作品は、アルバート・ブロッコリの今までの共同プロデューサー・ハリー・サルツマンの離脱や、ロジャー・ムーアに対する降板要求などの大混乱の中、『ジョーズ』のスティーブン・スピルバーグに監督の依頼をするも断られ、シリーズ存亡の危機に立たされながらも、前作の2倍の1400万ドルの製作費をかけ、3年越しに生み出されたものでした。
そして、見事、前作の約2倍の1億8540万ドルの世界興行成績を叩き出し、シリーズ最大のヒット作となり、ブロッコリ=ロジャー・ムーア=ボンド時代の定着が始まったのでした。さらに、1977年度アカデミー賞作曲賞、歌曲賞、美術監督・装置にノミネートされました。
この作品は、ロジャー・ムーア自身にとっても最もお気に入りの作品と公言している作品です。
最後に、もうひとつ、1977年8月16日に急死したエルヴィス・プレスリーが最後に見た映画が、1977年8月10日にテネシー州ホワイトヘブンのゼネラル・シネマで特別鑑賞した本作でした。