ルーブル ノワール
L’Œuvre Noir キリアン・ヘネシーは2007年10月に「バイ・キリアン」(現在は「キリアン」)という名でブランド創業するにあたり、6作品からなるコレクション「ルーヴル ノワール —愛が描く甘い誘惑の世界—」を発表しました。
これは、『L’Œuvre au Noir(黒の過程)』を書いたフランス人作家マルグリット・ユルスナールを讃えたコレクションです。彼女はその本の中で、ゼノンという哲学者であり、医者であり、錬金術師であった男について語ります。ゼノンは真理を探究する人の象徴であり、この真理を探究するにあたり、確立された考えに立ち向かおうとしているのです。
最終的に2011年までに10作品発表されたこのコレクションのすべての香りは、ディオールのジャドールを生み出したカリス・ベッカー(8作品)とシドニー・ランセスール(2作品)により調香されました。
それは私がこのコレクションに対して割り当てたミッションに遠くありません。そのミッションとは、香水の真理に立ち返ることで、香水業界をその台座に戻すということです。
キリアン・ヘネシー(以下すべての引用は彼のもの)
ルーブル ノワールとはみんなが経験すべき物語なんだ。
コレクションにはそれぞれ異なる目的があります。どれも違った感情を捉えることを目的にしていますが、概して私は香水を非常に官能的なものにしたいと思っています。
コレクション「ルーブル ノワール」は、キリアン・ヘネシー自身の過去の人生が反映されています。
だけど、最終的にはみんなが経験するよ。ルーブル ノワールは、人生に関する物語であり、みんな、愛、情熱、禁断、悲哀に身を委ね、危険な関係に誘惑されるし、時折、残酷な意図を持ったり、自分の手で楽園を作ろうとすると思うんだ。多くは私の人生の部分だけど、みんな同じ感情を感じているから、それぞれの経験を見つけられると思うよ。
キリアン・ヘネシーは、キリアンを創業する前に12年間フレグランス業界で働いていました。そして、この業界が当初考えていていたような業界ではないことを嫌というほど思い知らされました。もはやディオールの「ファーレンハイト」や、ティエリー・ミュグレーの「エンジェル」のような、世間に認められるために3年もの月日を要する斬新な香りが生み出される余地は、21世紀のフレグランス業界にはありませんでした。
今ではファッション・デザイナーの直感に左右され、広告にお金をかけ、お客のニーズばかりを気にして、斬新な香りを創造することを嫌がるこの業界に嫌気が差し、ファッション業界に転職しようとキリアンは考えていました。
そんな時、バカラ美術館内のレストランのディナーに出席した折、バカラの展覧会に入ったことがキリアンの運命を決める出来事になったのでした。そこにはバカラ社が生み出した「シャリマー」「ディオリシモ」「ルール ブルー」の香水ボトルが並んでいました。「かつての香水にはこれがあったんだ!そう!真のラグジュアリー感覚が!細部へのこだわりといいボトル自体も芸術だったんだ!」こうして彼はある決断をしたのでした。かつて香水に存在した栄光を21世紀に蘇らせようと。
そして、1年半かけて「ルーブル ノワール」コレクションを創造したのでした。キリアンが愛している18世紀~19世紀のフランス文学や本、詩(アルチュール・ランボー、ポール・ヴェルレーヌ、オノレ・ド・バルザック、シャルル・ボードレール)を讃えて、現代的な手法で、現代の感情を表現したコレクションです。
私は、ルーブル ノワールコレクションをファウストのような野望を心に抱いて思いつきました。暗いランボーの精神やマクベスに出てくる3人の魔女の予言のような物語を生み出したかったのです。
しかし、同時に、現代のR&Bの歌詞、例えば50セント、スヌープ・ドッグ、ファレル・ウィリアムスが書くような歌詞も思い出させるものにしたかった。その歌詞は、彼らの前にボードレールがそれを詩の中で表現していたように、都市の暴力に直面したときに起こる誘惑の全てなのだから。
さぁ、君は、〝愛〟〝誘惑〟〝楽園〟どれを選ぶ?
最も素晴らしいフランス人の詩人は、香りに関する詩を『悪の華』に書いているボードレールです。
「ルーブル ノワール」コレクションは、〝禁じられた香水〟を作るというテーマでありながら、洗練されたクラシックなタッチを残しつつ、詩人たちの詩のタイトルによって3つのテーマに分けられています。彼らもまた、キリアンのように詩というものをあるべき姿に戻そうとした人達なのです。
1.Les Ingenues(無邪気な者たち、ポール・ヴェルレーヌの詩)・・・初めて誘惑する女性のための香水です。「ラブ ドント ビー シャイ」(ソフト)、「プレリュード トゥー ラブ」、「ビヨンド ラブ」(ハード) 、「ラブ アンド ティアーズ」。一言で表すならlove(愛)です。
2.Parisian Orgies(パリジャンの乱痴気騒ぎ、ランボーの詩)…不動のユニセックス、あらゆる種の歓びを誘う誘惑の香水です。「クルーエル インテンションズ」(ハード)、「リエゾン ダンジェルーズ」(ソフト)、「スウィート リデンプション」。一言で表すならpleasure(歓び)です。
3.Artificial paradises(人工の楽園、ボードレールの詩)…人工の楽園とは、ドラッグ(阿片など)によって人為的に到達できる「理想の」世界のことです。より男らしさがあるが、女性も纏える香水です。「テイスト オブ ヘブン」(ソフト)、「ストレート トゥ ヘブン」(ハード)、「バック トゥ ブラック」がこれにあたります。一言で表すならpain(苦)です。
「ルーブル ノワール」は、2007年から2011年までの10の香水によって構成されます。ちなみに、キリアンはこのコレクションを、ジョヴァンニ・ボッカッチョの『デカメロン』ならぬ「デカ アロマ」と呼ぶこともあります。
人間というのは、複雑な存在で、自分自身の内側に『伝統』と『進化』を持ち、両方を同時に欲します。そしてこの緊張、この二面性を私は表現しようとしました。それぞれの3つのテーマはコインの両面(黒と白)もしくは人間性の両面(ソフトとハード)を表す2つのフレグランスから構成されます。楽園の味見をするのか、楽園に直接行くのか。危険な関係に誘惑されるのか、残酷な意図に誘惑されるのか。愛に期待するのか、それを超える準備ができているのか。常に選択できるのであり、いつも同じである必要はないのです。
ちなみに、キリアン自身が最も敬愛する香水であるセルジュ・ルタンスの「フェミニテデュボワ」は、「リエゾン ダンジェルーズ」と「ストレート トゥ ヘブン」を合わせた構造であると言及しています。それは2つの香水に分けて作ることで、最愛の香水を模倣ではなく、彼なりの愛し方を示したのでした。
このコレクションのみフォーミュラが全て公開されていた
この最初のコレクションだけ、10つの香り全てのフォーミュラが完全に明かされていました。つまりは香水業界のタブーに触れたコレクションだったのでした。
私は香水のフォーミュラについて透明性を持つように決めています。それらを開示することを何ら恐れていません。なぜなら、最も守られているのは私が使っている原料の品質だからです。本当に良いものを使用しているので、コピーするためには相当なコストがかかるはずです。
徹底的にこだわって作られたボトル&ボックス・デザイン
素晴らしい香水というのは、美しい香りのハーモニーだけでなく、その前に、まず素晴らしいストーリーがあると私は信じています。私は普遍的感情(愛、歓び、誘惑、中毒)のストーリーテラーであり、私の目的は男性と女性の感覚に訴えかける嗅覚のストーリーを香りで紡ぎだすことなのです。
キリアンは、真にラグジュアリーなものは使い捨てではないと考えていました。そのため香水をラグジュアリーなアクセサリーとして、ボトルは全てリフィル出来るようにしました。
〝ストーリー・香り・ボトル〟これらが三位一体になった香水を作りたいという精神の下に、「ルーブル ノワール」コレクションのボトルデザインには2年の月日が費やされました。
まずボトルは全て手作業で彫刻され、ボトルのエナメルも手作業で塗られています。ボトルの前面の黒色はグロッシーな艶のある黒になっており、現代的なイメージを表しています。一方、側面はマットな質感のアキレスの盾が施されており、ここで神話的な古典的なイメージを現すことにより、二面性を生み出しています。
キリアンにとって、二面性は、香りと同様全てにおいて非常に大事な要素なのです。アキレスの盾が施されているのは、香水は武器(誘惑)として使うものというだけではなく、自分を守る盾のようなものでもある、という考えからです。
私は常々、香水は誘惑のためにあると同時に、自分を守るためにあると考えています。朝起きて、大切な仕事に望むために、集中力が求められるとき、香水をつけると、シールドのような、自分を覆うようなものとして実際に働いてくれるのです。
だからこそ正しい香水を見つけることが出来たとき、香りのおかげでより力強くなったように感じることができるのです。それは洋服にとても近いものがあると思います。
ボトルが入る漆黒のラッカーボックスが木製なのは、日本の漆器からインスパイアされたものでした。それは木の暖かみとラグジュアリーを感じてもらうためです。そして、表面に記載された〝K〟は、キリアン意味だけでなく、新たな香りを見つける、もしくは自分の新たな扉を開ける〝Key〟という意味も持ちます。
このボックスの制作には3か月かかり、ラッカーは13回重ね塗りされています。
ルーブル ノワール コレクション全十種類
サブタイトルというのは、ある意味で本質的なものです。なぜなら私が伝えたいストーリーを端的に表しているからです。また、サブタイトルによって現代性も生まれます。例えば、ラブは、ドント ビー シャイがなければ、少しナイーブで退屈に聞こえます。
Les Ingenues 『愛』
これらの香水を身に纏う女性は、優しさを象徴する存在になります。彼女はとても純粋に見えるのですが、女の手管もすでに知っている。罪の意識をキスで取り除くのです。
第一章 プレリュード トゥー ラブ(恋の前兆~誘惑~)
第二章 ラブ ドント ビー シャイ(愛~恥ずかしがらないで~)
第三章 ビヨンド ラブ(愛の彼方に~禁じられた愛~)
最終章 ラブ アンド ティアーズ(愛と涙~身を委ねて~)
Parisian Orgies『誘惑』
男性と女性のためのフレグランスでは、パリの乱交パーティーが喜びの源です。汗まみれの肉体は、夜通しの性的享楽により与えられた匂いで熱くなっています。18世紀の放蕩の伝統に基づき、これらの香水は、違反行為、肉の快楽、禁忌や慣習への反抗を象徴しています。
第一章 クルーエル インテンションズ(残酷な意図~私を唆す~)
第ニ章 リエゾン ダンジェルーズ(危険な関係~私らしい~)
最終章 スウィート リデンプション(甘い救済~最終章~)
Artificial paradises『楽園』
楽園を味わうためには、男は神聖さと魔法を捨てなければならない。これらの香りは、彼が自ら選んだ新しい楽園から来ている。
第一章 テイスト オブ ヘブン(楽園の味~アブサン ヴェルテ~)
第ニ章 ストレート トゥ ヘブン(楽園へまっすぐと~ホワイト クリスタル~)
最終章 バック トゥ ブラック(暗闇へと逆戻り~媚薬~)